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「原発再稼働で脱炭素を推進」

日本エネルギー経済研究所
専務理事 首席研究員
小山 堅 氏

――ロシアのウクライナ侵略以降、欧州では石炭火力発電の利用を再開するなど、脱炭素とは逆の動きが出てきている…。

 小山 ウクライナ危機によって、欧州ではエネルギーの安定供給が根底から揺さぶられることになった。ウクライナ危機前まではロシアから安いエネルギーを手に入れることで、欧州の経済と暮らしは成り立っていた。時々、供給不安の発生など不都合な点があったこともあるが、何とか乗り切ってきた。しかし、ウクライナ危機を受けて欧州のエネルギーに重大な危機が起こり、方針を転換せざるを得なくなった。国民や経済にエネルギーを安定供給することが最優先課題となり、省エネを徹底的に行いつつ、石炭や原子力の活用も進めた。脱炭素目標を掲げてはいるものの、危機対応としては何でもありということは、欧州の全ての国で共通の考えになったと思う。EUのうちドイツは、欧州で脱石炭の動きが出てきたときも国内石炭産業の存在もあって比較的慎重であった。今回の石炭火力の活用も、エネルギー危機対応で使えるものは何でも使うということになったという流れがある。ただ、欧州の政策としては、今は危機対応だから石炭を使っているという認識で、長期的に脱炭素を推進するという旗は全く下ろしていない。

――2050年のカーボンニュートラルの手前となる2030年の目標を後倒しするような動きはあるのか…。

 小山 欧州に関して言えば、その可能性はないと考えている。EUが22年の3月に発表した、「REPowerEU」は、脱ロシアと脱炭素を同時に進める計画だ。これは、もともと予定されていた脱炭素を進め、化石燃料を減らしていけば、結果的にロシア産の化石燃料を使わなくて済むという狙いがある。ただ、再生可能エネルギーへの転換を進めるといっても、すぐにロシアから調達していた化石燃料を買わずに済むわけではない。昨年はウクライナ危機を受けて米国からLNGを大量調達し急場をしのいだが、方向性としては2030年までに可能な限り省エネ・再エネを進め、電力化や水素といった取り組みで脱ロシアと脱炭素を同時に達成することに邁進している。

――欧州では原子力の利用も再び前向きになっている…。

 小山 欧州では一昨年後半ごろから原子力が脚光を浴び始めている。原子力は政治的にセンシティブな問題で、EUでは各国の判断に任せていた。こうしたなか、2021年10月にEU欧州委員会の委員長がEUにとって原子力は必要だと述べたことが注目された。そのもとで欧州では、フランスやイギリスなど原子力を推進する国が増えた。EUは、「REPowerEU」と原子力で脱ロシアと脱炭素を同時に進めるつもりで、大義名分としては脱炭素の推進が脱ロシアにつながるという論理だ。ただし、それが筋書き通りに上手くいくのかどうかについては、様々な課題があるというのが私の見立てだ。脱炭素化への移行のなかでエネルギー価格が大幅に上昇すれば、欧州といえども国民や経済が耐えられるかどうか、が問題になる。EUはウクライナ危機前の2021年10月の時点で、早くもエネルギーに補助金を付けるというそれまでは考えられなかったような手を打った。もともと先進国は途上国のエネルギー補助金を批判していたが、EUが補助金導入を検討し始めたことで日本もガソリン補助金や電気・ガスに補助金を付け始めた。エネルギー価格の高騰に対しては、先進国でさえも脆弱であることがわかる。

