金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

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「インド、脱中国依存を推進」

インド経済で緊急記者座談会

――最近のインド経済の状況はどうか…。

  評価しづらいというのが現状だ。生産に関してはほぼ回復していると見て良い。例えば、工業生産などは既にコロナ前の水準を回復している。成長率に関しても当初の予想よりはかなり下方修正されているが、今年度(22年4月~23年3月)は世界銀行の予測で7.5%上昇とある程度の回復を見込んでいる。ただ、他の記者とも話しているが、その割にはあまり好調というイメージを持てない。

――好調のイメージが出てこない理由は…。

  やはりインフレが加速していることが大きい。例えば5月の卸売物価が15.8%上昇で、10年ぐらい同じ形式で記録を取り始めてから最高だ。消費者物価も7%でかなり危険なレベルだ。インドの中央銀行に当たるインド準備銀行(RBI)が大体4%から上下2%の枠で目標を立てているが、それを上回っている状態が続いている。インドはインフレが非常に重要視される。庶民のレベルで何が経済の良し悪しかを見るかというと物価高で、彼らの生活がかかっている。各種生産が回復する一方、物価上昇が続いており、庶民の暮らし向きは良くならないが、これらがアンバランスなため、経済全体として好調とは言いがたい。

――コロナ禍は終了したのか…。

  そうだ。インドでは、コロナはもう終わったと考えて良い。最近、数の上では少し増えているが、インドではあまり気にしないような雰囲気になっている。7月末時点の新規感染者数は1日2万人ほどだ。人口が日本の約10倍いることを考えると少ないと思う。インドの感染者のピークは一日40万人という数字が出たこともあるが、一時期1万人弱まで減少し、再び増加し始めた。なぜ感染者数が減少したかというと、自然免疫がついたということや、インドで生産するワクチンの接種が進んだことが考えられる。

――自然の摂理みたいなところかな…。

  そうかもしれない。自然免疫は相当普及したという話だが、正確な医者や科学者の回答としてはまだ不明ということにはなっている。以前から言われているが、なぜあんなに増えたのかがまだ分からないのと同様に、なぜここまで急に減ったのかというのもはっきりとわかっていない。

――そんななかで、インド経済というのはどういう展開だったのか…。

  コロナ禍の最初期は、世界で最も厳しいと言われるロックダウン(都市封鎖)の体制にインド政府が踏み切った。例えば、鉄道は臨時に数本の電車を動かすことはあっても半年間運行がストップしていたし、航空も対外的には完全に鎖国状態で、国内線も全面的に停止が3カ月間続き、完全に経済活動がストップしていた。

――庶民の生活は大丈夫だったのか…。

  政府がかなり支援をし、また国民相互で助け合って乗り切った感じだ。とにかく経済活動ができなかったわけなので、隣人同士の助け合いが基本となり、経済は大幅に落ち込んだ。ただ、2年ほど経って、鉄道など社会インフラが回復したなかで、実際コロナの影響がインド経済にどれほどの影響を与えたのか、今のところまだ明確な答えはない。長期にわたる厳格なロックダウンをしたのに経済の回復は意外と早いため、どこが影響を吸収したのか、あるいは、吸収せずどこかに皺寄せがいっていて、それがまだ明らかになっていないだけなのか、なかなか見えてこない。感覚的には、影響がないということはあり得ないと思っている。

――実際に足元の4~6月期も7%成長で推移している…。

  そうだ。今年の成長率に関してはほぼその7%の成長を達成できるだろう。ニューデリー事務所で見ていても、街の景気は戻り、企業も全面的に動いている。一部、ITなどはリモート勤務をしているが、その他の産業はもう対面の経済活動を行っている。

