金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

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「産後ケアで女性の負担軽減を」

母子愛育会総合母子保健センター
所長
中林 正雄 氏

――出産保険を作られたと…。

 中林 太陽生命保険と提携して作った出産保険は、保険期間が2年間で、妊娠うつや産後うつ、妊娠や出産に伴う疾患など、妊娠中や出産間もない女性が直面するリスクをカバーするものだ。出産の時は政府から一時金が支給されるが、妊娠や出産に伴う疾患への保障はなく、産後に必要なお金も国からは支給されない。そこで、太陽生命の副島直樹社長に、妊娠してから掛け金を支払い、リスクに備えながら、産後ケアを受けるときに保険会社からお金が出るようにしたらどうかと提案したら、素晴らしい商品を作ってくれた。女性が安心して妊娠・出産を行うためには、母親になる女性自身が経済的に安定している必要がある。妊娠・出産に備えるために保険を掛けることが一般的になれば、女性は出産しやすくなるだろう。

――産後ケアは重要だ…。

 中林 産後ケアには、出産後数日から1週間程度宿泊する「短期入所型」、退院したあと朝から夕方まで子育てのサポートをする「デイサービス型(デイケア)」、助産師さんが家庭を訪問する「アウトリーチ型」の3つがある。2年前、野田聖子こども政策担当大臣らが中心となって母子保健法を改正し、産後ケアが市町村の努力義務となった。私ども母子愛育会総合母子保健センターの愛育病院・愛育クリニックでは来年の4月までに、これら3つの形の産後ケア施設をそれぞれ整備していく。まず、母親と子どもが宿泊できる「短期入所型」は15部屋程度を予定しているが、1部屋当たりの面積を従来の施設に比べ広く取ってある。母親と赤ちゃんだけでなく、父親や他の兄弟など、家族全体が宿泊できるようする。産後1週間は病院に宿泊し、その後の1週間は産後ケア施設に宿泊すれば、母親になった女性の負担はかなり軽減されると思う。「デイサービス型」では、母親同士が悩みを交換したり、助産師さんと話をしたり、離乳食の作り方を習ったりと、昔は実家や地域全体で行ってきたことを日帰りで提供していく。総合母子保健センターが所在する港区は、幸いにして産後1週間は1日3万円の補助金が出る。区からの補助金で産後ケア施設に宿泊することができるので、本人の負担は1割ほどで済むが、出産保険が一般的になればより利用しやすくなるだろう。

――産後ケアが重視されるようになった背景は…。

 中林 昔は出産時に実家のお母さんが面倒を見てくれていたが、高齢出産が増えるなか、40歳の女性の母親は高齢になってしまい、赤ちゃんのケアまでできないことが多い。さらに、核家族化が進んでおり、そもそも同居している世帯が珍しくなっている。父親は仕事で子育てどころではないため、母親はワンオペ子育てになってしまう。さらに、最近の女性はキャリアを築き上げる方も多いため、「私の部下は言うことを聞くのに、なぜ赤ちゃんは言うことを聞かないの」とストレスを溜め、産後うつになってしまうケースも多い。さらに、若いうちであれば家庭内に子どもという新生物が入ってきても受け入れられるが、結婚生活が長くなり、夫婦2人でいることに慣れてしまうと、新生物がきっかけで家庭が崩れてしまうこともある。社会全体で子育てをしようという風潮ではなくなったうえ、家庭内にも変化が起きているとなれば、出産後の女性に対する負担がかなり増していることになる。また、母親になる女性も高齢になっていくに連れ体力的な問題が生じ、自分の理想とする子育てができないなど、昔なら考えられなかった悩みも出てきてしまう。こうしたことからできるだけ「ワンオペ育児」をなくすことが急務であり、産後ケアの重要性はより高まっていくだろう。

――産後ケアについて全国的な取り組みはまだ見られない…。

 中林 産婦人科の個人病院で、少子化のため空いたベッドを活用して「短期入所型」の取り組みをしているところはあるが、本格的に「デイサービス型」や「アウトリーチ型」に力を入れている病院はまだないと思う。これらをシステム化して全国で提供できるようにすることが重要だ。厚生労働省も今後3年ほどかけて全国に広げることを考えている。来春開設されるこども家庭庁のキックオフの仕事では、産後ケアの拡充が目玉事業になることを期待している。

――コロナ禍も妊産婦に負担が掛かる…。

 中林 コロナ禍で妊婦さん達の悩みが非常に多いことが厚生労働省の調査で明らかになった。このところ男性の自殺は徐々に減ってきているが、逆に女性の自殺は増えている。妊娠・出産の前後はホルモンバランスが急激に変わるので、マタニティブルーや産後うつになりやすい。私たちのデータでは、出産後の女性のうち、10~15%程度は産後うつを抱えている。産後うつでは、子どもを可愛く思うことが出来ない「愛着形成不全」になることが多く、一部は虐待に発展することもある。ゼロ歳児の虐待死のうち、半分以上が生後数日以内に起きた実母によるものだ。産後間もなく母親の精神状態が通常ではなくなってしまったことに起因し、助産師さんや周囲のサポートがあるだけで随分状況は変わるはずだ。産後に潜むリスクとして私が危ぐしているのは、①未熟児や低体重児、または双子などの多胎児、②相談する人が周囲にいないこと、③経済的な不安や生活苦、④愛着形成不全、⑤高齢出産などで育児の負担が大きいこと――などがある。

――アプリを通じて母親のケアを行うといった試みは…。

 中林 マタニティブルーや産後うつでは、「何も楽しくない」、「自分を責めたくなる」、「不安感」、「なんとなく悲しい」といった気分がずっと続く。さらに、自分を不幸に感じ、自分を傷つけたくなる状態に達すると、医療機関は急いで対応しなければならない。今後計画しているのは、スマートフォンのアプリを使った電子母子手帳を開発して、母親の状態をモニタリングすると同時に、双方向で母親のケアを行う取り組みだ。愛育病院で蓄積した子育ての情報を盛り込むほか、母親に今の自分の気分を書いて送ってもらったり、子育てについての相談を行ったりする機能である。「なんとなく悲しい」気分だけで病院に行くのはハードルが高くても、ネット相談であれば気軽に利用できる。母親の孤独を防ぎ、早期に自治体や医療機関が対応できるようにする。さらに、愛育病院だけでなく、行政と連携して新しい電子母子手帳を作りたいと思っている。行政でも電子母子手帳を開発しているところはあるが、十分には広がっておらず、民間医療機関と提携することが必要だ。個々の自治体が行っている電子母子手帳は3割~4割程度の普及にとどまっている。核家族化や妊娠時の高齢化、地域社会の変化など、妊娠・出産をめぐる環境が大きく変化しているなか、愛育病院がモデルになって、充実した産後ケアや電子母子手帳を全国に広げていきたい。(了)

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