金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

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「社会に対応し法改正を議論」

日本公認会計士協会
会長
茂木 哲也 氏

――新たに会長に就任した。取り組む課題は…。

 茂木 業界として取り組むことは沢山あるが、大きく分けると3つある。まずは監査業務の品質および信頼性向上が挙げられる。2つ目が財務諸表監査以外に果たすべき役割が出てきているという点だ。実際には法定監査を実施している会員は全体の半数程度しかいない。それ以外の会員は、税務を中心としている者やコンサルティング業務を行っている者、そして企業に属して財務諸表を作成する者も最近では増えている。このほかにも監査法人を退職後に社外役員として活躍している者など会員の働き方は多様化している。これからも会計監査を中心としていくことには変わらないが、広がりを見せている財務諸表の周辺分野への対応が社会からも期待されている。また昨今、非財務情報に関する我々への期待も大きくなっている。サステナビリティ情報や気候変動関係情報、人権問題など開示すべき範囲が広がっており、こうした分野も我々が働くべきフィールドだと考えている。我々はこれまでの財務諸表監査を通じ、どのようにしたら社会に信頼してもらえ、企業の役に立てるかの手立てを知っている。そのため、すでに非財務情報の分野でアドバイザリー業務を行っている会員はたくさんいる。

――非財務情報の重要性の高りとともにその人材も必要になってくる…。

 茂木 大きなテーマの3つ目は、公認会計士の確保および人材育成だ。現状、需給の逼迫度合いは以前ほどではないものの、潜在的な需要はもっとあると考えられ、そのためより多くの人材が必要だと考えている。ただ、公認会計士に対して世間はいまだに「数字」というイメージが強い。一方で、非財務情報の取り扱いが増えており、非財務情報を取り扱ううえでは会計的な素養はもちろんのことだが、幅広いビジネスの素養が必要である。また、ITの活用にあたりデータ分析の素養も必要となっている。我々の業界は文系、経営学部や商学部卒が多いが、デジタルを活用し、データ分析による監査が可能な能力も必要となってくる。このため理系人材を増やしていくことが必要となっている。また、女性の活躍も必要だ。現在、女性比率は約16%にとどまっており、諸外国と比較すると低い。しかし、我々の仕事は男女差がなく、女性にとって働きやすい仕事だ。また大手監査法人の女性役員を見ても果たすべき役割にも男女差はないことがわかる。こうした女性が活躍できるフィールドがあることを多くの方に知られていないことが原因だと考えている。女性進出を促すような取り組みも進めていきたい。

――非財務情報に対する期待は大きい…。

 茂木 「会計士はサステナビリティに関する専門家ではない」と言われることがよくある。気候や人権の専門家かと言えばそうではないのかもしれないが、我々は「どういう手続きを踏めば適正であると言えるのか、そのために何をしなければならないのか」ということをよく理解している。この分野の能力開発に向けた努力は必要不可欠で、その努力を続けていかなければならない。またスペシャリストの育成も必要で、場合によってはスペシャリストとの協働も必要となってくるだろう。これまでにも金融商品のプライシングをどうするかについてはクオンツの方々と協働し、退職給付の会計においては年金数理人の方々と協働してきた。サステナビリティにおいても専門化が進んでいけば、こうした形で協働を進めていくのだろうと考えている。

――会計士の不祥事は減っている…。

 茂木 自主規制による検査の結果、監査上の対応が適切ではなかったとして処分につながる事案がないかと言えば、ゼロになったわけではない。社会に大きな影響を与えるような不祥事はなくなってきている。これは各監査法人が監査品質を高めるべく努力した結果だと考えている。一方で海外子会社の問題が目立っている印象を受けるが、当然のことながら、我々は海外子会社を含めた連結財務諸表全体で意見を出しており、海外においても大きな問題が発生するということはあってはならない。しかし、海外の問題が増えているのは、目が届かないということに原因があるだろう。一方で、企業側にも問題がある場合がある。日本国内ではしっかりとした管理体制を作っているが、海外子会社まで管理が行き届いていない場合がある。ただ、監査法人では海外のネットワークファームを活用して監査を行うなど、これについても対応を行っている。

――業務の多様化と利益相反については…。

 茂木 監査と利益相反は過去からずっと大きなテーマだ。ただ現在は利益相反が発生するような業務は倫理規定上受けられないことになっている。このため、利益相反についてはほぼ心配はない。国際会計士倫理基準審議会(IESBA)のルールにおいて定められているため、国際的にも利益相反の懸念はないと考えられる。ただ、倫理の問題はまだまだ広がってくる可能性はある。会計、企業情報開示に求められる事項が増えているためだ。企業は人的リソースを確保することが難しくなり、そうした人材をヘッドハントするようになる。企業で働く公認会計士が増えていることもある。またアウトソースも増えてくるだろう。努力しなければならないことはまだまだ多いが、我々の果たしている役割、我々の関わっていることに対する信頼については大きく進展してきていると感じている。

――制度面での課題は…。

 茂木 今年5月に公認会計士法が改正され、現在、政府令が策定されており、また我々のルールも変えていかなければならない。我々のルールについては年内をめどに骨格を示していけると考えている。法改正により、上場会社監査事務所の登録が法定化され、これによって監査品質の更なる向上が期待される。一方で、制度運用によって監査事務所を強化していかなければならない。監査事務所は民間企業であることから、各社が努力していくというのが基本ではあるものの、業界全体として基盤を強化するため取り組んだ方が効果的で、そうした考えの下、取り組みを進めていく。今後、芳しくない例もでてくるだろう。こうした例に適切な対応を取れるよう、懲戒を含めた仕組みを設けることも重要だと考えている。他方で、金融庁とは社会のニーズに合わせて今後も法改正を議論していく考えで一致している。この点については監査法人制度の見直しも検討すべき事項だと考えている。監査法人は合名会社と同じ規律、つまり重要な意思決定は社員全員一致、ということになっている。監査法人自体は社員5人いれば設立できる一方で、大手監査法人は500人規模となっており、大手監査法人が重要な意思決定を行う際に全会一致が求められるのは現実的ではない。そういった点について見直しを図る必要がある。このほか、公認会計士試験制度についても見直しが必要だ。今後さらに重要となるデジタルの素養を持つ人材を増やしていくために、試験の内容においてもデジタルの能力を求めていくことなどを検討する必要もある。これら社会のニーズに対応し、ますます日本経済にとって重要な役割を果たしていきたい。(了)

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