――各国が石炭火力に回帰するなか、日本が脱炭素を取り組めば取り組むほど日本経済の競争力が落ちる可能性がある…。

 小山 真水で一からエネルギー転換のコストを積み上げていけば、日本経済にとって負担が大きくなると思うが、日本の場合は、原子力発電の再稼働が可能であるという世界のなかで、ある意味では「特殊なポジション」にある。欧州ではこれから新しい原子力発電設備を建設するが、これには時間もコストも掛かる。これに対し、日本の原子力発電所で再稼働を果たしたのは10基なので、20基以上の今後の再稼働の潜在的な可能性がある。原子力発電所再稼働には規制機関がOKを出し、地元の合意を得る必要があるものの、設備自体は既にあるので、安全性を確保して既存の設備を利用できるようになれば、日本は世界のなかで最も効率的に二酸化炭素を減らしながら電気を安定供給し、電力コストを抑制できる可能性を秘めている。そのため、岸田総理が原子力発電の利活用を進めようとしているのは正しい選択であると考えられる。これから先のエネルギー転換を進め、脱炭素を実行するためには、水素技術やネガティブエミッションなどのイノベーションが必要だが、現段階ではコストが高い。その点でも既存の設備を活かせる原子力発電の利活用は重要だ。

――経済安保面からのコストも考えなければならないなかで、再生可能エネルギーで最善な電源は…。

 小山 再生可能エネルギーのなかで、今後最も期待が集まっているものの一つが洋上風力発電だ。ただし日本の場合、偏西風が安定的に吹いている欧州から比べると風況の面で決して有利な条件とは言えないうえ、海の水深がすぐに深くなる場合が多く、海底に設備を設置する着床式ではなく浮体式を採用することが求められるため結果的にコストが掛かってしまうことも課題だ。地熱発電は安定した電源で風力や太陽光などの不安定さはないが、一番の問題は、熱源の多くが国立公園内にあることに加え、地元の利害と対立してしまうこともある。例えば、地熱発電のために井戸を掘るにあたっては温泉事業関係者の懸念・反対に対応する必要があることのほか、水素技術も2050年のカーボンニュートラルには必須で、2030年の時点である程度エネルギーミックスに組み込まれている必要があり、そのためには現段階からロードマップを描いていく必要がある。コストの大幅な引き下げが必要不可欠なうえ、それでもどうしても相対的に高コストになる点を踏まえ、市場に導入できるような制度・メカニズムを考える必要がある。日本の場合は水素も輸入に頼らざるを得ないため、国際的なサプライチェーンを日本の企業が中心になって構築する必要がある。さらに、水素輸送に関しては、マイナス253度の超低温で液体にして運ぶことが考えられるが技術的ハードルが高く、非常にコストが掛かる。そのため、運ぶときはアンモニアなどで運ぶという選択肢もあり、現在は国際的な技術競争とサプライチェーン構築の競争が行われている段階だ。

――どのエネルギーもどこか欠点がある…。

 小山 CO2を排出せず、国産エネルギーである再生可能エネルギーも完全無欠なエネルギーではない。太陽光や風力など自然由来で不安定なエネルギーの割合が増えれば増えるほど、その不安定さを補うための蓄電池や系統増強などの対応が必要になる。その結果、専門用語で言う「統合コスト」が増大する。これは不安定なエネルギー供給を補って安定的にエネルギー供給を図るためのコストだ。再生可能エネルギーの活用が進み発電コストが下がったとしても、統合コストを勘案するとエネルギーミックスにおける再生可能エネルギーの適切な割合がどこかのポイントで存在すると考えている。統合コストの他にも大きな関心事項は経済安全保障コストだ。再生可能エネルギーや蓄電池、EVなどの製造に必要なレアアースやレアメタルなどいわゆるクリティカルミネラル(稀少鉱物)は今後需給逼迫が予想され、中国など特定供給源への偏在性が存在する。再生可能エネルギー利用が進めば、稀少鉱物問題由来での経済安全保障コストが高まる可能性があり、その点でも再生可能エネルギーの最適な割合を考えていく必要がある。

――政府への要望は…。

 小山 エネルギー安全保障や脱炭素は市場に全てを任せていては解決せず、適切な政策をしっかり実行することが重要だ。今日の世界情勢やエネルギー情勢の下では、国家・政策の役割が大きく、それなしにエネルギーと脱炭素の問題は解決しないし、国内政策だけではなく国際的な政策も大きな役割を持ってくる。今年はG7もあるので、日本政府が日本のことだけではなくて国際エネルギー市場の安定化や脱炭素化でリーダーシップを発揮して欲しいと考えている。[B][N]

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