金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

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「非上場株などで起業を支援」

日本証券業協会
副会長
森本 学 氏

――スタートアップ育成の一環として非上場株式の整備を進められた…。

 森本 証券会社による非上場株式の投資勧誘は、日証協の自主規制規則で一部の取引を除いて原則禁止とされてきた。これはもともと、大蔵省の通達に拠るもので、当時、未公開株の取引で被害が出たため、厳しい規制をとってきた。一方、米国では10年以上前から企業の資金調達は公募よりも私募が多い状況になっており、新興企業が非上場株を使って私募で多額の資金を調達し、多くのユニコーンを輩出している。しかし、米国で自然にそうなった訳ではなく、私募の手続きについての規制緩和が大きく寄与した。オバマ政権時代のJOBS法などが代表例だ。また米国は非上場株式のセカンダリー取引も盛んで、主としてネット上のプラットフォームで取引が行われている。こうした米国の状況を見て、日本は非上場株式の発行・流通を制限しすぎであり、規制緩和して取引を活性化させるべきとの意見が強まってきた。そうしたなか、2020年に政府の規制改革推進会議や成長戦略でこの問題が取り上げられ、政府の方針として成長資金供給のために非上場株の発行・流通の活性化を図ることが示された。それ以来、金融庁と日証協で非上場株取引の制度整備を進めてきたというのがこれまでの経緯だ。

――具体的にどういった制度整備を進めたのか…。

 森本 日証協の規則を緩和し、証券会社が非上場株式の投資勧誘を可能とすることはもちろん必要だが、それだけでは非上場株の取引は実施できない。非上場株式は継続開示を行っていないため情報量が少なく、市場価格がなく、さらにリスクは大きいことから、取引はそうした銘柄でも投資判断ができる、リスクがとれる一定の投資家に限定しなければならない。また、証券会社が投資勧誘する際の具体的なルールや情報提供の方式も決めなければならない。米国においても全く自由に取引している訳ではなく、米国証券取引委員会(SEC)がレギュレーションDなどの規則を定めている。レギュレーションDでは、投資家は自衛力認定投資家という、ある程度の資産があり、投資経験がある、いわゆるセミプロ投資家に限定している。また情報開示は、継続開示に比べればずっと簡素だがフォームDと呼ばれる様式を用いることを求めている。日本においても、以前から金商法上、米国の自衛力認定投資家に相当する特定投資家制度があったがほとんど活用されていなかった。これは、特定投資家が非上場株を取引する際のルールが定められていなかったからだ。そのため、金融審と日証協の懇談会で検討し、特定投資家制度を実際に使えるようにルールを整備していこうということになった。ただし、米国の制度をただ真似するのではなく、日本の実情を踏まえなければならない。実際、日本の新興企業の資金調達環境も変化している。例えば、ベンチャー・キャピタルも以前と比べると活発に投資していて、freee(4478)やラクスル(4384)など何度も私募で資金調達をして成長してから上場する例も出ている。私募調達への証券会社の関与についてニーズを聞くと、レイターステージにおいてはかなり意義があるとの意見や非上場株のセカンダリーマーケットが必要だとの意見を確認し、それらを元に制度設計を行った。

――特定投資家制度をどのように見直したのか…。

 森本 例えば、個人が特定投資家になるためには純資産3億円以上など非常に厳しかったが、金融庁がこの要件をある程度緩和し、例えば、年収1000万円以上で一定の知識経験がある者などとした。また、日証協でフォームDに相当する情報開示である特定証券情報の様式を定め、さらに証券会社が実際に投資勧誘する際のルールを決めて、昨年7月に「特定投資家向け銘柄制度(J-Ships)」としてスタートした。現在、証券各社は社内の体制整備と案件発掘に取り組んでおり、まもなく第1号が出てくると考えている。J-Shipsでは、非上場株式だけではなく、私募投信も特定投資家に販売可能となることも重要な点だ。従来から証券会社は私募投信を販売してきたが、投資家の数が50人未満という制限があった。J-Shipsでは人数制限がないのでプロ投資家向けの私募投信をより小口の金額で販売することができるようになる。

――特定投資家は国内に現段階で何人程度いるのか…。

 森本 日本国内ではまだ数百人程度に留まっている。一方、米国では1000万人以上とケタが大きく異なる。世界第2位の家計金融資産を有している日本において数百人程度と少ない理由の一つは、これまでは特定投資家になるメリットがなかったからだと考えている。しかし、今後は証券会社が特定投資家向け商品の販売勧誘を行うので、日本の非上場株式に加え、魅力的なオルタナティブ商品を提供していくことが特定投資家増加のカギになると考えている。

――非上場株取引制度の改善に向けた今後の取り組むべき課題は…。

 森本 J-Ships以外でも非上場株式の取引として、株主コミュニティ制度や株式型クラウドファンディングといった制度も従来からある。これらと今説明したJ-Shipsの取引では、例えば特定口座での取り扱いができず、損益通算できないなど税制上の取り扱いは上場株式に比べて不利となっている。このため、非上場株の税制面での取り扱いは、少なくとも上場株式並みにしてもらいたいと要望している。海外では投資家がリスクをとっているからむしろ上場株式よりも税制面で優遇されているのが実情だ。

――IPOやPOでもスタートアップ育成に役立つ改善はあるのか…。

 森本 先般のIPOプロセスの改善策の議論では、当初は専ら公開価格と初値の乖離が注目された。その後、次第にスタートアップの成長を促すためのIPOプロセスの改善という目標が共有されるようになったと思う。具体的には、現在日本では、上場前はベンチャー・キャピタルが、上場時は個人投資家がスタートアップへの主要な投資家となっている。しかし、PEファンドやクロスオーバー投資家といった他の投資家が、上場前及び上場時に参入しないとスタートアップの資金調達が増えないし、上場前後の企業評価の連続性も保てない。そうした観点から、今回のIPOプロセス改善策では、ロードショーの実効性向上やコーナーストーン投資家の慣行定着など上場時に機関投資家の参加を促すような施策を盛り込んでいる。また、従来の日証協の引受規則では、M&Aを資金の使途とする公募増資が行いにくいという問題があった。この点について今般、主幹事証券による資金使途の審査を柔軟化する規則改正を実施することにした。これにより、スタートアップのExit(出口)の一つである上場企業によるM&Aが行いやすくなることを期待している。

――総じてスタートアップへの証券投資を増やすための課題は…。

 森本 スタートアップへの証券投資は、成長性の評価になるので値付けが難しいし、換金性が低く長期投資が求められる。実際には、成長投資を専門とするファンドや機関投資家が資金供給する際の値付けを元に、他のプロ投資家も証券投資する形となる。こうしたやり方は、市場価格があって流動性がある伝統的な証券投資とは大きく異なり、規制面や証券会社の業務面で従来と異なる対応が必要になる。しかし、投資対象を市場で常時取引されていない資産に広げることは、「パブリックからプライベートへ」という証券業務の進化の方向性とも一致している。スタートアップへの証券投資拡大は、岸田内閣の「スタートアップ育成5カ年計画」の重要な柱であり、また投資家、証券業界の為にもなることなので、是非、J-Shipsなど今の取組みに道筋を付けて行きたい。[B][X]

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