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「脱中国とアセアンシフト加速」

ASEAN経済通信・記者座談会

アセアンは世界経済のトップランナー

――アセアン経済の現状は…。

  アセアンの直近の経済動向は、かなり回復しつつある。4~6月期のGDPも軒並み改善が見られる。一部で物価高の影響などから足踏みも見られるが、全般的には上向きの方向だ。主要国の4~6月期の前年同期比でのGDPは、タイで2.5%、マレーシアで8.9%、インドネシアで5.4%、ベトナムで7.0%となっている。

 B 低成長の先進国やほぼゼロ成長となっている中国経済をしり目に、いまやアセアンが突出している感じだ。アセアンでもたついている国はタイぐらいか。

 A 観光がひとつの主要産業であるタイが戻り切れていない。自動車産業も、需要はあるが半導体など部品不足が生産の足かせとなっている。物流などのコスト高も逆風だ。タイはアセアンのなかでは先進国だから、世界の先進国に引きずられている面もある。しかし、いまやアセアンが世界経済のトップランナーのような感じだ。

 B アセアン各国の内需が強いことが経済を下支えしている。各国政府の消費者や企業向けの積極的な景気刺激策もプラスだろう。インドネシアでは自動車の優遇税制により販売が好調となっている。輸出も、資源価格が高いことからインドネシアやマレーシアでは非常に良い。ブルネイは統計が明らかでないが、産油国であるため相当儲かっているだろう。

 C アセアンへの日本企業の進出も、件数でみるとコロナ前を回復してきている。本紙集計では8月の進出件数がコロナ前を上回った。シンガポールやタイといった主要国への進出が堅調だ。とくにシンガポールは昨年に続いてかなり回復してきた印象が強い。ただ、コロナ前に最も多かったベトナムへの進出は鈍化して、タイやシンガポールと同程度になってきた。ベトナムは市場がまだ小さく発展途上であり、進出に一巡感も出てきている。

 B ベトナムは人口が拡大中で9000万人を超えた。近い将来1億人市場となる見通しで、経済成長が著しい。ただ、このところは成長の勢いがやや鈍化している印象だ。

――ベトナムの賃金動向は…。

  引き続き上昇してはいるがかつてほどの伸びではない。工場の労働者の賃金は、1カ月に200~300ドル程度ではないか。つまり日本円だと3万~4万円ほどでまだ安い。中国では地域にもよるが、もう10万円を超えている。ただ、縫製業など企業進出の初期段階の業種はベトナムから、ミャンマーやバングラデシュなどに以前からシフトしてきている。

 C アセアン進出を業種別にみると、引き続きサービス業や情報・通信業が多い。卸売業も含め、上位の業種は従来と変わらない。製造業はすでに一巡感が出ている。製造業は進出に歴史のある企業が、例えば第1工場に加えて第2工場を建設するといった動きが見られる。マレーシアでは半導体関連の企業が生産を拡大しており、直近ではシンフォニアテクノやフェローテック、JCUなどが新たなプロジェクトを立ち上げている。

高まる中国リスク

――インドでも脱中国の動きが活発化しているが、アセアン進出の日本企業は10年以上前からチャイナプラスワンといわれ中国からシフトしている。最近の状況はどうか…。

  従来からあったことだが、ここ数年は米中貿易摩擦やコロナの問題で脱中国が加速している印象だ。企業の発表などでは表に出てこないが、内部的には生産移管や、海外生産の割合を中国で減らしてアセアンを増やしている企業は少なくないだろう。政府機関や自治体の調査などでも、将来の有望国として従来トップだった中国の勢いが落ちアセアンが逆転するような結果も出ている。中国は依然として有望視されているが、相対的な支持率は落ちた。

 B 中国は米国とのデカップリングや、中国当局の企業に対する強権的な動きなど様々な問題を抱えている。それにもっとも大きな脱中国の原因は、賃金を含めたコスト競争力が落ちてしまった。そもそも親日国ではないことや政治的に日本と対立することも大きな問題だ。

 A コスト高や製造拠点のリスクを勘案すると、中国で生産して海外に輸出するようなビジネスはメリットがなくなってきた。一方で、ユニクロなどモノを売るビジネスはいい。むしろ東南アジアで作って中国で売る方はメリットがある。あるいは中国で作って中国国内で売る。輸出するためにわざわざ中国で作る必要はなくなってきた。先般も日本の自動車メーカーが「ゼロコロナ」のあおりを受け、中国生産の部品が供給できないため自動車を生産できないという事態も起こっている。結局、中国にいるリスクが高くなりすぎている。

