金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

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「供給網の再構築を全面支援」

国際協力銀行(JBIC)
代表取締役総裁
林 信光 氏

――コロナ対応で行った緊急支援の成果は…。

  われわれへの期待や資金需要に十分に応えられたと思っている。コロナの影響を受けた日本企業の海外事業を引き続き支援するための「新型コロナ危機対応緊急ウインドウ」は、2020年4月30日に設置してから21年の12月末までに件数は326件に上り、金額は2兆1601億円とかなりの規模になった。JBICは、20、21年度における2年間でも案件はそれぞれ200件を超えて、2兆円を超える承諾を行った。コロナ禍で需要が無くなったり、サプライチェーンが寸断されたりするなどにより、外貨での資金需要が多かったためだ。一方で、「新型コロナ危機対応緊急ウインドウ」には危機対応的なものがあり、民業圧迫の問題もあるため、政府系金融機関による支援が経済に良い影響を与えるのか、1つ1つ見ていく必要がある。海外への融資については、日本の企業・金融機関によるドルなどの外貨の長期にわたる調達には限界があり、日本企業の海外進出先での国際競争力を維持する観点から、民業圧迫の問題はないと考えている。出張先では現地の工場などを見学させていただくが、お話を伺ってみると、海外に進出した企業は国内でもますます元気になっている。地域経済の振興という観点からも、海外進出のための資金調達を支えるべきだ。

――コロナ禍が終わり、企業の資金需要はこれから落ち着くのか…。

  コロナが終わると、資金需要が落ち着くとも考えていたが、依然として我々への資金需要が強いままだ。その背景には、ウクライナ侵攻に伴うエネルギー危機や食糧危機、本年のヨーロッパの渇水やカリフォルニアで相次ぐ大規模火災などの気候変動問題、日米の金融政策の違いによる円安ドル高などがある。特に、M&Aなど数百億ドル規模の巨大資金に対する需要はあると考えている。過去の大型案件としては、例えばオーストラリアのガス田開発案件や、セブン&アイ・ホールディングス(3382)による米国のSpeedway買収、武田薬品工業(4502)によるアイルランドのShire Plc買収などがあった。これまでは、自分たちで債券発行を行ったり日本の民間金融機関から資金調達したりすることができたが、民間金融機関の調達するドルのスプレッドが拡大し、金利の先行き不透明感から債券への需要も軟調であることから、JBICに対する資金需要がより高まるだろう。

――日本企業のアセアン進出件数が10月に過去最高となった。中国からアセアンの流れが本格化しているのか…。

  以前からアセアンへの投資は中国の人件費向上により活発であったが、中国リスクの高まりも相まって今後も増えていくだろう。中国は、中国共産党の経済政策の問題だけでなく、ロックダウンや停電など物理的な障害や、米中のデカップリングといった地政学的問題もある。より費用がかかってもベトナムなど別の国や地域においてサプライチェーンを整備する、二重に構築する必要が出てきた。ただ、アセアンは未だに人件費が安いが、インフラがまだ未成熟で、現地の規制も複雑な場合がある。そうした中で、住友商事が扱っているベトナムの工場団地はどんどん拡大しており、一つのサプライチェーンの形成をおこなっている。さらに、屋根置きの太陽光パネルなどでサステナビリティを意識しつつ、日本企業の進出に優しい環境づくりが行われている。

――どのような企業が海外進出しているのか…。

  従来はトヨタなど自動車産業のサプライヤーで海外進出する企業が多かったが、最近は医薬品・食料品など、海外進出する業種が広がり、単体で進出する企業が出てきている。件数では半分が自動車関連、電機関連だが、岩手県の焼肉・冷麺店がバンコクに店を開くなど幅広い。特に、インドネシアでリサイクルアスファルト事業を行っている土木・水道施設工事を営む菅原工業(宮城県気仙沼市)は面白い。インドネシアから日本に技能実習生がたくさん来ていたが、帰国後インドネシアで活躍できる場を見つけることが課題だった。また、インドネシアでは、アスファルトを輸入し、高価か品質が低かった。リサイクルアスファルトの技術は日本では標準的だが、途上国では一般的ではない。そのため、インドネシアに投資することで、地球環境にも優しいし、インドネシアからきている実習生の帰国後の働き場所を提供することにも役立ち、かつ、気仙沼の町おこしにも役立つという面白い取り組みだ。

