金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

金融ファクシミリ新聞は、金融・資本市場に携わるプロ向けの専門紙。 財務省・日銀情報から定評のあるファイナンス情報、IPO・PO・M&A情報、債券流通市場、投信、エクイティ、デリバティブ等の金融・資本市場に欠かせない情報を独自取材によりお届けします。

「3つのメガFTAで経済推進」

九州大学大学院
経済学研究院
清水 一史 氏

――RCEP(地域的な包括的経済連携)が今年1月に発効した…。

 清水 RCEPはASEAN10カ国(ブルネイ、カンボジア、インドネシア、ラオス、マレーシア、ミャンマー、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム)、日本、中国、韓国、豪州、ニュージーランドが参加する、東アジアで初のメガFTAだ。ASEANを含めた広域の東アジアは、現代の世界経済の成長センターとなり、RCEPの発効は世界経済に非常に大きな意義がある。RCEPは全世界のGDP、人口、貿易総額の約30%を占め、日本の貿易総額のうち約50%を占めることとなった。

――昨年10月に米国は中国抜きでIPEF(インド太平洋経済枠組み)を提案し、その前の18年末からは米国抜きでCPTPP(環太平洋パートナーシップに関する包括的及び先進的な協定)も発効している…。

 清水 IPEFは米国が主導し、デジタルを含む貿易、サプライチェーンの強靭化、クリーンエネルギー・脱炭素・インフラ、税と腐敗防止――の4本柱が提案されている。サプライチェーンの強化やデジタル貿易の通商ルール化に貢献しそうだが、経済の枠組みとして重要な関税の引き下げが含まれず、アジアにとって実利は薄くなりそうだ。ただ、米国がアジアの経済枠組みから離れていたので、米国がアジアに関与しようとしていることは意義深い。TPP(環太平洋パートナーシップ)はトランプ大統領時代の米国が離脱し、日本が主導してCPTPPという形になった。CPTPPもインパクトがあるが、規模だけを見ると東アジアすべてを覆うRCEPの方が大きい。

――日本はRCEP、CPTPP、IPEFの3つのFTAに加盟している唯一の国だ…。

 清水 まさに、日本はこれら3つをすべて活用することが重要だ。RCEPは東アジアのメガFTAで一番インパクトがある。CPTPPもかなり水準の高いFTAなので積極的に活用する意義がある。IPEFもサプライチェーンの強化やデジタル経済に大きな影響を与え、アジアに米国を引き込むという思惑もある。日本はこれらFTAに積極的に関わり、かつ、日本が相互補完させていくことが大切だ。民間分野でも、日本企業はRCEPの枠組みに大きく関わりがある。RCEP地域に進出している日系企業の輸出の約8割がRCEP域内だ。日系企業にとっても大きな意義があり、同時にRCEPやCPTPPを補完しながら活用するのが重要だ。また、日本はASEANと連携し、かつ支援することが重要だと思う。RCEPはASEANが提案して交渉をリードしてきた。日本が積極的にASEANを支援し、RCEPでASEANが中心に位置し続けることで、中国の影響力が拡大するなかでも、RCEPの中でのバランスがうまく保たれると思う。

――RCEPをどのように活用すべきか…。

 清水 RCEPは東アジアの経済を発展させるために重要な意味がある。貿易や投資を拡大させながら、東アジア全体をまとめる新たなルールを確立することができる。また、RCEPは日中と日韓の初めてのFTAとなる。日本のどの産業にもメリットがあるが、主要産業の1つである自動車分野では、日中と日韓のFTAにより日本企業の輸出が加速する。RCEPにより日本の工業製品に対する中国の関税撤廃率が最終的に8%から86%に、韓国の関税撤廃率も19%から92%へ拡大する。日本の自動車部品に対する中国の関税撤廃の割合も最終的に87%まで拡大する。さらに、関税撤廃される自動車部品のなかには、電気自動車用の重要部品も含まれ、日中間の貿易はますます活発になることが期待できる。実際に、RCEPの利用が急速に拡大している。日本商工会議所がRCEPの原産地証明書の発行をしており、これが企業のRCEPの利用を示す。1月に671件だったものが、半年後の6月には9132件と10倍以上拡大した。これまでは、日本とアジア諸国との経済連携協定において日本タイ経済連携協定(JTEPA)の原産地証明書の発行数が最大だったが、6月にJTEPAは7811件にとどまり、これをRCEPは上回った。

――米中のデカップリングが進むなか、日本のサプライチェーンに中国を組み入れない方が良いのではないか…。

 清水 RCEPはASEANや中国を含めた広域連携が目玉で、米国と中国でデカップリングが進むなかでも、日本としてRCEPを活用しない手はない。懸念されている米国と中国のデカップリングも全面的ではなく、一部のハイテク分野や機微分野に限られると考えている。米国にとっても中国との貿易関係と投資関係は重要なので、すぐにすべてをデカップリングすることはないだろう。また、日本は複数のFTAに加盟していることで、経済安全保障上の重要分野においては中国が参加しないCPTPPやIPEFを活用するなど、目的によって使い分けることが可能となった。貿易とサプライチェーンは密接につながっている。経済安保の問題はいくつかの重要分野で存在するのは確かだ。しかし、日本を含む世界中のサプライチェーンが中国と相互依存しているなかでは、サプライチェーンを活かして貿易を行っていくことが重要だ。経済安保も行き過ぎると経済に大きな打撃を与えることとなり、各国の政策担当者にはバランス感覚が求められる。また、RCEPといったメガFTAに中国が参加することは、中国を貿易や通商の国際的枠組みに組み込ませる意義がある。RCEPは多国間の枠組みで、中国と交渉するときも、1対1ではなく多国間で話ができることがメリットとなる。中国という大国に対して1対1で交渉を進めると、どうしても中国有利となってしまうが、多国間で交渉することでフェアな話し合いに持ち込みやすいというメリットも大きい。

――RCEPの今後の問題点は…。

 清水 RCEPはいわゆる生きた協定と言われ、時代に合わせ質の高いFTAに改善することが求められる。第一には、現行の関税撤廃率をさらに拡大することが重要だ。今は全体で91%の最終的な品目ベースの関税撤廃率となっているが、それをさらに引き上げたい。第2に、各章の内容を充実させる必要がある。例えば、電子商取引において,CPTPPで規定されるがRCEPには含まれていないソースコード開示要求の禁止を含めることや、原産地規則に生産行為の累積を含めること、紛争解決においてその対象分野を拡大することなど、より踏み込んだ内容を加えるべきだ。第3に、インドや南アジアの国々の参加を促すことだ。RCEPの規模がアジア全体に拡大すれば、世界のGDPの半分くらいの規模に成長することができる。こうした貿易協定の発展とその組み合わせによって、経済安全保障とのバランスを保ちながら、世界経済を一層発展させていく推進力を今の日本が持っている重要性を忘れてはならない。(了)

▲TOP