――コロナ禍の2年間に多くの日本人は日本に帰ってしまった…。

  もちろん、最初のロックダウンは、政府の命令で企業の活動にかかわらず全て止めなければならなかったが、他のインド企業が復活するのに合わせて、日本企業も復活していた。ただし、日本の駐在員はロックダウン初期から日本に帰ってしまったので、企業活動の回復期には、ほとんどインド人のスタッフで業務を行っていた。日本からリモートで参加したという会社もあると聞いているが、基本的には現地のスタッフでやりくりして回復を進めてきた。

――現状はどうか…。

  コロナで2年以上戻らなかったということもあって、インド人中心で人事の体制を構築してしまい、日本人のスタッフをコロナ前より減らした企業は結構ある。インド人中心にインドの企業を運営していくということだ。コロナ前からこのような兆しはあったのだが、コロナ禍によりさらに現地化率を高める流れになっている。

――そのなかで日系企業の進出状況は…。

  元々インドに進出していた企業は戻ってきて回復しているが、新規のインド進出はやや鈍っているという感じはある。特に、コロナ前に検討中だった企業が計画を躊躇して一旦延期などの判断もしたのだろう。このため、今はポツポツという感じであり、コロナ終了で日本企業が一斉に雪崩を切って進出を進めてきているという感じはない。コロナ前に比べるとその辺は落ちている。また、コロナとウクライナの問題で世界的にサプライチェーンを見直そうという話になっている一環で日本に回帰する企業もある一方で、もう一回インドを見直そうという動きもある。

――コロナ過に続いて、ロシアがウクライナに侵攻した関係で、インドはロシア産のエネルギーを大量に輸入しているという話を聞くが、ウクライナ侵攻によってインド経済に何か変化はあるか…。

  まず、日本でのウクライナ問題に関してのインドの立場の報道というのが多少偏っていると思う。政治的・国際関係的な側面から見た際、インドが国際社会の対ロシア制裁に参加していないというところが強調されすぎている。一方で、インドはロシアからの原油を安く輸入して、輸入量が増えているというのは確かにある。ただ元々ロシアから多くの原油を輸入していたわけではないので、おそらく現在の数字でも、インドが輸入している数字よりもEUがロシアから輸入している原油の方が多いはずだ。EU自体も輸入を中止しようと決めたのが5月末だから、インドがかなり批判されていた時には、まだはるかにEUの方が原油を輸入していた。それから、確かにロシアから値引きを受けて輸入しているが、なぜそういうことをしているのかというと、国際的な原油価格が大幅に上がって、インドは85%の原油を輸入に頼っているという状況なので、原油価格の値上がりというのは経済にとって打撃となることが背景にあるためだ。ロシアから安い原油が買えたと言っても輸入量と価格の上昇を考えると、インド経済にとってないよりはマシという程度なので、インド経済を大きく伸ばすという意図があるわけではない。

――インドとロシアの関係については、中国との三角関係でうまくやっていかなければいけないため、アメリカから「西側にいらっしゃい」と言われてもなかなか「はい」と言えない…。

  インドがロシアの戦争に反対というのは確かだと思うが、それだけを理由にアメリカやヨーロッパの陣営に与してしまうことはインドはやりたがらない。いずれ、経済的や政治的に対峙する可能性まで見据えて、安易に西側陣営に協力しないだろう。あくまで、中立的な立場に身を置くというのが基本的なインド政府のスタンスだ。一方で明らかに中国経済が斜陽になっているため、この中国との関係も見直す必要もある。

――インド経済に中国経済が斜陽になっている影響は出ているか…。

  インドと中国は戦争状態に入った。国境付近で衝突が起きて、それで国内の反中の雰囲気が非常に高まったこともあり、中国に大きく依存していた経済や大幅な赤字の対中貿易を是正していこうというのがコロナより前から始まっていた。そこに加えて中国は今落ち目ということで、貿易格差を改善はもちろん中国からの企業進出に逆風を吹かせ、中国からの企業を受け入れない、進出をやりづらい形にしている。例えば、中国のグレートウォールモーター(長城汽車)と言う自動車会社がインドに進出する大規模な計画があったのだが、それもついこの間に中止にさせた。中国がおそらく1番進出しているのがスマートフォンだが、それについてもインド政府の政策に従ってインド国内で製造するという約束の下なんとか許されている。中国が幅をきかせないようになってきている。

