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「民間で円建デジタル通貨発行」

フューチャー
取締役
グループCSO
山岡 浩巳 氏

――世界中でデジタル通貨の開発競争が巻き起こっているが、その結果、基軸通貨ドルが脅かされるとの懸念もある…。

 山岡 デジタル通貨について現在多くの国が調査研究をしているが、その隠れた思惑として通貨間の競争激化が意識されている。とりわけ、中国のデジタル人民元への政治側の警戒感は根強い。主要国の中で先駆けてデジタル通貨の調査研究を進める中国について、各国の政治サイドでは「国際通貨の主導権を握ろうとしているのではないか」という懸念が目立つ。もちろん、各国とも中国警戒論をデジタル通貨の調査研究の表向きの理由にしているわけではなく、公式には「デジタル技術で金融インフラの利便性を高める」という目的を掲げている。ただ、先進国ほど中央銀行によるデジタル通貨の発行は難しい問題を抱える。発達した銀行システムを持つ先進国で中央銀行が自らデジタル通貨を発行すれば、民間銀行の預金を奪うかもしれない。中央銀行が個人や企業に直接貸出を行うのは不得手であるため、民間銀行の貸出や資金仲介を縮小させ、効率的な資源配分を損なう可能性があるからだ。

――先行している中国での運用の結果は…。

 山岡 中国は2014年にデジタル人民元の調査研究を始め、中国の人々が実際にデジタル人民元を使う試験運用の段階まで至っている。しかし、アリババのアリペイやテンセントのWeChatペイを凌駕して使われる状況にはなっていない。アリペイやWeChatペイのアプリは、買い物や各種チケットの予約など、中国の人々の生活を全面的にサポートしているが、中央銀行が自らのデジタル通貨に直接、このような多様な商用サービスを付けることは難しい。このため中国の人々にとっては、やはりアリペイやWeChatペイの方が便利だという評価が多い。これは、自律的に発達を遂げた民間のデジタル決済インフラを中央銀行デジタル通貨が凌駕することは適当でないうえ、現実にも難しいことを示唆しており、他国にとっても有益な情報だ。このことを踏まえ、デジタル人民元が人民元自体の国際的プレゼンス向上に顕著に寄与するわけではないだろうという冷静な見方も、最近では出てきている。

――なぜ中国はデジタル通貨を発行したがっているのか…。

 山岡 中国当局から見れば、アリペイやWeChatペイを運営する民間企業が国内の支払決済インフラを占拠することは由々しき事態だ。中国当局としても、アリババやテンセントが民間企業としてある程度成長することは歓迎するし、自由な経済活動を尊重しているというアピールにもなる。しかし、これらの民間企業が中国共産党より強大になることは歓迎していない。とりわけ近年、中国はアリババやテンセントといった巨大ハイテク企業に強い規制をかけるようになっている。したがって、デジタル人民元の隠れた目的としても、アリペイやWeChatペイへの牽制という趣旨はあるだろう。同時に、中国当局は最近、デジタル人民元が実現しても、これはあくまで民間の決済インフラの補完であるという説明ぶりに変えてきている。このことも他国にとって有益な情報だ。欧米や日本も、決済インフラの主役は民間であり、仮に中央銀行デジタル通貨が実現するとしても、それはあくまで民間との協力のもとで発行されるというスタンスを、一段と明確にしている。

――デジタル通貨発展の方向性は…。

 山岡 現時点で中央銀行デジタル通貨に期待される役割としては2つが考えられる。一つはライフラインとしての小口デジタル決済サービスだ。例えばスウェーデンは、国土は広いが人口は少なく、現金の流通にはコストがかかる。日本のように全国どこでもATMがあるわけではなく、人々が現金を入手するのは大変だ。そうした中、少額の支払い用の、現金代わりのデジタル通貨を中央銀行が自ら供給すべきではないかという問題意識が、検討の背景にある。また、銀行口座もクレジットカードも持たない人々に、社会インフラとしてのデジタル通貨を提供すべきではないかとの議論もある。もっとも、途上国や新興国は別として、このようなニーズが先進国でどの程度あるのかは分からない。もう一つはその対極であり、銀行間決済やクロスボーダー決済の利便性を高める、ホールセール決済手段としてのデジタル通貨だ。クロスボーダー送金にはコルレスバンクを介して何日かかかることが多いが、中央銀行デジタル通貨の整備を各国で進めることで、クロスボーダーを含めた大口決済の利便性を高められないかなどが論点となっている。ただ、各中央銀行は既にRTGS(Real-Time Gross Settlement、即時グロス決済)を構築している。例えば、日銀の日銀ネット、欧州のTARGET2、米国のFedNowなどだ。中央銀行デジタル通貨が、これら既存のシステムを超える価値をどの程度創出できるのかが論点となる。また、決済の利便性向上に向けて、日銀ネットなど既存のRTGSの改良を通じて実現できることもたくさんあるだろう。

