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「参加型予算で地方自治を再生」

杉並区長
岸本 聡子 氏

――国際的な知見を行政に応用されている…。

 岸本 昨年の7月に杉並区長に就任する前は、オランダとベルギーにそれぞれ約10年ずつ住み、国際的な財団でキャリアを積み上げてきた。これまでの区長は都議会議員や都庁の元職員、元副区長など、何かしら行政に関わっている方が多かったが、やはり人的なネットワークや知識など、行政や人の動かし方を知っておられ、それは大きな強みだと思う。私にはそういった行政での経験がない代わりに、おそらく他の方が持ってないものを持っている。国際的な知見や経験を含め、今までの政治はあまりそういったことを求められなかったが、杉並区民はそれしか持っていない区長を選んだ。そこには新しいリーダーシップへの期待があると思うし、逆に心配も多くあると思うが、私は期待をやはり信頼に変えていくしかないと考えている。日本社会の停滞感は否めない。国際的な変動に対する日本社会の沈黙感や変わらない感は強く、賃金が上がらないだけではなく、国際感覚の低さが今回のサミットで可視化された。新しい社会に対応して行くための人材育成を、国の生き残りを賭けて行わなければならないと思っている。

――杉並区では、区民の意見を予算編成の一部に反映させる参加型予算の制度を始められている…。

 岸本 行政における問題意識として、国民が50%近い税負担をしているにもかかわらず、支払ったものがどこで使われ、どこまで自分たちに返ってきているか、その意思決定に参画できている感覚がものすごく薄くなってしまっている。区や都、国家予算の何億円、何兆円といったレベルでは国民の感覚として分からなくなっている。杉並区でも今年度の予算は一般会計2107億円で、介護保険や国民健康保険などを加えれば3270億円になり、この規模の予算に興味を持つのは難しいと思う。参加型予算では、例えば社会福祉や学校、まちづくりなど身近なお金の使い道を考えるきっかけになることを狙っている。自分たちの払っているお金について知る権利があるし、行政がいくら周知を行っても、それを受け取る側はなかなか把握することが難しい。ただ、実際に自分がそれに参加すれば、「一般会計予算とは何だろう」「一般会計じゃない予算があるのだろうか」と疑問も湧いてくる。特に若者たちに参加して欲しい。選挙に行くだけではなくて、地方自治に主体的に関わっていく人を育てていかないと、地方自治は先細りしていくという危機感を持っている。

――財源はどこから手当てするのか…。

 岸本 初年度に関しては、国税として徴収し各市町村に配っている森林環境譲与税を杉並区で積み立てた基金が6000万円程度あり、この基金の使いみちを23年度にインターネットなどを通じて提案を募集し、ネット投票などで提案を絞り込み、24年度予算案に盛り込むことを考えている。区長に就任し、参加型予算をやりたいと言ってもネックだったのは財源で、区の職員が編み出してくれたアイディアだ。森林環境贈与税は森林整備を促進する施策に充てるために国から譲与されるものだが、都心で森林整備というのも使い道がなかなか難しい。今回に関しては、森林整備という制限のなかで、試験的に区民からアイディアを出してもらって使い道を決めてもらうことにした。初年度の参加型予算は森林整備と使い道が限られてしまうが、住民参加のシステムをまず作ってみて、制度をスタートさせたかった。将来的には、財源を工夫して用途を広げていきたい。一方、地方自治には議会があり、予算は議会の議決に基づき成立するものなので、区議会での賛否両論は当然想定される。ただ、これは割合の問題だと考えていて、杉並区の一般会計予算が2000億円あるなかで、0.1%にも満たない額を、まさに市民教育とか主権者教育に使おうという趣旨であって、これは区政にとってプラスだと強調したい。住民は収入の半分近くを行政システムに支払っており、その使い道を決め、支払った金額に見合った利益を受ける権利を持っているはずだ。

――海外での経験を踏まえて、日本の自治体で改善すべき点は…。

 岸本 議会改革は本当に重要なテーマだと考えている。日本は地方議会の投票率の低さが際立っており、今回の統一地方選では50%を切ってしまった。もっと主権者教育を行って、特に20代の若者に地方自治に興味を持ってもらい、投票率を上げる必要があると思う。地方議員のなり手不足も問題だ。その背景には、それなりに忙しいのに給料が安く、魅力が感じられないことがある。DXなどの活用で議会も効率的に運営できるはずで、副業を認めたうえで議会は夜に開催するなど、議員の負担を減らすことは必要だ。杉並区では新任の区議が増え、区長も新任なのでそれぞれ未知数な部分も多いが、もちろん議会改革は歓迎するし、私は行政として頑張っていきたい。

