金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

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「経済安保危機に市場も覚醒を」

財務省
財務官
神田 眞人 氏

――防衛予算の財源として外為特会を使うことになったが…。

 神田 外為特会の運用収益から出てくる剰余金については、内部留保の中長期的な必要水準を確保する観点から3割以上を外為特会利用とすることを基本としながら、外為特会や一般会計の財務状況を勘案して一般会計への繰入額を決定している。令和4年度分については昨年成立した令和4年度予算で見込んでいた剰余金の7割をこれまでと同様のやり方で一般会計の一般財源として活用することとしたうえで、昨年の予算策定時の見込みからの上振れ分を含む残る1.9兆円を一般会計に繰り入れ、追加的に防衛財源として活用することとした。外貨建債券金利上昇や、円安が急激に進行して剰余金の大幅な上振れが見込まれたなかで、24年ぶりのドル売り為替介入によって外為特会の財務状況が大きく改善したことを勘案し、大幅に活用することが可能と判断した。また令和5年度分の方は、剰余金相当額の見込みのなかで、為替・金利の動向を踏まえ、現時点で確実に発生が見込まれる1.2兆円について財源確保法(案)による特別な措置により、通常と異なる進行年度中に前倒しして臨時的に一般会計に繰り入れ、防衛財源に充てることにした。防衛費の臨時的な追加財源をファイナンスすべく、外為特会から合計3.1兆円を確保したわけだ。令和4年度分の一般財源に繰り入れた0.9兆円を合わせ、合計で4兆円を剰余金から繰り入れることになる。市場動向で剰余金が上振れたことに加え、為替介入で財務状況が例外的に大きく改善し、さらに来年度分も先取りした。こうした例外的な条件が重なったことによる金額であることから、来年以降、こんなことを続けていくことはとてもできない。いうまでもなく、国の信用における最後の砦、心臓部は外貨準備だ。政府の財政は世界最悪水準で極めて悪く、投機筋からも狙われているところ、外為特会が健全でなければマーケットから危険視される。従って、我々はその健全性を護らなければならない。今回の繰入額は、その観点からも、私自身が計算に計算を重ね(ストレステスト)、決着に向けた議論を主導して数字を固めた責任を自覚しているが、措置後も日本の外為特会は健全だ。しかし、これはあくまでも異例で臨時的な措置にすぎない。日本の外貨準備高は途上国で輸入の何カ月分と言われているよりも遙かに多いが、他方、一秒で膨大な資金が動くようにマーケットが巨大化しているなか、本当に我が国の通貨価値を護ろうとすれば決して過大ではない。昨秋の英国危機のエピソードが示すように、国は謙虚でなくてはならない。

――金融資本市場における経済安全保障についてどう考えているか…。

 神田 危機意識は極めて高い。ここまで地政学的緊張が高まり、国際秩序が危機的な状況にあるなか、法の支配といった基本的価値、市場経済を守るためにも、市場関係者も目覚めなければならない。ロシアによる不法で不当なウクライナ侵略だけではなく、台湾海峡の問題、さらに北朝鮮がICBM等を庭先に頻繁に打ってきている。こうして地政学的リスクの高まりが切迫感を増すなか、我が国経済が自律性の向上、優位性・不可欠性の確立を通じた経済安全保障の強化がますます重要な課題となっている。財務省としても極めて高いプライオリティをもって取り組んでいる。ルールに基づく開かれたグローバル経済システムの維持を通じた経済の効率性を確保しつつ、経済の強靱性強化を通じた経済安全保障を両立させていこうと考えている。例えば、対内直接投資の審査制度を適宜見直している。19年の外為法改正で国の安全等の観点から指定される一定の業種を営む上場会社の株式を外国企業等が取得する際に必要となる事前届出の閾値を10%から1%に引き下げるとともに、事前届出が必要となる業種を随時追加している。国の安全、公の秩序、公衆の安全などの観点から財務大臣および事業所管大臣が事前に審査を行い、問題があると認められる場合、取引中止の勧告・命令を行うことが可能という、他国同様、市場との関係では例外的に強い財務大臣の権限となっている。更に、G7でも財務トラックでは、経済安全保障を優先課題の一つとして掲げており、サプライチェーンの強靱化、新興・途上国の基幹インフラへの投資、国際決済システムの在り方について議論を深めている。

