日本アセアンセンター
平林 国彦 氏

――前職は…。
平林 前職では国連児童基金(UNICEF)東アジア・太平洋地域事務所でオフィスのあるバンコクから、北朝鮮から先進国を除く太平洋諸国、西はミャンマーまで、アセアン全域を見ていた。また、インドネシア、ベトナム、タイ、アフガニスタン、インドなど、アジアの各地で暮らしてきた経験もある。そのなかで、アセアン諸国がいかに日本にとって大事かということが分かると同時に、日本にとってのアセアンの重要性の高まりに対して、現地での日本のプレゼンスが下がってきていることを感じた。プレゼンスの低下には、より他の選択肢が増えたことや、世界的に日本の影響力が落ちていることなど多くの原因があるだろうが、さまざまな人に話を聞き、日本のこの地域における潜在的な役割の大きさにも気づいた。アセアンは、中国と米国に引き裂かれて結束が揺らいでしまうことを防ぎ、統一性と中心性を保つための信頼できる媒介者としての役割を、日本に期待しているように思う。アセアンは各国がバラバラになると「弱い」かもしれないが、結束していれば「強い」。中国・米国といった大国の影響力は避けられないが、飲み込まれることは避けたいという意見は多い。そのような場面での立ち回りは日本が貢献できるところであろう。また、アセアンのパートナーとしては、日本人が自国の弱みと見ているところを、逆に強みとして生かすことができるのではないか。例えば、民主主義国家のなかでこれほど政治が安定している国もない。また、良く言えば主張を押しつけず、一度コミットすれば継続的に働きかける。そういう意味では、日本が果たせる役割は、大きいものがありそうだ。
――日本アセアンセンターの活動内容は…。
平林 日本アセアンセンターの活動には投資・貿易・観光・人物交流の4つの柱がある。センターは2021年に設立40周年を迎え、さまざまな改革の提言に呼応して、2022年6月に「再考のための5つの目標、5つの戦略、5つの機会」を掲げた2025年までの中期戦略計画「AJC 5.0」を策定した。その際、4つの柱が何のためにあるのかをかみ砕く、いわゆるコーポレート・ナラティブ(組織戦略についての理解促進のための説明)を作った。まず貿易については、「日本とアセアン諸国との包摂的で強じん、かつ、持続可能な貿易」を進めていく。貿易にはある意味「勝ち負け」があるが、例えば貿易の恩恵を幅広い人々が享受できるように、農業分野などに目を向けていく。また、パンデミックでもサプライチェーンの問題が取り沙汰されたが、貿易自体の強じん化・安定化を目指していく。投資に関しては、利益を上げるだけではなく、社会課題に役に立つ投資を行う。何のために投資するかをより重要視し、人のためになる投資をより促進していく考えだ。また、観光においては、「持続可能かつ責任ある観光」をプロモーションしている。可能な限り地産地消、サービスを提供する業者やホテルも地元のものを利用し、また、環境に優しい施設を積極的に利用する、といった観光の仕方で、できるだけ将来のために観光資源を保護していく。昨今、関連産業も含めて観光産業はアセアン各国で非常に重要な産業だ。インフォーマルセクター(統計の数字上に表れない不安定な就業層)や女性も多く就業しており、幅広い層に恩恵をもたらす。人物交流に関しては、若い世代、特にZ世代を対象とした人物交流を考えている。さまざまな調査で見ると、日アセアンのどちらも、若い世代ほど互いに関心がないと出ている。2022年5月に公開された令和3年度の外務省の海外対日世論調査では、日本より中国を「今後の重要なパートナー」だと思っている人が増えたとある。この結果はおそらく、年々調査対象に新しく入ってくる若い世代に、中国の重要性を感じる人が多いためだと考える。日本とアセアンの若い世代には、さまざまな人同士が触れ合う機会を通して、互いのことを理解してもらいたい。単にお互いの国を訪問するだけでなく、日アセアンの若者の間で、同様の社会課題の解決を考察する機会の提供を考えている。
――日本のプレゼンスを回復する具体策は…。
