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「中国が技術を狙う日本企業」

東京大学公共政策大学院教授
元特許庁長官
宗像 直子 氏

――中国の産業政策に日本企業が飲み込まれるリスクが高まっている…。

 宗像 習近平政権は、中華民族の偉大な復興、祖国の完全統一を目標とし、富国強兵を推進している。経済と国防を協調して発展させるという「軍民融合」を国家戦略に格上げし、「中国製造2025」という産業政策を打ち出した。その中で、日本企業が強い部素材、製造設備などが狙われている。日本企業が技術を中国に持ち込むと、その技術が中国の同業に渡り、中国がその分野で市場支配力を高めていく、というパターンがある。例えば、2010年の尖閣諸島沖事件の際、中国はレアアースの対日輸出を制限した。その後、中国は、「レアアースの安定供給を望むなら、磁石の製造を中国で行えばよい」と日本の主要企業を誘致した。磁石材料製造のための技術や製造装置は、武器製造にも用いられうるものであり、「通常兵器の開発、製造若しくは使用に用いられるおそれの強い貨物例」の2及び3に掲載されているが、結果として輸出され、日本企業による中国での生産が始まり、それを機に中国地場企業の競争力が一気に高まっていった。ボトルネックを克服できる技術やサプライチェーンの上流の物資を握る企業は、中国から熱烈に歓迎されている。しかし、実際に足を踏み入れてみると、大局的には技術を奪われていくという構造になっている。在中国欧州商工会議所のレポートでは、最初は「ビジネスクラス」待遇で歓迎され、技術が移転され中国の同業企業が育った後は、「貨物庫」送りになると表現されている。もちろん技術は進歩し、キャッチアップが起きる。ただ、中国の場合は、キャッチアップが政府の財政支援や強制技術移転によって人為的に加速されている。先を走り続けるためには、そういった中国の産業政策の仕組みを理解し、技術の流出を防がなければならない。中国で生産していなくても、ボリュームゾーンで価格競争を仕掛けられ、収益が悪化し先端分野に投資できなくなり、競争から脱落するというパターンもある。高付加価値帯に移ればよいという議論があるが、稼ぐ力を維持するためにはボリュームゾーンで踏みとどまることが大切だ。しかし、中国政府の様々な支援によって、採算度外視の大増産が行われる場合がある。これは、既存の通商ルールでは必ずしも止められないため、同志国と連携して対応する必要がある。

――中国政府は現在、かつて日本の技術だった高性能磁石などの製造技術を自分のものとし、今度は輸出禁止とする方向だ…。

 宗像 最近の中国は、自国の市場や資源・製品に対する外国企業の依存を梃子にして、外国への圧力を高めるという、経済的威圧の動きを強めている。外国に握られているサプライチェーンのチョークポイントは、技術を獲得して自給自足化して克服し、さらには中国が自らチョークポイントを握れるところまで持っていく。この流れは、2018年以降の個別企業向けの半導体輸出規制が引き金となった。2020年には、国内外の双循環によって経済の発展を目指すという戦略を打ち出し、中国がチョークポイントを握ることで外国が対中供給を断絶させる動きに対し強力な反撃力と抑止力を持つという方針を明確にしている。今回の高性能磁石等における製造技術の輸出禁止の動きは、それを実行するものと言える。自給自足化のための政策手段としては、政府調達も使われている。非公開の目録への掲載を条件とするなど、非常に不透明な形で外資を排除している。社長とその配偶者について中国籍であることを求めるなど、属地主義的な国産化にとどまらず属人主義的な要素も見られる。政府調達に加え、広く重要情報インフラ企業の調達で参照される国家標準を改定して、中核部品の国内での設計、開発、生産を要求する動きが出ている。米国は、中国がWTOに加盟した当初、中国が民主化に向かうという期待を持ったが、それは幻想だった。2017年の米国安全保障戦略は、「競争相手を国際制度やグローバルな通商に参加させれば、彼らは善良で信頼できるパートナーになる、という過去20年の政策の前提は間違っていた」としている。