――インドも中国依存を下げようとしていると…。

  もともと中国との貿易で中国への依存度が高すぎるというのは問題だという考えがインド政府にあった。インドにとって中国は従来からリスク要因で、関係が深すぎるのは良くないと考えていたところに戦争が始まって、一層反中姿勢が強まった。動画配信のTikTokをインドは世界で真っ先に排除して、インドではTikTokは見られない状況になっている。中国を完全に排除ということはないが、徐々に排除していこうという動きが表面化している。

――戦争をやっている国だから当然デカップリングしてもおかしくない…。

  そうだ。ただ、インドという国の特徴だが、中国が落ち目になってきたというのを見て、インドが中国に取って代わろうというような動きはあまり見えない。インドはやはりコロナ禍を経て、むしろきっちりインド政府の政策で自立したインドというスローガンを掲げて、やや自給自足的な経済の方向に舵を取り始めていている。中国に取って代わって世界の工場を目指すというような姿勢はない。ここがやはりインドと中国の差だ。

――モディ政権は長期政権となっているが、目下最大の課題はインフレか…。

  インフレが最大の課題というのは間違いなく、インフレのために次の策が打ち出せないというのが今の大きなジレンマになっている。「インドの玉ねぎの値段が上がると政府が倒れる」ということわざ的なものがあるくらいで、かなりインフレが落ち着くまで迂闊なことはできないという雰囲気がある。このため、なかなか次へ進めないのだが、現在は自立したインドを打ち出し、サプライチェーンまで含めて国内で賄うことを目指している。特に中国がサプライチェーンの中心になっている分野、例えば自動車などについて、インドの企業と、日本企業も含めてインドに進出している自動車企業に呼びかけて、サプライチェーンまで含めた現地での生産を進めている。これは、従来からインド政府が推進している「make in India」政策の延長とも言えるが、近年さらに加速して、韓国も含めて中国離れを加速させている。

――モディ首相は現在2期目だが、インドはもう3期目もできるのか…。

  法的には3期目は可能。次の総選挙まであと2年しかなく、当初はそれまでに後継者を準備する話もあったが、やはり、モディ首相の人気によるところがかなり大きいので、代理を立てた時に勝負できるのかという不安が与党側にもある。インフレをうまく乗り越えて国民の怒りがあまり大きくなくなれば3期目の可能性もある。首相選挙までの2年間は、インフレ対策などの国民向け・選挙向けの政策が中心になって、大幅な改革などは少し減速すると予想している。

――日本企業がこれからインドに進出する場合に留意すべき点は…。

  インドの状況としては、以前と比べると外国企業は進出しやすくなっているが、やはり他国と比べるとインドに行ってからの過酷さは健在だ。厳しい規制など、表面に出ている規制だけでなく、現地での役人との付き合い方とか、労働組合などインドの独特の進出のしづらさがある。それに、現地の企業との競争も思いのほか強かったと感じる企業も多く、簡単ではない。ただ、反対に、やる気があればなんとかなってしまうというのも、インドの特徴だ。精神論になってしまうが、中途半端にインドを目指すよりも、インドは絶対取るというくらいの意気込みで行かないと、インド進出は難しいと思う。

――進出に当たっては現地企業との合弁は不可避か…。

  最近はそうでもなくなっている。かつてはそうしなければならないという規制がある分野もあったが、現在はほとんどの分野で合弁義務は廃止されているので、仕方なく合弁したのを解消するという日本企業も結構出てきている。また、インド企業との合弁には、技術を盗まれたり、無理難題を吹っかけられたり、色々なトラブルがある。もちろん現地につながりを持てるというメリットもあるが、デメリットもやはり多かったので、単独も含めた進出の仕方を進出前に検討して、しっかり意思を固めて進出することが必要だ。(了)

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