――実際に買収防衛の効果がでているのか…。

 神田 最も大きいのがデタランス(抑止)だ。実際に取引中止となるリスクに加え、レピュテーションリスク(ネガティブな情報が広まった場合のブランド損失リスク)もある。「外為法に引っかかるのではないか」との懸念が会社の決定に大きな影響を与えている。ノーアクションレターを出しているわけではないが、私への問い合わせは相当に多い。また米国案件に関する問い合わせもある。日本はそれほどではないが、米国の場合、制裁に引っかかると企業として業務の継続性が難しくなるためだ。その点、米国案件では我々は過去にはありえなかったほど米当局と頻繁に相談している。例えば、経済安全保障や制裁、投資審査の実施は米国等と一体になっており、通常のカウンターパートである国際担当次官に加え、制裁や経済安保担当の副長官や次官のラインとも、日々、相談している。昨年の対ロシア制裁のロシア産石油価格上限(プライスキャップ)についても米当局と相当詰めた。ロシアが無謀なことをしているために、むしろ海外当局との一体感が高まっている。また、昔では考えられないが、マーケットが不安定になれば、毎晩のように主要国の金融当局者と電話・ビデオ非公式会議を開催し、金融情勢などの議論を繰り返すという団結した行動が取れるようになっている。今は日本がG7やASEAN+3の議長なので、私が召集することも多い。

――一方で、経常収支が大幅に減っている…。

 神田 21年が22兆円の黒字で、22年が11兆円の黒字と半減しており、そこには構造的な問題が根本にある。日本はモラルハザードを包摂する政策により、成長産業への資源、特に労働力移動を抑制し、国際競争力を高める努力をしていないため、輸出数量が伸びにくい。一方で輸入は、原発稼働が大きく制約されているうえに、エネルギー価格が上昇しており、かつ再生可能エネルギーに限界があるということで、構造的に貿易収支は崩れている。またサービス収支も悪化している。研究開発(R&D)やデジタルサービスがIT化の進展で海外に流出しており、例えば、デジタル広告をクリックすれば自動的に米国に資金が流出する構造となっている。これらを補う資本収支はどうかといえば、十数兆円の出超となっている。要するに日本経済は構造的に大きな問題を抱えており、抜本的な改革をしなければこの先、経常黒字を回復させることは難しい。そのために、日本政府は労働市場改革などに取り組んでいるところであり、加速させていきたい。

――グローバル経済のリスクは…。

 神田 世界経済および国際金融は、中国の景気動向をはじめとする様々な下方リスクを抱えており、これらに迅速かつ適切に対応していかなければならない。インフレーションは需要減に伴うエネルギー価格の下落、各国の金融引き締めによりピークアウトの兆候が見られるものの、引き続きコロナ禍前の水準を上回っており、また上回ることが見込まれているため注意しなければならない。また中国はゼロコロナ政策の急な撤回で回復が見込まれるものの、サプライチェーンの混乱や不動産市場の悪化、それに伴う金融セクターの不安定化といった様々なリスクに注意が必要だ。さらに当然、ロシアによるウクライナにおける侵略戦争の継続、金融市場のタイト化による途上国通貨に対するドル高に伴う債務問題の表面化、先進国での銀行破綻を含む金融不安定も下方リスクだ。こうしたリスクへの対応においてG7議長国として日本が議論を主導していきたい。

