アシスト
代表取締役
平井 宏治 氏
――中国を念頭に米国の企業買収をめぐる制度が大きく変わった…。
平井 トランプ氏が米国大統領に就任し、2017年ごろから、米国から「これから、米国の企業買収をめぐる外資規制が大きく変わる」という情報が来るようになった。当時読んでいた米国の法律事務所発行のニュースレターには、「米国対米投資委員会の審査範囲が大幅に拡大する見通し」と書かれていた。2019年度米国防権限法と同時に、外国投資リスク審査現代化法と輸出管理改革法が成立して、中国による米国の機微技術(重要技術、重要インフラ、機微個人情報)を持つ企業などへの投資への審査が厳格化された。米国議会は、民主党への政権交代後も、世論を反映し、対中強硬政策を継続している。金融では、トランプ政権の時にできた外国企業説明責任法に基づき、米公開会社会計監査委員会(PCAOB)の検査を3年連続で受けない中国企業を米国国内で上場廃止にしようとしている。
――中国人は平気で人をだますという姿勢が背景にある…。
平井 AがBにウソをついて騙したとしよう。日本人は、「ウソをついたAが悪い」とするが、中国人は、「ウソを信じて騙されたBがバカだ」と考える。日中では文化が違う。中国には、会計規則はあるが、これを守る文化はない。中国企業には、本物の帳簿の他に税務署に提出する粉飾帳簿など数種類の帳簿があると言われる。米国に上場する中国企業が粉飾決算書を使うことが問題になった。一例を挙げると、中国のスターバックスと呼ばれていたラッキンコーヒー事件だ。同社は、米ナスダック市場に上場していたが、内部告発で、架空売上などの粉飾決算を行っていることが明らかになり、ナスダックを上場廃止になった。この事件を契機に外国企業説明責任法が作られた。PCAOBは、米国に上場する企業を担当する監査法人を検査し、適切な会計監査が行われているか確認する組織だ。外国企業説明責任法は、米国の証券取引所に上場する外国企業を対象に、外国政府の支配・管理下にないことの立証義務を課すとともに、3年連続でPCAOBが米国に上場する企業を担当する監査法人を検査できない場合、米国の証券取引所から退場させることを定める法律だ。同法に従い、米証券取引委員会は、2021年12月に上場規則を改定し、規則を順守していない海外企業を公表している。2022年6月時点で、上場廃止リスク警告対象は150社になり、ほとんどが、中国や香港に本拠を置く企業だ。米中間で中国企業の米国上場を維持するための協議が続いているが、妥協点を見いだせる見通しは立っていない。
――進出リスクが大きくなっている中国から日本企業が撤退する方法は…。
平井 法律上は、日本企業が中国から撤退することは可能だが、実際には、撤退すれば、中国に投資した設備類などをすべてタダ同然で置いてくることになる。日本企業にとっては、特別損失を計上することになり、このことが、脱中国が遅れる一因となっている。脱中国を推進するため、脱中国をする企業に中国撤退で生じる損失と同額の補助金を出すべきだ。例えば、1億円の特損が出る企業に、政府が1億円の補助金を出せばよい。2020年、安倍首相(当時)は、中国から撤退する企業に対する補助として、2200億円を準備し、申し込みは1兆7000億円にもなった。同時期に、米国政府が準備した脱中国補助金は5兆5000億円。わが国の経済規模からして、2兆円は準備する必要があった。経済安全保障の観点からは、日本企業の脱中国、国内回帰や、中国から東南アジアへのサプライチェーン変更に補助金を準備し、サプライチェーンの中国外しを進めることが必要だ。上場企業の場合、利害関係者も多く、簡単にサプライチェーンの変更も決められないが、オーナー経営の中堅・中小企業は迅速に撤退を決断できる。有価証券投資などを含めると、中国には既に50兆円規模の日本の資産があるとの見方もある。中国には国防動員法がある。台湾有事や同時に起きる沖縄侵略時、いわゆる有事に、中国政府が日本企業の在中資産を接収できるとする法律だ。中国政府にすれば、日本企業の50兆円の在中資産をタダで中国のものにできるおいしい話だ。ロシアのサハリン2の例を見れば、中国の国防動員法発動リスクを過小評価するべきではない。
