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「アベノミクスで農業が衰退」

資源・食糧問題研究所
代表
柴田 明夫 氏

――中国の農業戦略について…。

 柴田 1959年、中国は建国10年を迎え、英米に追いつくために農作物と鉄鋼製品の増産に注力する大躍進運動を打ち出した。しかし、その際、農業に携わっていた壮年の労働力が鉄生産に駆り出されてしまったため、農村部における農業基盤が崩れてしまった。同じ頃、中国全土を襲った干ばつによる大飢饉で、中国は1959年から1961年にかけて約4000万人もの餓死者を出すことになる。その後、1980年代に入って鄧小平が経済の改革開放を進めることによって中国は「世界の工場」と呼ばれるまでに成長したが、1993年には食糧インフレが起こる。この時にワールドウォッチ研究所のレスター・ブラウン所長は「WHO WILL FEED CHINA(誰が中国を養うのか)」という本を出版している。対して中国は、「中国を養うのは中国だ」と宣言し、それを実現すべく中国の各省内で自給自足を行う政策(省長責任制)を行った。そして1995年に目標としていた食糧生産5億トンを達成する。しかし一方で、それは食糧在庫を増やすことになった。急激に大量生産した農産物の品質は低く、消費者は買いたいと思う良質の食糧は手に入らず、生産者は売りたくても売れないという「売るに困難、買うに困難」の状況を招くことになった。

――中国の農業問題は難問山積だ…。

 柴田 今の中国の課題は「質の良い食糧(特に肉)を食べられるかどうか」だ。一方で中国政府は、仮に中国国内で食糧の供給不足や価格高騰が起きると、国民の不満が募り、共産党政権に対して不信感や怒りが出てくるかもしれないという懸念に敏感になっている。そこで2004年以降、中国はそれまで行っていた農産物の政府による安値買取りによる収奪農業から、農民への直接補助や農業近代化に向けた積極投資といった与える農業政策に切り替えた。そうすることで「農業の生産性低下」「農村の疲弊」「農家所得の低迷」といった3農問題は現在解決に向かっている。ただ、工業化や都市化が一気に進んだことによって、農村部から都市部への人口移動は累計2億7000万人にも上り、さらに今後、中国は日本以上の高齢化社会に見舞われてくることも予想されている。農地の維持や、インフラの未整備、そして高まる食糧生産の拡大など、依然、中国の農業問題は山積している。

――中国の食糧問題は世界の食糧問題に繋がる…。

 柴田 2008年に世界的な食糧危機が起こった。理由は中国の食糧輸入の拡大だと言われている。その時、中国は食糧安全保障戦略として、これまでの「95%国内生産」という政策から「食糧輸入能力を高める」政策へシフトし、実際に、その後10年間で日本を抜き、世界最大の食糧輸入国になった。近年ではロシア・ウクライナ戦争による食糧価格の高騰や、コロナ禍でのサプライチェーンの影響による供給制約、さらにトランプ前大統領時代からの米中貿易摩擦もあり、米国などから大量輸入していた農産物をいつまで購入することが出来るのかという新たな懸念が生まれるなか、2021年末には再び国内生産の拡大=自給力の向上へと食糧安全保障戦略を大転換している。そういった中国の抱える農業問題は、国内市場優先といった形で化学肥料などの輸出制限を強めてくることから、日本の食糧にも影響してくる。

――日本の自給率は約30%。輸入飼料価格を考慮すると実質10%弱とも言われており、中国の食糧危機など何か大きなリスクが起これば日本の食糧事情は危機に陥る…。

 柴田 日本では1995年のWTOスタート以降、グローバリゼーションという流れの中で経済合理性だけを考えれば良いという考え方が続いていた。国際市場にコミットすればするほど、安く安定した価格でいくらでも良質の食糧が手に入るという恵まれた状況にあったからだ。しかし、今の日本は30年間の経済停滞に円安も加わり、食料・農業・農村基本法で定められている「国民に良質な食糧を受容可能な価格で安定的に供給する」という事が難しくなっている。にもかかわらず日本の消費者に危機感がない理由は、日本では食糧市場が「過剰」と「不足」が併存していることにある。国際的に食糧価格が上がっている中でも米の値段は2年連続で前年割れ。一方で小麦やトウモロコシ、大豆、肉、野菜等の輸入量は約3000万トンに及ぶ。これらは「不足」なのだが、消費者にはそうした自覚がない。食料安全保障では「国内生産をベースに輸入と備蓄を組み合わせる」という考え方が基本であったはずなのに、国はもっぱら輸入拡大にだけ注力した。海外の農業と対抗できるように生産性の高い農業をすべきだという考えから、アベノミクス「攻めの農業」では、規模拡大=6次産業化による付加価値=輸出拡大に向け、最先端技術を駆使してスマート農業の導入を推進し、そうした政府の考えに沿った企業経営者が増えていった。その結果、それまで約130万あった農業経営体の数は100万を切るまでに減少した。一部大規模経営は増えているが、それは日本の農地全体からすればほんの一部だ。耕作放棄地や過疎化地域が増え、生産者、農地、農村は悲惨な状況に陥っている。自給率の低下は国内農業基盤の弱体化を表している。そして「農村が持つ多面的な機能」も失われてしまっている。

――「農村が持つ多面的な機能」と「日本の食糧安全」を取り戻すための解決策は…。

 柴田 先ずは、国内資源のフル活用に向け、農地を再利用する取り組みが必要だ。多少コストがかかっても、農業用水や水を涵養するための森林等の農業資源、そして地域経済社会の人材や資源等に国の予算をつけて国内の食糧生産拡大に向けた政策を行い、地域ごとに農業生産体制をしっかりと築きあげれば、多面的農業が実現し、地域社会全体が潤うだろう。生産規模拡大を目指してきた専門農家や、海外の安価な飼料や肥料に頼ってきた畜産農家は今、限界に来ている。そこで、例えば農畜を連携させるなどして地域全体で複合経営していけばよいのではないか。それは地域ごとに適正規模を模索する動きでもあり、畜産規模は縮小するかもしれないが、地域資源をフル活用することになり、ひいては持続的な農業生産にもつながる。地域毎にしっかりと問題を解消しながら進めていく事が、これからの日本には必要だと思う。国内資源をフル活用して、それでも足りないものや必要なものだけを輸入すればよい。また、政府は現在の食糧価格の値上がりを抑えるために生産者などへの補填を行っているが、価格体系全体が上方にシフトしている中で一時的に食糧価格だけを抑えても効果はなく、根本的な解決策になっていない。農業生産を抜本的に見直す前提で政策を作ることが重要だ。そして、そこで初めて医福食農の連携が生きてくる。

――「医福食農」の連携とは、具体的に…。

 柴田 農林水産省は、経済産業省、厚生労働省、産業界と共に、医療・福祉分野と食料・農業分野の連携を推進している。例えば、障害を持つ人や介護が必要な人に食による生活の質の改善や向上を提供するために、機能性食品等を開発・供給したり、その機能食品を開発するために食の素材や漢方薬原料を農業生産したり、或いは農業体験や林業体験など農作業という身体活動を行う事で、健康維持やリハビリに役立てるといった取り組みだ。各業界の垣根を越えて医福食農が連携することで、健康長寿社会の構築が実現可能となるという考えだ。なによりも、国力を上げていくために、「食」と「農」を基盤とした日本の産業基盤自体の立て直しが求められている。[B]

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