平林 やはりソフトパワーは重要だ。アセアンの若者もさまざまな国の製品に触れる機会がある。例えば携帯電話では、アセアンの若者には、iPhone(アイフォーン)よりAndroid(アンドロイド)、特に中国のHuawei(ファーウェイ)社の製品などを、安いうえにカメラなどの性能もかなり良いということで、利用する人が多い。車やバイクを買う層がどんどん減ってきている今、電子機器において中国製品は非常に浸透していて、中国への親和性が高くなることも理解できる。今後のソフトパワーの活用では、今まで通り日本製品を売るというよりは、日本が持つ隠されたソフトパワーを使っていく必要がある。例えば食文化やサッカーチームへの関心は高い。当センターでは日本のプレゼンスが低い理由を探るため、日アセアンの15歳から35歳までの若い世代を対象に調査を実施する予定だが、ポップカルチャーに関しても設問を設ける。調査を通じて全体像を把握し、どの分野により注力するかを考えることが重要だと思う。また、日本の若い世代にはぜひアセアンの力を借りてチャレンジしてもらいたい。アセアンの環境を自身のキャリアのステップアップに活用するという考え方だ。例えば、シンガポールは優秀な人を非常に求めており、ビジネス環境も良い。日本での起業が難しくてもシンガポールで起業し、それからまた日本に帰ってくるということもできる。先日、日本のZ世代と懇談したが、クリエイティブな人々が多い。身の丈に合った仕事をしたいという考え方を持っている人や、起業しても日本から出る考えはなく無理はしたくないという人もいるが、できたらその壁を自分で超えてほしい。壁は自分で作っている。日本の若者にはできるだけ大きく育っていってほしいと思っている。
――日本企業の中国からアセアンへのシフトが本格化してきたという印象も受ける…。
平林 既にアセアン諸国に日本の投資がシフトしていること自体は間違いない。実際、日本の対外直接投資先は、アメリカは群を抜いて割合が大きいが、今やアセアン域内への投資が2番目になっている(日本貿易振興機構(JETRO)対外直接投資統計)。他方、アセアン地域ではビジネスに絡むルールが必ずしも統一されておらず、投資環境に凹凸があるため、10カ国のうち環境のより良い国に投資先が偏っている。投資状況は国ごとで分かれて三極化しているイメージだ。ミャンマーやブルネイは投資がなかなか増えない。ベトナム、カンボジアは、元々強じんに投資環境を作っていて政策的にも日本企業とのシナジーがあったため、パンデミック期にも増えはしないものの減らなかった。他6カ国、特にシンガポール、ベトナム、マレーシアへの投資は増えている。シンガポールに偏りすぎているので、どのようにしてバランス良く域内の国々に投資するかが今後の課題だ。また、アセアン側から見ると、外国からの投資が急速に増え、日本のプレゼンスが下がってきているという状況だ。アセアン諸国はさまざまな国からの投資を増やしている。トップ10カ国の割合でいえば昔は9割を占めていたところが、今は7割に圧縮されている。世界中の投資家がアセアン諸国を見ていて、投資供与国が多様になっている。アセアン諸国から見ればリスクを分散できるという良さがあるだろう。
――日本のプレゼンスが低下している状況に、日本政府はどのような対策をしたら良いと思うか…。
平林 今、外務省・経済産業省がそれぞれ専門家委員会や有識者会議を立ち上げており、来年の日本アセアン友好協力50周年に向けて新しい政策提言の方向性を検討している。日本アセアンセンターは間接的・直接的に参加しているが、視点は「アセアンに選ばれる日本になる」ということと考える。アセアンのニーズを踏まえ、日本の強みを良く理解し、どうしたら選んでもらい、互いの利益も追求できるかという視点も重要だ。その関係性は日本の思想・経験が優れている、というような10年前、20年前のあり方とはかなり違うため、さまざまなレベルのアプローチが重要だ。「オールジャパン」で、というのは「オンリージャパン」になりやすく、国外のより広い、かつ多層的な戦略的なパートナーシップを構築する、という視点が見えなくなる。アセアンの意見を聞いたり、他の地域とミドルパワーとして互いに協力したりすることで、アセアンに不可欠なパートナーだと位置づけられるのが望ましい。今、日本は実態としてはアメリカの意向に沿った外交をしているとも指摘されがちだが、アメリカの代理人にはなっていない。アメリカと安全保障では一緒に行動しながら、オーストラリア、韓国、インドなどのアジア・太平洋地域内の競争相手にうまく対処してくれるパートナーだと認識されれば非常に有利だ。また、アセアンのさまざまな課題の解決は、実は日本の課題解決にもなる。対等なパートナーシップというのが非常に大事なキーワードだと考える。対等というのは、お互いに持ちつ持たれつな関係だ。例えば今、日本だけでなく、アセアンの一部の国もだんだんと高齢化している。アセアンの高齢者市場への参入や、日本の高齢化政策をアセアン諸国で導入するなど、お互いの知識を活用することで、さまざまにシナジーがあると考える。私は、今後日本とアセアンが対等であり続けることが、日本がアセアンにとって良いパートナーとして選ばれ、アセアンと日本がともに発展することにつながると信じている。(了)