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「安定収入で楽しめる博物館を」

国立文化財機構理事長
九州国立博物館館長
島谷 弘幸 氏

――国立文化財機構が管轄する国立博物館の現状は…。

 島谷 国が運営する博物館や美術館は色々あるが、独立行政法人国立文化財機構が管轄する国立博物館は東京、京都、奈良、九州の4カ所にある。東京国立博物館は今年で創立150周年を迎え、京都国立博物館や奈良国立博物館も創立120年以上の歴史を持つ。一方で九州国立博物館は開設17年目とその歴史は浅い。もともと国の管轄だった国立博物館が、国立文化財機構という独立行政法人による運営に変わってから、それまで、国の所有物を「見せてやる」という意識だったものが、「見ていただく」という姿勢に変わった。それは利用者側からすれば非常に良いことだと思う。ただ、運営する側の内情をいえば、以前は運営交付金が潤沢にあり、得た収益はすべて国に戻すという仕組みだったものが、独立行政法人となった事で運営交付金はこれまでの8割5分程度となり、残りの1割5分程度は自分たちの経営努力で賄わなければならなくなった。しかも、経営努力の結果としてノルマを上回って収益を上げた場合、その数字が翌年のノルマとなり、交付金はさらに減らされる仕組みになっている。

――九州国立博物館について…。

 島谷 九州国立博物館は福岡県と独立行政法人の共同経営で運営している。その比率は6対4で、職員も同じ割合だ。予算金額は約20億円で、現在の収入は約1億円。これは普通の経営者の感覚からすればあり得ない話だろうが、博物館の仕事は作品を保持して次の世代に伝える事や、展示会、劣化した作品の修復や広報、教育普及などがあり、出費はかなり多い。電気代の値上げなどを転嫁するわけにもいかず、全て予算内でやりくりしなければならない。また、特に九州国立博物館は他の3つの国立博物館に比べて創立から間もなく作品数が少ないため、新しい作品の購入に膨大な予算が必要となっている。東京国立博物館の作品数が12万件で、新規の購入予算が2億円なのに対し、九州国立博物館の作品数は1500件で、新規購入予算の目途は5億円だ。それでも、私が九州国立博物館館長に就任した2015年当時の作品数は500件しかなかったものを、徐々に増やしながら今に至っている。

――作品数は具体的にどのように増やしていくのか…。

 島谷 購入するか、或いは寄贈してもらうという2つの方法がある。購入予算は5億円と限られている為、私の場合は個人的な知り合いなどから寄贈してもらってここまで増やすことが出来た。昨年、九州国立博物館で葛飾北斎展を開催したが、その核となった重要文化財の日新除魔図も、もともとそれを保有していた私の知人が亡くなった時に、ご遺族の方が私と故人が生前懇意にしていたという御縁から、私が館長を務める九州国立博物館に寄贈してくださった。そうやって作品数を増やすことが出来て、博物館に足を運んでくださる方が多くなっていくことは、長年仕事をしていく中での楽しみのひとつだ。

――寄贈には色々な条件があるものだと思うが、トラブルは…。

 島谷 確かに寄贈には色々な条件がつきもので、その条件があまりにも多すぎると扱いが難しく、管理も大変になる。例えば、ご遺族が寄贈品を他の博物館に貸し出しすることを望まず、地元だけでしか見られない様にとお願いされる事がある。そうすると、他の博物館に収蔵されている国宝や重要文化財を借りたい場合に、こちらにある同等の作品を貸与するという条件で借用できる場合があるのだが、こちらから貸し出す作品がなければ、他の博物館の名品を借りるチャンスが少なくなる。遺族として、地元でしか見ることの出来ない希少な作品にしたいという気持ちもわかるが、それが重要な作品であればあるほど、広く博物館同士で行き来させることによって、たくさんの方々に見ていただきたいと思う。そのためにも寄贈の条件は出来るだけ少なくしておくことが重要だ。

――最近の博物館や美術館では、写真撮影が可能なところも多くなってきた…。

 島谷 昔は写真の二次利用を懸念して撮影不可とする博物館が多かったが、最近では宣伝効果を狙って撮影可とする博物館や美術館が増えてきた。これについては、収蔵品はもとより寄託品に関しても、作者の同意があれば撮影ができるようになっている。そうして実際に見に来てくれた人がソーシャルメディアを使って話題にしてくれれば、来館者も増えてくるだろう。特に日本人は人が集まるところに行きたがる傾向が強いため、口コミの力はかなり大きい。余談だが、博物館は初日に人が集まる映画と違って、会期が終わりに近づくにつれて来館者が増えてくる。ゆっくり見たいのならば、展覧会開始から第一週目の平日で、入場できる30分前くらいをおすすめする。

――海外との美術品のやり取りの仕組みは…。

 島谷 展示会のために海外から美術品を借りてくる場合、その作品相応の賃借料を支払う必要があるが、日本美術を海外に貸し出す場合は、殆ど無料だ。それは、日本美術の評価が海外ではまだまだ低いという事実を表している。また、日本における日本美術の評価も、例えば浮世絵や若冲などのように、外国で評価されたものが日本で再評価されるというような流れにある。さらに、日本の絵画や書籍跡は環境の変化に弱く、傷みやすい作品が多いため、一年間の内に展示できる日数が限られている。そういった作品を海外へ持ち出して展示する場合には更に厳重な管理が必要となるため、海外展示会での採算はほぼ見込めないのが現状だ。

――日本の国立博物館の課題は…。

 島谷 先述したように、経営を効率化させて利益を上げ過ぎると予算が減らされてしまうという仕組みや、昔のように運営交付金が潤沢ではないために、必要な修復でさえ先延ばしにしなくてはならない状況など、問題は山積している。光熱費も上昇している中で予算は縮小し続けており、それに対応していくための知恵が必要になってきている。世界の潮流では、国立の美術館や博物館の入館料を無料にして、その代わりに寄付金を募るような国も多いが、日本では常設展でさえ有料だ。修復に関しては、クラウドファンディングで資金を集めればよいのではないかと言う人もいるが、個別の作品の修復に対する資金は集まっても、総合的な修理に対する資金は集めづらい。何より、指定品の修復を担える業者は限られている為、資金が集まったとしても、それが一時的なものであれば業者の手が回らないという状況に陥ってしまう。100年、200年先の国立博物館を見据えた時に、修理業者がコンスタントに作業を続けられる様に、安定した資金が定期的に入ることが重要であり、それが今の大きな課題だ。

――最後に抱負を…。

 島谷 海外の人々にもっと日本美術を知ってもらいたいというのが一番だ。また、日本でも博物館に来る目的を、勉強する為ではなく、楽しんでもらう為に来てもらいたいと考えている。美術館や博物館を、憩いの場や活力を得る場にしてもらいたい。展示物だけではなく建物や庭園を見て、何もすることがない時などに気軽に足を運んでもらいたい。微力ながら、そうなるように少しでも力を発揮できればと思っている。[B]

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