――半導体をめぐるサプライチェーンが大きく変わろうとしている…。
平井 米国では、上下両院で競争法2022の調整を進めている。同法が成立すれば、米国の半導体のサプライチェーンが、法律で変更される。半導体は兵器の頭脳だ。中国を半導体のサプライチェーンから排除することになる。米国議会、米国政府は本気だ。日本も米国と足並みを揃えることになるだろう。日本の企業経営者は、中国には14億人の市場があると言い、中国市場に固執する。中国には中国製造2025、2035、2049という産業政策があり、2049年までに、世界最強の製造強国になるつもりだ。中国が世界一の製造強国になった時に何が起きるか。中国企業が生産する電気自動車の方がトヨタやホンダの電気自動車よりも安く高品質になる。14億人の中国人は、中国メーカーの車を買い、トヨタやホンダは売れなくなる。14億人はいるが、日本企業の製品は売れないのでは意味がない。中国に進出している日本企業は、自分たちの技術を競合相手に教えて、30年後に競合相手に市場で負けて撤退することになる。だから、競合相手に技術を教えず、盗まれず、工場を中国国外に移転することが必要だ。日本企業の経営者は、米国市場と中国市場は全く異質なものだと理解する必要がある。
――ドイツは中国にインフラを握られてしまった…。
平井 メルケル前政権は、中国によるドイツ企業へのM&Aに寛容だった。ドイツでは、中国企業によるフランクフルト郊外のハーン空港の買収や、ドイツ最大のハンブルク港の運営権の一部が買収されるなど、国の根幹とも言えるインフラを中国に売却した。ありえないことだ。ドイツのダイムラー(メルセデス・ベンツ)の筆頭株主は、発行済株式の10%を保有している中国人。ドイツ経済が中国に過度に依存するようになり何が起きたか。メルケル首相(当時)が北京を訪れた際、「ドイツが5Gネットワークからファーウェイを排除したら、中国にあるドイツの自動車会社がどうなるかわからない」と脅された。いまだにドイツは5Gネットワークからファーウェイを排除できずにいる。米国や日本はファーウェイを5Gから排除した。通信は軍事に直結している。中国共産党の強い影響下にあるファーウェイを5Gネットワークに使うと、利用者が気づかない内に、通信内容が勝手に中国に転送される(バックドア)リスクを抱え、通信内容が中国に筒抜けになる。ドイツの例を見れば判るが、中国に依存すればするほど、中国に逆らえなくなる。日本は、中国を宗主国と崇める属国に墜ちたくなければ、中国ビジネスを希薄化するしかない。
――日本の喫緊の課題は…。
平井 日本からの機微技術流出を防止することが必要だ。われわれが使う製品に使われる技術が進歩し、軍事技術との差がなくなった。例えば、家電量販店で販売されているカメラが軍事ドローンに組み込まれ、武器の一部になっている。ウクライナで撃墜されたロシア軍のドローンを分解したら、日本製カメラなどが使われていた。政府は、日本の軍民両用技術の流出防止にすぐに取り組まなければならない。スパイ取締法のない日本のサイバー空間では、サイバー泥棒(ハッカー)が跳梁跋扈している。サイバー空間の安全性を強化し、日本から先端技術を盗み出せなくすることが必要だ。
――この度、中国リスクを詳解した本を上梓された…。
平井 以前、米中対立の現状を話したところ、国会議員の方から反響があり、出版の声に押されて、米中対立を受けた日本企業のリスクを解説した『経済安全保障リスク 米中対立が突き付けたビジネスの課題』(育鵬社)を2021年に出版した。出版当時はあまり世間の関心を集めなかったが、経済安全保障をめぐる議論が活発化して本が売れた。今年の5月に出版した、『トヨタが中国に接収される日 この恐るべき「チャイナリスク」』(ワック出版)では、状況をアップデートし、わかりやすく説明した。プライム市場に上場する会社であれば法務機能が充実しているだろうが、日本から中国に進出する1万3000社の中には、中堅・中小企業も多く中国リスクを認識していない。中国と取引する中堅・中小企業を含むすべての企業経営者に本書を通じて中国リスクを強く認識してもらいたい。(了)