金融庁
企画市場局長
井藤 英樹 氏
――非財務情報は任意とし、開示をしないことの説明を義務付け、投資家の判断に委ねる方式などで企業の開示負担を軽減したらどうか…。
井藤 確かに企業負担が大きくなっているという声があるのは事実だ。しかし、一方で投資家が投資するうえで様々な情報を必要としているのも事実だ。我々としても企業には情報開示を充実させ、より中長期的に企業価値を高めるためにどうするべきかについて投資家と対話していただきたいと考えている。今年6月の金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループの報告では、サステナビリティ情報を充実すべきとの提言がなされ、今般、サステナビリティ情報の記載欄を設けるなどについてのパブリックコメントを終えたところだ。記載欄には人材育成方針や女性管理職比率などについても開示していただくということになるが、事細かに書いてくれというよりも、まずは、経営レベルで企業の中長期的な価値向上の観点からどのような戦略を描いているのかということを踏まえて、方針を示して貰うことが重要ではないかと考えている。こうした中で、企業負担については軽減できるところは合理化しつつ、情報自体の開示の充実は是非とも進めていければと考えている。その半面、チェックリストのような画一的な対応となれば、ボイラープレート(定型的文言、使い回し)化し、負担だけ増えて実が伴わなくなる可能性もある。そうした意味でも企業は自身がどのように取り組んでいるか、投資家にアピールできるようなものをしっかりと開示していただきたいと考えている。様々な開示項目に対し、企業がリスクあるいはチャンスと感じ、取り組んでいるという姿勢、情報を開示していただきたい。記載欄を設けたが中身はあくまでも自由だ。なお、女性管理職比率や男女間賃金格差などについては女性活躍推進法などに基づいて開示が義務付けられている企業について開示対象とするもので、何か追加的に負担を求めているわけではない。また、サステナビリティ情報の虚偽記載への対応や保証のあり方については、世界的にも議論が開始されており、今後検討していく必要がある。ただ、財務情報と異なり、何が間違いかどうか判断し難い。定量的な項目については判断し易いが、定性的な話は判断が難しい。グッドプラクティスや好事例を示しながらより良い情報開示が定着するよう支援していきたい。
――市場間競争の消失による市場機能の低下が問題視されている…。
井藤 市場間競争が適切に働くことを市場全体として考えていく必要がある。特に現物市場は東京証券取引所の独占に近い状況にあるが、この点、私設取引システム(PTS)が適切に機能し、投資家にとって使い勝手の良い市場になればと考えている。PTSの売買高上限の緩和などについては、投資家の利便性向上の観点から進めていければと考えている。また取引所では取り扱われない非上場株式についても、例えば、今年7月には日本証券業協会で特定投資家向け銘柄制度が整備された。こうしたものを活用することによってスタートアップの資金調達が促進されるような取り組みを考えていきたい。一方で、取引所間の競争も大事だが、PTSの実態が取引所に近付いていくのであれば、価格情報の適切な提供など制度整備も必要となる。米国のようにマーケット開設者間で共通の自主規制機関を持ち、コスト負担するような体制とするところまで一気に行けるとは考えていないが、市場の透明性などについて必要な対応を求めたい。非上場株式については、主として、リスク許容度の高い個人を含む特定投資家(プロ投資家)に投資していただければと考えている。また、商品によってはリスクが非常に高く、またリスクの把握が非常に難しい商品もあり、適合性の原則を踏まえながら進めていくことが必要だと考えている。この点、ポートフォリオ、つまり資産の状況からリスクテイクの許容度を判断していくことも大事だ。例えば、ポートフォリオの相当部分をリスクの高い金融商品で占めるといったことはプロ投資家でもやらないだろう。そうした点をしっかりと確認したうえで市場参加していただくことが大事ではないだろうか。
――金融教育の強化を挙げているが、具体策を伺いたい…。