――ロシアとウクライナの戦争はなお長引きそうだ…。

 神田 プーチン大統領はウクライナだけではなく人類に対し戦いを挑んでいる。プーチンの侵略はインターナショナルオーダー(国際秩序)以前の話で、基本的人権から始まり、ルール・オブ・ロウ(法の支配)まで全てを破壊している。これは、人類としては負けられない戦いだ。世界は徹底的にロシアを孤立させていく方向にあり、前回のG20財務大臣会合ではロシアと中国がウクライナ侵略の非難声明に反対したことが名指しされた。それには2つの理由があり、責任の所在はロシアと中国にあることを明確化させることと、18対2という数字を世界に見せることにあった。もちろんG20議長国であるインドはコンセンサスを得たステートメントを出したかったが、議長総括になった以上、インドのカウンターパートと私で話し合ったこともあり、こうした着地となった。一方で、そのG20では、全17のパラグラフ(項目)のうち15が全会一致した。債務やデジタル、気候変動、税、金融規制などさまざまな異論ある問題がまとまった。この成果により、まだ世界は救えるという希望において、前回のG20は非常に大事な会合になったと言える。また、15項目のうち債務問題については、初めて中国も署名する形の合意がベンガルールで実現できた。日本が訴えてきた債務問題の深刻性の認識、コモンフレームワークの迅速な実施、中所得国で脆弱な国の債務再編、債務の透明化といった項目について、コンセンサスを得ることができた。具体的にもコモンフレームワークで初めてチャドの債務救済が実現した。なお、スリランカなどにおいてIMFプログラムを動かして債務再編の議論を始めていくうえで、決定事項を遵守するという約束事について、インドやサウジアラビアなど中国以外の国は合意してくれた。スリランカ債務処理も日本財務省が積極的に貢献していく。

――次のG7のテーマは…。

 神田 優先すべきテーマは3つ。1つ目が喫緊の課題である世界的な景気後退リスクやインフレ、対ロシア制裁およびウクライナ支援、債務問題、そして金融安定化に迅速かつ適切に対処することだ。2つ目がより構造的な問題である世界経済の強靱化に向け、気候変動、国際保健、経済安全保障、金融デジタル化、国際課税といった分野に取り組んでいく。3つ目については、長らく私が悩んできたことで、多様な価値を踏まえた経済政策について議論したいということだ。40年近く経済官僚として仕事をしてきたが、正直、今のGDPに限界を感じている。今の世の中はGDPが増えたとしても、格差が拡大していて、多くの人々には幸福でないし、気候変動などの視座を欠き、持続可能な物差しでもないではない。世界中でアンチ・エスタブリッシュメント(反既得権益)の動きが見られ、経済が伸びても大多数の人が没落していく中、社会不安が高まり、至る所でポピュリズムが跋扈し、全体主義体制が広まっている。やはりGDPに過度に着目した経済政策はうまくいっていないのではないか。格差の是正も経済政策の成功であるべきで、また地球環境の観点からサステナビリティも重要だ。人々、特に最もバルナラブル(脆弱)な方が本当に幸せであることが重要だ。このため、単なるGDPで捉えているパイを超え、経済社会の大変容に伴って生まれた様々な価値の重要性を反映したより良い経済政策の実現に向けて各国と議論していきたい。もとより、GDPのヤードスティック(物差し)としての重要な役割は維持すべきだが、その創設期から、公害といった害をカウントし、家庭内労働といった価値を捨象する一方、帰属家賃など試算に頼っている問題を内在してきた。特に、近年、無料のデジタルサービスはGDPにカウントされていないが、国民は大きなベネフィットを得ている。こうしたことについてより多様で総合的に考えていくべきで、少なくとも一つではない物差しではかっていかなければならない。日本は人口が減少しており、物質的なモノを追いかけても限界がある。物量ではなく、精神的なところでも尊敬される国となることも賢明な選択肢だ。これは文化藝術やスポーツであってもいいし、人間性であってもよいとも考えている。[B][X]

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