 B その他さまざまな要因を含め、中国経済自体がかなり構造的な問題を抱え始めており、今度は国内の購買力も低下してくる。中国市場の内需を当て込んでいた企業もメリットが薄れてくる。輸出産業と国内消費を当て込んだ企業のいずれもメリットがなくなってしまう。それであれば中国にいないで購買力の高まるアセアンに行った方が良いということになる。そういう意味で、いよいよアセアンの時代になってきた。

シンガポール進出が依然人気

 C 企業進出の点ではシンガポールとタイ、ベトナムが堅調に推移していて、なかでもシンガポールは強いと感じる。アセアン地域統括拠点としての役割を担いやすいことが背景にあり、一時コロナで出張が滞って地域統括の役割がなくなるのではとも言われたが、やはり引き続き地域統括拠点を設ける企業はでている。また、最近ではWEB3.0(ウェブスリー、次世代の分散型インターネット)に関するトピックがシンガポールで多い。

 B 確かに、日本人がシンガポールに行っても生活がしやすい。タイも生活はしやすいが、まだ発展途上国の雰囲気があり日本並みの生活を求めるのは難しい。その点、シンガポールに地域統括拠点を置くというのは理解できる。

 C シンガポールでは税制面でもメリットがある。タイは税金が35%くらいと高い。シンガポールは最高でも20%だ。このため、アセアンのスタートアップも、インドネシアなどで活動していても本社はシンガポールにあるケースが少なくない。

――その他のアセアンで注目の国は…。

  マレーシアへの進出が増えている。生産拠点として活用している企業があるほか、域内では比較的経済発展していること、言語の多様性があることなどに注目する企業もある。マレーシアは電機・電子産業が集積していて、輸出の大部分も電機・電子が大部分を占めている。そうした産業基盤があるうえ、シンガポールほどではないがインフラがかなり整備されている。世界的に電子部品や半導体へのニーズが高まるなか、生産増強や工場拡張をしようという企業が目立つ。また、所得水準も高いため、消費関連の企業の関心も高い。

 A マレーシアは半導体産業の集積地で、ロックダウンの際には半導体の供給が滞って自動車工場が操業停止したケースもあった。欧米系をはじめ、中国から電子部品の生産をマレーシアに移管しようという企業が増えているようだ。

 C 台湾企業も中国に攻められたら工場が止まってしまうリスクから、生産移管する可能性がある。半導体大手のTSMCは日本側の要請もあり熊本に工場を建設する一方で、中国の影響の強いミャンマーやカンボジア、ラオスに関しては外国企業の進出であまり前向きな話は聞かない。その3カ国はそもそも経済規模が小さく、日本企業の進出も目立たない。政治に関わらなければ市民生活は守られているが、民主主義国家でない危うさがある。

アウンサンスーチーの失敗

 B ミャンマーでは企業の操業停止状態が目立つ。アウンサンスーチー氏は大失敗した。トップに就任後、すぐに訪問したのが中国だったことは間違いで、まず日本と仲良くすべきだった。西側にしっかりと顔を向けるべきだった。結局政権を奪われたうえに、中国が背後にいる軍事政権になり、自分自身は監獄に入れられてしまった。ラオスとカンボジアを含め、経済発展はしているが中国に近い国はあまり良い話は聞かない。

 A その点でベトナムは立派だと思う。過去、中国軍を撃退した歴史もあり、現在も中国と一線を画して経済成長している。同じ社会主義国という形を取りながら。ハノイなどでは気候的に寒い時期もあり、知的レベルの高い人々が多い。ミャンマーやラオス、カンボジアは暖かいからのんびりしたところがある。カンボジアではポルポト時代に多くの知識人が抹殺されたという歴史も影響しているだろう。

 C アセアン諸国は対外的に特定の国・地域に偏らないことが特徴で、外資も欧州や中国、韓国、日本などを広く受け入れている。中国は落ち目になっているが、アセアンが中国と交流を断絶するといった状況ではなく、引き続き中国経済を利用したいという考えで、米国のデカップリング論には組みしないというスタンスだ。アセアンは対外的に巧みにふるまっている。例えばタイではコロナ前に中国人観光客が年1000万人も訪れていたこともあり、中国をむげにできない。

 B ただ、今後20年くらいは中国経済がどんどん右肩下がりになってきて、その後の状況は変わってくる。今の中国は、日本の1990年代前半頃のイメージだ。中国の技術力は西側のものを模倣したもので、それをもとに経済発展してきた。しかし米国や日本などが距離を置くにつれて、今後は自主独立でやっていかなければならないが、すぐに対応できるものではない。当然、半導体などの技術を持っている台湾は吸収合併しなければならない、自国に取り込まなければ経済発展はできないと考えるだろう。そうしたリスクがアセアンにはないこともアセアンの魅力の一つだ。(了)

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