井藤 金融教育の推進は資産所得倍増プランの中核のひとつとして、金融審議会の顧客本位タスクフォースにおいても議論が進められ、中立的な立場から金融教育ができる組織として金融経済教育推進機構(仮称)を設立するなどし、官民一体となって戦略的に対応すべきという方向性が示された。これまで日本銀行をはじめ、各業界、個社でも金融教育に取り組んでいた。しかし、国民全体にアプローチしていくためには各者各様で取り組んでいては効率性が良くなく、また販売会社による取組みには販売目当てではないかといった懐疑的な見方もされるなどの課題が指摘されていた。中立的な立場から求められる情報を的確に提供していくためには、まずは、個人の人生を通じたお金のマネジメントがしっかりできるよう、ライフプランに基づいて、あるいはライフステージに応じて、人生を俯瞰してお金の問題がどのように関わってくるのか、貯蓄、投資、年金などを含めて考えていくことが大事だが、こうした広い知識に立脚したうえで個人として知っておくべきことを展開していくなかで、つみたてNISAにも興味を持っていただき、実践していただけるような知識を提供していこうと考えている。また個人は何を買えば良いのかわからない人が多いだろう。この点、顧客の立場に立ったアドバイザーが重要で、「機構」において信頼できるアドバイザーがどういった方々なのかを見える化していく。もちろん顧客のためになるアドバイザーであれば、今回議論の対象としている以外の形態も当然あって良いと考えている。まずはそうした個人にとっての投資の入り口となりえる気軽にアドバイスを求められるようなアドバイザーを育成・支援していく。一方で、リスクプロファイルが高い商品を見分けるためには勉強が必要で、そのコストは一定程度かかる。また社会人で忙しいと勉強する時間もない。デリバティブが組み込まれている商品に対し、リスクを把握し、自身のポートフォリオを考えてどの程度保有できるのかまで考えられる投資家は少ないだろう。金融機関でも判断が難しいPEファンドの投資リスクを把握できる投資家も少ないだろう。「その金融商品のリスクを的確に理解しなければ投資すべきではない」ということも含め、しっかりと情報提供あるいはアドバイスができるように「機構」の体制構築に取り組んでいきたい。また、顧客本位の業務運営において金融機関が顧客の利益を第一に考える体制を構築して貰う。例えば、つみたてNISAを購入したいという顧客に対し、玄人筋が購入するような商品を推奨することはありえない。自分が相手の立場に立ってほんとうにこの商品を選択するのか、という目線を金融機関に持っていただき、顧客のためになるような金融商品を推奨・販売できる体制を整備していただきたい。
――金融経済教育推進機構(仮称)は金融庁が主導していくのか…。
井藤 関係省庁と連携しつつ、金融庁が主体的に進めていければいいと考えている。先般、学習指導要領で家庭科において金融教育を充実していただいた。家庭科の先生方に協力して頂き、授業推進に向けてディスカッションをするなどいろいろな面で取り組んでおり、そうしたなかで文部科学省や各地の教育委員会にご協力頂いた。この連携をさらに強化していきたいと考えている。ただ、学校の場だけではなく、社会人あるいは退職前の方々など様々なライフステージの方々に対して教育機会、情報提供の機会を提供していきたい。この点、職場における展開も選択肢にあると思う。さらには新しい情報メディアを通じた情報発信も必要となるだろう。
――今年度の行政方針において特に注力している政策は…。
井藤 やはり貯蓄から資産形成へのシフト、成長と家計への分配の好循環を実現するための資産所得倍増プランに関する事項は極めて大きな意義を持っている。好循環という面では家計、投資家側だけではなく、企業自体が成長しなければならないため、これに資する市場関係の改革を両輪として進めている。企業の成長においてはコーポレートガバナンス改革も引き続き重要な課題だ。今年は3年ごとのスチュワードシップ・コードの見直しの年ではあったが、そのことにとらわれず、チェックリストのような形式的な対応を招きうるものを追加するよりも本質的な面で日本市場を良くするために、海外投資家を含むステークホルダーから幅広く意見を聞く場も設けており、来春を目途にコーポレートガバナンス改革をどのように進めていくかアクションプログラムを取りまとめたい。企業情報の開示についても四半期報告書と決算短信の一本化で企業負担を軽減していくが、より大事なのはサステナビリティ情報などの情報開示を充実していただくこと。この点、人的資本に関する情報を企業がどのように開示するのかは極めて大事な事項で、これは国際的にも気候変動対応については基準作りが進んでいるが、次にどういったことが重要なのかの議論も開始されつつあり、我が国として人的資本に関する情報開示の充実に向けたルール策定などの取り組みについて国際的な意見発信をしていこうと考えている。このほかにも事業成長担保権も重要だ。商取引先や労働者等の債権者の権利のあり方等の課題には対応していく必要があるが、今の金融機関の実務では土地や建物、人的保証なしに、事業性だけを見てリスクテイクしがたいという課題も指摘されていることから、事業性に着目して事業者に伴走するような取組みを十分進めてもらうためにも早く制度化したいと考えている。(了)