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「中国のプレゼンスは短期的」

本紙特別顧問
貞岡 義幸 氏

――米中の外交対応の報道を見ていると、最近は中国のプレゼンスが目立つ…。

 貞岡 米中関係を考える際には、現時点の状況だけを見ていると近視眼的になりがちだ。「木を見て森を見ず」とならないために、「トゥキディデスの罠」を下敷きに考えたい。トゥキディデスの罠とは、新興国と覇権国が対立した場合にしばしば戦争に至るという現象を指す。2017年に、グレアム・アリソンハーバード大学教授が著書で紹介した。トゥキディデスはスパルタとアテネによるペロポネソス戦争の歴史を研究した古代ギリシャの歴史学者で、アリソン氏はその人にちなんで現象を名付けた。同氏が率いるチームの研究によれば、過去500年の大国同士の争い16件のうち、12件つまり75%が戦争に至ったという。戦争になった最近の例でいえば、第一次・第二次世界大戦だ。第一次世界大戦は新興国ドイツが覇権国だった英国に挑戦し、敗戦した。第二次世界大戦はドイツと日本が米国に挑戦して負けた。また逆に言えば、4件だけは平和的に解決されている。一つの例は冷戦だ。旧ソ連は覇権国の米国に挑戦したが、冷戦構造によって封じ込められ、自然に衰退した。もう1つの例は、第一次世界大戦後の英国から米国への覇権の移り変わりだ。英国は第一次世界大戦に勝利したものの疲れ果て、加えてワシントン海軍軍縮条約によって海軍の主力艦の総トン数を制限された。その結果、覇権国の地位がイギリスから米国に平和的に移ったと歴史家は見ている。この研究に照らして現在の米中関係を考えると、覇権国に当たるのは米国だ。米国は、第一次世界対戦後から第二次世界大戦を経て現在に至るまで軍事大国で、世界一のGDPがあり、基軸通貨体制もある。国際秩序はこれまで軍事力、経済力を持つ米国を中心にして回ってきた。そこに力をつけてきた中国が挑戦しようとしているという図だ。米国には大国思想が、中国には中華思想がある。ともに自分たちが世界の中心だという意識だ。どうしても、覇権国対挑戦国として、対立の要素が非常に多い。

――今後、米国と中国のどちらが勝つのか…。

 貞岡 米国も問題を抱えている。最大の問題は「分断」だ。ただ、米国は建国当初からいろいろな考え方、出身の人々が集まった、まさに「合衆国」であり、南北戦争という最も大きな分断を乗り越えて現在の大国になっている。米国はバラバラになっても敵があればまとまる国でもあり、私は分断については心配していない。2つ目に人口減少だ。しかし、米国には移民が流入しており、社会の新陳代謝が促されている。加えて、軍事力も世界一を保っている。一方、中国はどうか。問題の1つは共産主義体制だ。共産主義では経済は回せない。いずれひずみが大きくなり、それ以上の経済発展はしないという段階がくる。人口減少も経済に打撃を与える。さらに、最大の問題は、現在の中国が習近平国家主席の独裁体制ということだ。共産党体制においても集団指導体制を取っていれば正しい方向に進む可能性が高くなるが、いまの中国の体制では指導者が「右向け右」と言えば皆が右を向く。米国にもいろいろな問題はあるが、民主主義の下、選挙で指導者を選び、その過程を自由なマスコミが批判する環境がある。やはりその点も米国が強い理由だ。

