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「天皇制存続に向け多様な議論を」

東京大学大学院
法学政治学研究科 教授
宍戸 常寿 氏

――皇位継承を弾力化し、女性・女系でも天皇になれるようにすればよいのでは…。

 宍戸 皇位継承をめぐる問題を振り返ると、愛子内親王が生まれたころから、女性天皇あるいは女系天皇を認めないと継承資格を持っている人が少なくなるため、皇位継承が危ぶまれるという議論が政府内でされてきた。その後、悠仁親王が生まれたことや、天皇は男系男子がふさわしいと主張する声が政権内部で高まったことにより、議論が膠着状態になっている。国民に世論調査をすると、女性・女系でも問題ないとする声が相当数ある一方で、政権を担う自民党の岩盤層は絶対に男系男子でなければならないと主張しており、世論の多数との食い違いが起きている。歴史を振り返ると男系男子が原則というのが、男系男子派の論拠の1つだ。推古天皇など女性天皇もいたが、あくまで例外として認められた中継ぎであるため、伝統的に男系男子が継いできた皇室の歴史を破壊して良いのかと主張する男系男子派が多い。現状では、今上天皇がいて、皇位継承順位の第1位は秋篠宮親王、第2位は悠仁親王だ。仮に今上天皇の次に愛子内親王が皇位を継承することとしても、その次に女系である愛子内親王の子どもに皇位継承を認めないとするなら、愛子内親王の系譜は一代で終了し、次に秋篠宮親王、悠仁親王、常陸宮親王、悠仁親王のお子さんが即位していく流れになる。

――上皇が退位できるように、皇室典範に特例を設けた…。

 宍戸 天皇の生前退位は皇室典範に記載がなく、一代に限って認める特例の法律を作って退位を認めた。この生前退位と同じように、憲法上は女性・女系天皇も認められるというのが多くの憲法学者の解釈だ。しかし、法律と同等の皇室典範が憲法に則って男系男子が皇位を継承すると明記しており、皇室典範を改正するかどうかが焦点になっている。上皇の退位を認めるための法律を作ったとき、国会は内閣に対し、検討をしたうえで報告するよう求めた。専門家の会合は、安定的な皇位継承の確保、女性宮家の創設を検討するという目的で始まったが、女性・女系天皇を認めるべきではないとの外部の声もあって、皇族の数を増やす方向に議論の力点が変わってしまった。普通の国民は皇位継承の問題にものすごく関心が高いわけではない一方で、感情や歴史、伝統を重んじる人がこの問題に強い関心がある。政策を決めるうえで国民全員の意見を均等に反映させるのがよいのか、関心が高く、よりこの問題に対して深く考えている人の意見を重視して反映させるのが良いのか。考えを練り上げたうえで、男系男子が良いと結論付けた人もいるし、女性・女系でも問題ないと結論付けた人もいる。そういった真摯な議論のうえで結論付けるべきだが、現在の皇室をめぐる議論はそうなっていない。

――天皇家の存在や皇室離脱のリスクを勘案すると、皇族の人権を尊重した柔軟な制度を作るべきだ…。

 宍戸 まず、離婚や皇族からの離脱は可能で、三笠宮寬仁親王の離脱が問題になったこともある。ただ、実際問題として皇族、特に天皇および皇太子が突然退位ないし皇族を離れることは大問題だ。国民の間では、天皇は、本人の意思ではなく血統で決まり、亡くなるまでずっとやり続けなくてはならないのだという考え方が強かった。そのため、上皇の退位に反対した人も多かった。また、皇族として生まれ大きくなるまで皇位継承に関わる人物として、特別扱いされ育ってきた人が、ある日突然離脱したいと言って納得しない国民が出てくるのは、最近の例を見ても明らかだ。民主主義社会において王族や貴族をどう考えるのかというのは非常に難しい話で、英国でも問題が起きている。たまたま、今までの日本で問題が起きなかっただけで、本当に皇位継承者が少なくなったときにこの問題が深刻化していくのではないか。

――皇室制度を存続させるためには、より多くの選択肢を用意する必要がある…。

 宍戸 男系男子が必須条件とする見方からは、旧宮家の人を復活させる考えがある。天皇の血筋を持っていて、皇位継承者が不足したとき皇族に戻せば良いとの説だ。ただ、仮に愛子内親王がいながら、突然外から養子として迎えた人に継がせることを国民は納得するのか。もちろん皇室を離れた旧宮家の人達は一般国民であるので、その人たちを皇族の養子となる要件として定めるのは「門地」による差別ではないかという問題もあるし、その人たちの人権もあるため、今から皇室に戻って天皇になってくれと言われても困ってしまうだろう。相当数の国民は皇室典範を変えて愛子内親王が継承するのが自然だと考えているのではないか。仮に養子を取るという話になると旧宮家ばかり取り沙汰されるが、旧宮家はずっと前に皇室を離れ、もはや江戸時代以前に遡らないと天皇の血筋にたどり着かないような人達なので、むしろ昭和天皇の子孫などを迎え入れることも考えられるのではないか。一方、天皇が生前に退位する際に後継者を指名する形にも問題がある。制度上、天皇は一切の政治的権力を持たないという前提なので、自分の後継者を決めることは認められていない。歴史上、上皇や摂関家・幕府の意向で後継を決めたこともあったが、南北朝の乱に発展したこともある。誰かの意思が介入するより皇位継承順位のルールが決まっていた方が内紛などにつながることもなく、継承者も天皇になるための準備をすることができる。このほか、側室制度の復活はこれまでも主張されてきたが、今の日本の世の中としては認めるわけにはいかないとの考えが主流だ。日本について国際社会で説明するときに、「皇室は代々血をつないでいます。普通の世帯は一夫一妻制で、ヨーロッパと何ら変わらないですが、皇室だけは血を守るために一夫多妻制です」となれば、男尊女卑の国という印象を持たせる。

――天皇に求められる役割も変化している…。

 宍戸 歴史上の女性天皇のイメージは、推古天皇のように、皇室のなかで男子が若いときに、政治的な判断力や大物感が必要なときに、一族の長老のような立場の女性が天皇になったというものだろう。しかし現代の天皇は、憲法に定められた儀礼的な国事行為をきっちりこなし、人間として立派な人であれば十分であり、男性か女性かは関係がなくなっている。男女平等の世の中だから女性天皇をというのはいささか短絡的だが、天皇や皇室に何を期待してどういう役割を求めているのかをはっきりさせ、現状を踏まえたうえで前向きな議論をしていくべきだ。

――日本の皇室の問題は他にもある…。

 宍戸 日本の皇室は仕事が増えすぎている。憲法に定められた国事行為だけこなせばいいとは思わないが、災害時に被災地を訪問したり、多くの団体の名誉職を務めたりしている。世の中では、自分が活動するボランティア活動やNPOが大きくなってきたら、次は皇室に見てもらいたい、名誉職で参加してもらいたいという気持ちを持つ人が多い。人々の意識や価値観が多様化しているなかで、世の中すべての人に平等に接しようとすると、上皇のように休み無く年中旅行し、多くの人に会うことになる。もともとそれには無理があったものの、活動を制限すると不平等感は出てしまう。そもそも皇族の数が減っているのだから、そういった皇族の仕事も見直していく必要があるだろう。(了)

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