――日本企業はそうした中国の戦略に対して、どのように行動すべきか…。

 宗像 自社の事業が中国から見てどのような位置づけにあるのかを理解することが出発点になる。中国政府が自給自足化を追求している分野では、技術が流出し中国同業が育って用済みになれば、手のひら返しで冷遇されることを覚悟する必要がある。技術情報が断片的に漏洩しても高度なすり合わせによって品質が管理されていて簡単に再現できないものもあり、現地生産を続ける顧客との関係もあり、現地でどこまでの事業活動をするかは各社それぞれの状況に即した経営判断による他ない。先ほど述べた在中国欧州商工会議所のレポートで「エコノミークラス」と言われている自動車のような川下の消費財については、政府の関与が比較的弱い。テスラは、最近、上海にバッテリーを製造する新たなギガファクトリーを建設することを発表した。車両のセンサーが収集するデータのみならず工場の生産管理データも中国企業との合弁のデータセンターに置くことを求められる。中国に置くデータは内容を見られても仕方ないと割り切った上で、中国市場での事業拡大を図っていると思われる。アパレルなども政府の関与は少ないであろう。ただ、過去にも反日運動が高まったことがあり、その種のリスクは織り込む必要がある。昨年10月、米国が、先進半導体関連の対中輸出を事実上禁止する厳しい輸出管理を導入した。日本は、3月末に、高性能半導体の軍事転用防止のため、製造装置23品目(米国の対象品目とは一致しない)を輸出管理の対象に追加する案を発表した。特定国を名指しするものではないが、中国は強く反発した。その数日前には、アステラス製薬の日本人社員が突然拘束された。スパイ活動関与の容疑というが、要件がはっきりしない中で拘束するのは、威圧に他ならない。さらに中国は、反スパイ法を改正し、スパイ行為の定義を「国家機密やインテリジェンス」の違法な取得と提供から「国家機密やインテリジェンスその他国家の安全と利益に関わる文書、データ、資料、物品」の違法な取得と提供に広げ、国防と関わりない産業情報の収集・交換までスパイ行為として罰することができる体制を整えているようであり、中国に駐在する人々が平時からさらされるリスクが格段に高まっている。加えて、仮に中国が台湾を武力で統一しようとした場合には、台湾に駐在する日本人社員やその家族の安全をどう守るか。日米が中国と敵対すれば、中国拠点の日本人社員や資産がどうなるのか。さまざまなシナリオを想定して、どう行動するか平時からしっかりと考えておく必要がある。

――日本では経済安全保障推進法も制定されたが、サプライチェーンについては…。

 宗像 法律によってサプライチェーンの強靭化のための国内投資などに対する支援が行われるが、一定の時間がかかる。着実にやる他ない。一方で、中国がレアアースや磁石製造技術の輸出を規制するようになり、中国に依存していると大変なことになるということが欧州にも浸透しつつある。中国はWTO加盟後世界の投資を集めて急成長したが、投資家の信頼を壊すというオウンゴールをしていることは、日本にとってある意味、大チャンスだ。「日本は世界が信頼できる製造業のハブになる」ということを国是としてアピールし、併せて海外の優秀な人材が日本で働きやすくなる工夫をすればよい。日本は、治安が良く、国民性が穏やかで、食事が美味しく、暮らしやすいが、今はあまりにも安い国になっている。この機会に、個別具体的なプレイヤーを念頭に置いて、どのような政策を行えば産業集積を取り戻せるのかを綿密に検討して実行すれば、日本にとって久しぶりに本格的な成長ストーリーが描けるのではないか。ただしそのためには、顧客目線で考える必要がある。

――日本政府がやるべきことは、お客さん目線になって政策を考える事…。

 宗像 政策は往々にして上から目線で作られがちだが、成功している企業は、自社のビジネスを一旦離れて、顧客が何を考え、どのような生活をして、どのようなモチベーションを持っているかを、顧客目線で考えるところから出発して商品やサービスを構想し、顧客層に試してもらって改良を重ねてから発売し、その後もアップデートを続ける。日本政府も、何をどう変えれば企業が日本に留まりたい、日本に来たいと思うのかをしっかり調査して政策を設計し、一度作った制度も顧客体験の観点からアップデートし続けることが大事だ。米国のインフレ削減法(IRA)は、産業界と緊密に話し合って設計された制度ではないか。非常にドライなグローバル企業に評価してもらうために、周到に政策を設計し、投資のリターンが見込まれる部分に的を絞って、世界との補完関係を考えつつ進めていけば、日本再興のストーリーが描けるだろう。そう思うと、オウンゴールで信頼を失っている中国に感謝の念すら湧いてくる(笑)。今まで成長戦略が難しかったのは、日本がどのような姿を目指すのかが明確ではなかったからではないか。しかし、今は大調整の波が来ている。この機会に観光だけでなく、日本に定住して地域振興に貢献してくれる外国人を増やしていくのもよいのではないか。政府が本気になれば、今まで制約だと思われていたことも克服できる。脱中国の受け皿になってお客さんを呼び込むという明確な目標に向かって、官民一緒になって頑張っていただきたい。[B]

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