――米国は中国に対し半導体輸出を規制し、世界的な西側包囲網によって中国経済は孤立しつつある。中国はこれからどうするのか…。

 貞岡 中国のとる道は3通り考えられる。「負けました、これからは国際社会の優等生となります」と譲歩して意見表明する。もしくは、抵抗は続けるが軍事的手段は取らない。この場合、デカップリングによって中国経済は縮小し、貿易マーケットも減っていくことでジリ貧になる。3つ目は、「このままやっていても将来的に米国との競争で負けていくしかない」ということで、米国に牙をむくという選択だ。現在の米国は、ウクライナ侵攻を見ていても分かるように、できるだけ戦争はしないという方針をとっているが、例外がある。米国はやられたら必ずやり返す。習近平がまかり間違ってグアムやハワイ、ロサンゼルスにミサイルを撃てば絶対に反撃があり、それが第三次世界大戦になるだろう。戦争にならないとして、指導者がかつての鄧小平のように「ここは喧嘩をせず、世界と仲良くやってお金をしっかり稼ぎましょう」と言える人物に代われば、世界は平和になるが、中国は世界第2の地位に甘んじることになるだろう。それが中長期的に見た米中関係だと考える。

――台湾侵攻などのリスクは…。

 貞岡 リスクはある。ただ、結論から言えば、台湾が平和的に統一されればもちろん、武力によって統一されたとしても、米中関係はそれほど傷つかない。まず、習近平は平和統一の可能性を最大限探るだろう。軍事力を使うにしても、台湾の周囲の海上封鎖など、被害を出さずに軍事力を示し、それによって台湾に選択肢を与えるという体をとるだろう。そうした場合、台湾の民衆がどう反応するか。香港を見れば、19年の大規模デモ以降、中国が1国2制度50年の約束を破って次々と本土化を図っており、香港国家安全維持法に押さえつけられた結果、今は抗議の声がほとんど聞こえてこない。台湾でも、「統一されてもしばらくの間は本土とは違う体制ですよ」「従来と同じように商売してもいいですよ、自由に行動していいですよ」という条件を与えられたら、「戦争するよりはいいじゃないか」と受け入れる世論が出てくる可能性も高い。そうなれば、台湾国民が「抵抗していない」のに米国や日本は介入なんてできない。そのストーリーを習近平は最後まで諦めないだろう。もしストーリーが成立せずに武力侵攻に至るとしても、台湾の地形を考えると簡単ではない。台湾は周囲を海に囲まれ、中央に巨大な山脈が背骨のごとく走っているため、なかなか上陸できる場所がない。台湾が抵抗すれば、中国が相当な被害を出さないと成功しない。また、米国が介入するとすれば、台湾に部隊を派遣せず、後方支援で終わらせる可能性が高い。米国自身が攻撃されれば話が変わるが、習近平はしないだろう。結局のところ、いわゆる米中の全面対決にはならないのではないか。

――中国国内の格差問題や経済問題によって中国で内乱が起きる可能性もある…。

 貞岡 ひとえに今後の中国の経済発展しだい、共産党が14億人の民を食わせられるかどうかだ。万が一、地震などの天災や経済政策の失敗で多くの中国国民が「飢える」ということになれば、中国の過去の歴史同様に、内乱の可能性は高まる。一方で、過去の歴史になかった要素として、技術の発達によって人々を監視する技術が飛躍的に進歩している。人々の間でまたたく間に情報が伝播するという面もあるが、IT技術の進歩がどのように中国の今後の安定に寄与するかは不透明だ。

――中国の外交的プレゼンスは長期的に見ればたいしたことはないのか…。

 貞岡 現在、和平外交で得点を稼いでいるような面もある。一方で、中国大使の発言では、駐フランス大使による旧ソ連諸国の主権を疑問視する発言や駐日大使の台湾情勢をめぐる脅迫的な発言などが表面化している。一方では和平に重きを置くというポーズを取りながらも、文字通り「衣の下から鎧が見える」様相だ。そのような状況には、専門家だけでなく西側諸国の大衆も、「中国は信用ならない国だ」と感じているのが実情ではないか。中国がウクライナの和平に成功すれば、短期的に得点が稼げるかもしれないが、その他の中国の覇権主義的な「悪い」評判、行動はなかなか消えない。1つ良いことをなしたからといって、残りの99をなかったことにするのは難しい。そうしたことを勘案すると、中国が米国に代わり世界のリーダーとなるのは遠い将来のことではないか。[B][L]

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