――関連する技術としてブロックチェーンの活用が進んでいる…。

 山岡 ブロックチェーンを本気で決済手段に活用していくならば、やはり決済手段の価値の安定が求められる。これらの技術を使って短期的に儲けようとする人々は仮想通貨に飛びつきやすかった。発行にコストのかからない仮想通貨なら、1円でも買ってくれる人がいれば発行者はシニョレッジ(通貨発行益)で儲かる。ただ、このような仮想通貨は価値の変動が激しく、決済手段には使えない。また、近年注目を集めたNFT(Non-Fungible Token、非代替性トークン)も、残念ながらこれまで投機目的として注目され過ぎてしまった。さらに「NFTの決済にはブロックチェーンを使う仮想通貨が便利」と喧伝されがちで、そうなると、投資対象も決済手段もリスクが大き過ぎ、一般の人々が入りにくいマーケットになってしまった。しかし最近では、投機色の強い市場で多くの事件が起こり、各国が市場健全化の意識を強く持つようになっている。例えば米国では、「ステーブル」をうたいながら実際には価値安定化の枠組みが十分でないステーブルコインについて、規制を強化する動きがある。これらを通じて過度に投機的な動きが淘汰されれば、金融市場として、ブロックチェーンが適切に活用される良い方向に向かっていくと思う。ブロックチェーンは、従来は取引対象化が容易ではなかった権利や価値を新たに取引対象にできる可能性を広げており、この技術を活用する上では、デジタルアセットを巡る制度設計が重要になってくる。

――日本で中央銀行デジタル通貨が実現するための課題は…。

 山岡 まず、現在の日本銀行法の枠組みの下で発行できるのかどうか自体が論点だ。例えば、決済の利便性の観点から、デジタル通貨は1円単位で支払えないと意味がない。日本銀行法では日本銀行は「銀行券を発行する」とあるが、銀行券の現在の最低金額は1000円であり、中央銀行債務を一般向けに1円単位で発行しようとすれば、何らかの法律・政令の改正が必要となる可能性がある。さらに、サイバー攻撃への対策も重要だ。ハッカーは大規模なシステムをハッキングすることにプライドを見出すので、中央銀行デジタル通貨はサイバー攻撃の標的になりやすい。また、現金はプライバシー保護の点では良くできたシステムで、千円の銀行券は「1000円」という価値情報しか持たないため、発行者である日銀も「誰が何を買ったか」は分からない。ところが、中央銀行デジタル通貨の設計次第では、中央銀行がそうした情報まで把握できる可能性がある。中国がデジタル通貨の実験を始めた際には脱税防止が目的の一つに掲げられており、利用者の情報の把握が暗に想定されている。日本でも今後同様の論点が生じる可能性があり、当局がデジタル通貨を通じて人々の日常取引の情報を把握することをどこまで許容するかが議論となり得る。

――今後の取り組みは…。

 山岡 私が座長を務めるデジタル通貨フォーラムでは、中央銀行ではなく銀行をはじめとする民間企業が円建てのデジタル通貨を発行するスキームを想定している。このスキームでは、民間銀行預金をそのままブロックチェーン対応にすることや、人々が預けた預金を見合いに民間銀行がデジタル通貨を発行することを考えている。これにより、中央銀行がデジタル通貨を発行する場合に問題となる「民間銀行預金の侵食」を避けられる。また、仮に中央銀行デジタル通貨が発行されても、共存は可能と考えている。デジタル通貨フォーラムは金融機関のほか、メーカーや商社などの一般企業、オブザーバーとして金融庁や日銀なども参加しており、官民一体となって検討を進め、民間デジタル通貨の実現とデジタル技術を通じた社会課題の解決に向けて取り組んでいきたい。[B][N]

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