――人口減少については…。

 岸本 杉並区の人口は微増傾向にあるので、人口減少は当面は大きなテーマではない。どちらかというと人口増加に対応する問題解決が求められている。もちろん人口増減に関係なくやらなければならないが、子育て世代への支援や住宅の確保、学校教育の充実など基礎自治体として当然やるべきことで、これに対する緊張感は常に持っている。杉並区では、前区長の取り組みもあって保育所の待機児童はゼロを達成している。むしろたくさん作った区の保育所に空きができ始めている。これについては、これまではフルタイムの共働きの家庭のための保育に区の予算を充てていたが、現在、さまざまな働き方や修学する親にも保育が必要だと考えている。社会全体で子どもを育てていくという考えが重要で、そのための社会インフラを整備する必要がある。

――区長としての課題は…。

 岸本 課題でもあり、区長の仕事としてワクワクするのはまちづくりだ。東京23区ではどの区も大きな再開発を進めており、タワーマンションを建てて富裕層に住んでもらい、入ってくる住民税で区役所の建て替えなどをする手法が使われているが、杉並区はそういうものは似合わないだろう。身の丈に合ったレトロ感が好きで杉並区に住んでいる人が多いと思う。歴史や文化を重んじ、身の丈サイズのレトロ感を活かしながら、防災やまちづくりを進めていくという、新しいチャレンジだ。杉並区の隣には吉祥寺があり、中央線を使えば新宿も近い。ショッピングモールや映画館は杉並区の周りに山のようにあるなかで、杉並区では他の価値観を追求していく一つのモデルケースを目指している。ただ、大規模な再開発を行わないと国からの補助や企業の設備投資資金など、官民の資金が入ってこなくなってしまうが、そうではなくともまちの発展はできるということを区民の人達と一緒に考えていき、ある意味では最先端の都市に、それでいて身の丈にあったレトロ感を重んじていきたい。

――国への要望事項は…。

 岸本 まずは、いわゆる「ボートマッチ」を行政が行えるような仕組みづくりだ。これはオンライン上で「性の多様性についてどう思いますか?」といった質問に答えていくと自分の考えに近い候補者を表示してくれるサービスで、有権者への情報提供の一つの手段だ。国政や県知事選では新聞社などが行っている。杉並区の選挙管理委員会では、今回の区議選で70人近く立候補者がいたため有権者がどの候補者を選べば良いのか分からなくなってしまっている恐れがあったため、選挙啓発の一環としてボートマッチを行おうとしたが、結果として公職選挙法に違反する恐れもあるとの総務省の見解が示されたので選挙管理委員会が中止を決定した。一方、海外では、オランダやドイツの総務省に当たる省庁で、「市民の政治参加」というセクションがあるが、そこが中心となってボートマッチの仕組みを20年以上前に作り、各自治体が選挙に応じてデータを更新し、有権者に提供している。欧州では若者を含めて70%から80%の投票率に達しているなか、杉並区の区議選では20代の投票率が20%台となっていて、これは危機的な水準だ。こうした政治を続けてきた結果、日本が停滞してきたことを考えれば、地方自治でもボートマッチの仕組みを利用し、積極的な政治への参加を促せるようにすべきだ。自治体がやろうとしてもできないのだから、国として自治体が利用できるシステムを作って欲しい。また、非正規の公務員、つまり会計年度任用職員の処遇を上げて欲しい。元々は非常勤職員の処遇改善を目的に始まった制度であり、杉並区でも力を入れているが、総務省における自治法の改正により、これまでの課題であった勤勉手当の支給が地方自治体でも可能となったのは前進だが、この制度によりワーキングプアを全国的に作り出してしまっているのではないか。会計年度任用職員は、例えば保育や図書館などの公的施設で活用されているが、労働時間の短いパートタイマー的な勤務が主で、しかも女性が圧倒的に多い。これだけで生活するのは非常にきついのではないかと思う。経団連が長らく正規から非正規に置き換えていくことをやってきて、この結果が今の日本なので、総務省には国を挙げて処遇改善に繋がる方策をもっと考えて頂きたい。[B][N]

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