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「ウクライナの危機に直視を」

金融ファクシミリ新聞社 特約記者 オレナ・クシナリョヴァ 氏
イゴールシコルスキー・キーウ工科大学 国際教育センター副所長 ユーリ・クシナリョフ 氏

――ウクライナから日本に避難してきた経緯は…。

 オレナ 2月24日にロシアとウクライナの戦争が始まった。私は当初避難することは全く考えず、姉夫婦と一緒に3月5日までキーウに留まっていた。しかしその後、ウクライナ全土で激しい爆撃が続き、義兄の父親がマリウポリで戦渦に巻き込まれて亡くなってしまった。そこでキーウを離れ、ウクライナ西部を経由してリビウに移動することを決めた。キーウからリビウまではわずか500Kmだが、渋滞や夜間外出禁止令のため、移動には5日間を要した。リビウ近郊では軍事演習場への攻撃が一週間も続いており、私は姉と姉の子どもたちと一緒にポーランドへ移った。そこから私だけ3月20日に息子夫婦が住む日本へと向かった。難民体験は本当に辛いものだ。私は義娘が日本人だったため日本に来ることが出来たが、日本に来ることの出来なかった姉夫婦やキーウに留まっている夫、そして今もマリウポリにいる私の実母や夫の両親が今どのような状況にあるか、連絡を取る事すらままならない。親戚が殺されるかもしれないという恐怖感や、居場所が確定しないことによる不安感で鬱状態になってしまう。日本に着いてからも、私の心はずっとウクライナにあり、気が休まる日はない。

――ウクライナにいる親族の様子は…。

 オレナ 私の夫はキーウにいるため、他の都市よりも安全だ。しかし、激しい爆撃が続くマリウポリにいた私の母親は、4月20日に体調を崩して亡くなったという連絡がきた。マリウポリの病院は閉鎖されており医師を呼ぶことも出来なかったため、本当の死因はわからない。葬儀の手配も大変で、敵対行為のために十字架はなく庭に埋葬せざるを得ない状況だったが、善良な隣人達が手伝ってくれたお陰で、母を父の隣に眠らせてあげることが出来た。きっと母は天国で喜んでくれているだろう。私の妹は子どもと一緒に難民としてドイツに向かったが、故郷であるウクライナに戻りたいと言っている。夫の両親は一時避難していたが、やはり自分たちの家に住みたいとマリウポリに戻ったようだ。マリウポリはロシア軍に制圧され人の出入りも禁止されているため、ガスや水、食料等の調達が困難だ。唯一電波は繋がっているため電話での安否確認は出来るが、人が出入り出来ないマリウポリのアパートで義両親がどのように暮らしているのか、どうしたら救い出すことが出来るのか、それが今の私の最大の懸念だ。

――ロシアとウクライナが戦争になった原因は…。

 オレナ ロシアの帝国としての野心や政治的計画、その他、私が知らない理由もあるだろう。私が事実として知っていることは、ロシアがウクライナを何度も攻撃し、ウクライナの人々を大量虐殺しているという真実だ。ロシアはキーウが欧州で最初に設立された国家「キエフ大公国」であるという歴史を塗り替え、ロシア率いるソビエト連邦を再び作り上げたいと考えているのだろう。その計画を虎視眈々と進め、ロシア国民の中にプロパガンダを広めることに成功した。しかし、世界の人々にはそういったプロパガンダに洗脳された人たちの発言や、ロシアという国が発信する情報を信じないでほしい。また、ウクライナは30年前に核を放棄したが、それは、前提としてロシアや米国や英国からの支援が保障され、侵略者からの安全も保障されると約束されたからだ。しかし実際にはウクライナの安全は保障されず、核を持っていれば今回のようにロシアから攻撃されることもなかっただろう。核兵器を持たない国は強力なパートナーと協定を結ぶ必要があるが、一方で、ウクライナの経験が示すように、そのパートナーが全ての協定に違反する可能性もあるということを知っておくべきだ。

――日本での避難生活について、そして今後は…。

 オレナ ロシアによるウクライナ侵攻の日以来、私の人生は止まり、何も計画することが出来ず、ただ戦争のことを考えるだけの毎日を送っていた。今は息子の家族と一緒に住み、愛する孫娘2人とも一緒に過ごせているが、戦渦のウクライナにいる親や親戚のことを考えると、どうしても人生を楽しむことはできない。そんな中で、私は日本で仕事を得るという機会に恵まれた。驚きと感謝の気持ちでいっぱいだ。戦争のニュースを見て気分が沈んでいても、仕事に行くために朝起きて、顔を洗って、服を着替えて、外に出る。それは私に生きている意味を与えてくれる。これまでも、私は家族写真やポートレート、ファッションなど様々なジャンルの写真を撮ってきた。今まだ、心に余裕がなくクリエイティブな仕事をするのは難しいが、少なくともカメラを持って仕事をしている時間は戦争のことを忘れられる。日本で年間ビザを取得することも出来た。これから写真家としてのキャリアを積み上げていく事も可能なのではないかと思っている。今後も好きな写真を撮りながら日本で仕事を続けられたら嬉しい。