――米中デカップリングの日本に対する影響をどう見るか…。

  米中露の地政学的争いの影響を受け、厳しい状況下であるのは日本だけでなく、ヨーロッパなども同様であることを念頭に置きたい。ドイツなどはロシア産の燃料に依存しながら東ヨーロッパの安い人件費を使って中国に輸出していたが、ロシアのウクライナ侵攻により、そのビジネスモデルは崩れた。同様に韓国も中国との取引があるし、米国も米中貿易摩擦を抱えながら米国企業と中国企業との取引が大きい。このような状況でも米中間の軋轢は減ることはなく、増える一方だ。米国は半導体規制など、自国の産業の利害や自国における雇用は重視する。しかし、保護主義的な政策は問題であり、米国が主導するアジア太平洋経済協力(APEC)や日米豪印のクアッド(QUAD)といった枠組みを活用する必要がある。友好国を含めてどうやってサプライチェーンを作っていくか、サプライチェーン全体を見てどこがより重要か、同盟国で協力して対応していくべきだ。日本の民間企業の対応としては、中国に最終需要がある場合には、中国と取引を続けなければいけない。一方で、米国は機微な技術の中国への流出を制限しているため、日本企業も中国からある程度手を引かなくてはいけないケースもある。そのような中で、米国を含めたサプライチェーンの構築を考えて、日本がその中で重要な役割を果たすことがより重要であり、JBICとしてこれを支援していく。

――日本のサプライチェーンの強化方法については…。

  得意分野を磨いて、グローバルサプライチェーンで日本が不可欠な立場を維持することが重要だ。半導体分野で最も高度な技術を求められるチップ(集積回路)については、日本企業の競争力が高くはないが、それ以外のパワー半導体やセンサーなど日本企業が得意な所はある。半導体の製造工程においても、日本企業はいくつかのところで圧倒的なシェアがある。日本は経済力、技術力の観点から、今も無視できない存在だと思うが、今後も競争力を維持していくことが重要だ。残念ながら、日本企業全体を見ると、うまく行っていない業界も多い。拡張的な財政・金融政策によって民間の競争が働いていないところがあり、市場機能を働かせて、いくつかの優れた企業を強化して、競争力をつけなくてはいけない。

――今年の6月の「株式会社国際協力銀行法施行令の一部を改正する政令」の改正で輸出金融と投資金融の対象を拡大した成果は…。

  政策的に意義がある案件をほとんど取り上げられるようになった。法令上扱いを先進国・途上国に分けており、先進国向けは、一定の政策的意義があって融資を行う分野を政令で指定しているが、6月の改正で、半導体や燃料アンモニアなどのほか、新しい技術・ビジネスに対して幅広く対応できるようになった。先進国で事業を行いたい企業が増えているため、対象を拡大する必要があった。その背景には、洋上風力や海底送電線など再生可能エネルギーの導入が進んでいるヨーロッパでのプロジェクトへの投資がある。米国経済は拡大を続けているため、米国への投資は常に一定の需要がある。最近は米FRBが成長よりも、インフレ抑制を重要視しているため、景気減速の懸念はあるが、それでも米国には投資意欲が強い。特に、8月に成立したインフレーション抑制法で、EVや水素などで補助金や税控除など優遇措置が盛り込まれたことは大きい。また、オーストラリアも今までは石油・ガス・鉄鉱石の資源国だったが、クリティカルメタルやインフラ、水素エネルギーなどへの関心がどんどん増えてきている。この政令改正を通じて先進国における投融資を増やしていく。

――SDGsや経済安保などが話題だ…。

  経済安保関連の案件は既に多くあり、ぜひ相談していただければ嬉しい。SDGsでも、われわれJBICは気候変動、海洋プラスティック問題、その他にも社会的な価値のある課題にどんどん挑戦していきたい。われわれがよく言及しているのは、山形にあるSpiber(スパイバー)株式会社だ。そこでは、微生物発酵を利用したタンパク質素材で糸を作り、それを利用して衣服を生産することで、アニマルフリーかつ化石燃料を使わない取り組みをしている。Spiberが米国に進出する際、JBICは設備投資に関する融資を行った。JBICは、気候変動以外のSDGsの諸課題にも取り組んでおり、これをより多くの企業にPRしていきたい。

――JBICの今後の方針は…。

  今後も、地球環境保全への貢献とサプライチェーンの強靱化、質の高いインフラや海外市場の創出を支援する「グローバル投資強化ファシリティ」で日本企業を支援していく。特に、サプライチェーンを重視する背景には、日本企業の中国リスクに対する意識の強まりがある。トランプ政権時における米中対立は米国がリスク要因だったが、現在は中国の動向が警戒されている。中国は自国内ですべてを賄い、自給自足であろうとしている一方で、習近平主席は、グローバルなサプライチェーンの中国への依存度を高めようとしている。もちろん、日用品など中国が最終消費地である企業は今後も中国で稼ぐ必要があるが、サプライチェーンの途中が中国にあるところは中国だけに頼ることはできない。そこで、アセアンや消費地に近い米国、相対的に物価が安くなった日本など色々なところにサプライチェーンを構築する必要がある。われわれJBICは日本企業のサプライチェーン構築を全面的にバックアップしていく。この点、JBICというと資源や石油化学プラントなど大型案件のイメージが強いが、数千億円規模の大型案件も引き続き行いながら、中堅・中小企業の海外案件も地銀などと協働し推進していきたい。(了)

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