――最近の戦争状況は…。

 ユーリ 2月24日、ロシアは不当で違法なウクライナ侵略をあらゆる方面から開始した。来る日も来る日もミサイルや爆弾の攻撃、空襲、戦車等によって罪のないウクライナ人を殺し、ウクライナの土地を破壊した。4カ月以上もの間、私たちに平穏な日々はない。ロシアは我々の日常を致命的に変えてしまった。一方で、ウクライナでは既に31,000人以上のロシア軍人が死亡しており、2月24日以降ロシアは1日に30人近くの命を犠牲にしている。ウクライナに対して使用された様々なロシアのミサイルの総数はすでに2500発以上だ。ロシア軍の爆撃と砲撃によってウクライナの文化的・歴史的遺産や社会インフラ、住宅、そして普通の生活に必要なあらゆるものが破壊された。6月10日現在でウクライナの1,971の教育機関と113の教会が被害を受け、750人以上の子供たちが犠牲となった。6月5日に開始されたキーウへのミサイル攻撃ではダルニツァ自動車修理工場の作業場を破壊され、他の工場も被害を受けた。幸いなことに死亡者はいなかったが、日曜日の朝のキーウに対するロシアのミサイル攻撃は、欧米の軍事装備品の供給を妨害する試みだったのだろう。しかも、ミサイルは南ウクライナ原子力発電所の上空を極めて低く飛んだ。ミサイルの小さな破片によって原子力事故や放射線漏れを引き起こす可能性もあるのに、ロシアの攻撃は悪質極まりなく、本当に非人道的な行為だ。

――欧米諸国による武器供与はウクライナにとって有益なのか…。

 ユーリ ゼレンスキー大統領が「ウクライナが侵略者からの攻撃に打ち勝つには、人々の団結だけでなく、武器や制裁といった西側諸国やアジア諸国のパートナーによる政治的支援が欠かせない」と言っているように、武器供与は間違いなくウクライナ人がロシア軍から身を守るのに役立っている。銃がなければ、ウクライナ兵士も民間人も自衛できないからだ。ロシアが土地を略奪し、制空権を確立するのを妨げるためには国際的な軍事支援が欠かせない。残念ながら今のウクライナの軍事装備がロシアの重砲に劣っているのは事実であり、ロシアをウクライナ領土から追い出すためには、NATO基準の近代兵器と弾薬が必要だ。同時に燃料と財政を含む絶え間ない兵站支援も必要としている。

――停戦合意の可能性はあるのか。また、戦争を終わらせる鍵となるものは…。

 ユーリ 一部の政治家がロシアとのビジネスを再開するために、我々に停戦や紛争の凍結、一部領土の降伏といった議論を持ち掛けているが、ウクライナ大統領府は「市民、領土、主権をロシアに明け渡すような取引はしない」という意思を明確に表明し、ロシア軍が占領地に留まることを可能にするモスクワとの停戦協定を受け入れなかった。つまり、我々が勝利することだけがウクライナ領土の完全回復への唯一の道だ。ロシア軍が我々の領土にいる限りこの戦争は続くだろう。これは、自由のため、主権のため、国際法の原則のため、民主主義のための戦争だ。ミンスク合意のようなロシアとのいかなる合意も、今やウクライナに多大な犠牲者と危険をもたらすものでしかない。こういった安全保障協定を終わらせる事こそが現在の欧州の混乱を終焉させる鍵となるのではないか。

――ユーリさんの現在の状況、そして今後の活動は…。

 ユーリ 私が住んでいるキーウはここ数週間、比較的落ち着いているが、長距離ロケット弾による攻撃の脅威は続いている。私の職場はキーウのイゴール・シコルスキー・キーウ工科大学(KPI)国際教育センターで、普段は教育プロセスの管理部門や教師の外国人採用を担当しているのだが、この戦争の為、2022年4月以降は、教師や学生、卒業生達を様々なプロジェクトのボランティアとして参加させ、団結させる「イゴール・シコルスキーKPIボランティア運動」を進めている。ボランティアはキーウの軍隊に生活必需品を届けたり、戦争の解決策を見出すための新しいアイデアを提供する大規模組織だ。他にも衣服を縫ったり、食事を調理したり、領土防衛軍の学生のためにヘルメットを送るなど、ロシア軍と戦うためのあらゆる支援を提供している。ウクライナ人は、誰もがそれぞれの場所で、自分たちの土地を守り抜くために出来る限りのことをしながら必死に生きている。

――日本へのメッセージを…。

 ユーリ 今年5月、英国を訪問した岸田文雄内閣総理大臣は「今日ウクライナで起きていることは、明日、東アジアで再び起こるかもしれない。ロシアの侵略はヨーロッパだけの問題ではない。インド太平洋地域の国際秩序も脅かされている」と述べた。この戦争は全世界に大きな経済的影響を及ぼすとともに、各国の安全保障問題に対する危機意識を高まらせた。仮にロシアがこの戦争に勝てば、日本が直面する安全保障上のリスクは高まるだろう。そうならないように、日本にも他の国々と同じように「ロシアのウクライナ侵略はウクライナ国民に対するジェノサイド行為だ」という事を認めてほしい。そして一刻も早く、この一方的で非人道的な戦争が終わることを願っている。(了)

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