金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

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「銀行界はデジタル庁に協力を」

NPOブロードバンドスクール協会
理事
若宮 正子 氏

――世界最高齢のプログラマーとしてご活躍なさっている…。

 若宮 私は高校卒業後、三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)に就職して、定年まで勤務していた。パソコンは58歳から独学で習得し、2017年にはゲームアプリ「hinadan(雛壇)」を公開した。それがきっかけで米国アップル社のCEOよりWWDC(世界開発者会議)に特別招待されたり、国連関係のイベント等で講演させていただくなど、次々に新しい世界が広がっていった。現在はデジタル庁デジタル社会構想会議の委員も務めている。世界全体がデジタル化に向かう中で、日本政府もIT社会の実現に向けて進んでいる。そんな中でデジタルに苦手意識を持つ高齢者は多い。しかし、その苦手意識を取り除き、デジタル機器と仲良くなることが出来れば、これからの人生をもっともっとエンジョイできると思う。むしろ、社会のIT化によって一番恩恵を受けるのは我々シニア世代だとも言えよう。私の著書「老いてこそデジタルを。(1万年堂出版)」にも記したが、世の中の進歩に追いつく苦労はいつの世代も同じだ。先入観を持たず、失敗を恐れずに、先ずは触ってみる。そしてデジタルに少しずつ慣れていくことで、自分の人生が広がっていくことを感じてほしい。

――「デジタル田園都市構想実現会議」のメンバーとしても議論されているが、その課題は…。

 若宮 日本政府は今、地方が魅力を発揮することを、都市に負けない利便性と可能性で実現させたいと考えている。私の知人にご主人が定年退職して田舎で農業を始めた方がいて、四国の内陸部でもインターネットの環境を完備して晴耕雨読の生活を楽しんでおられる。このように絵にかいたようなデジタル田園都市ライフとなれば理想的だが、実際にひとつの都市としてスマート農業や遠隔医療、IT防災など、全てをデジタル化した生活圏を作り上げることは、まだ日本では難しい。仮に全てをデジタル化して設備を整えたとしても、それを利用する側の住民にITリテラシーがなければどうしようもない。例えば、高齢となり運転免許証を返納した時に利用できるデマンド型タクシーも、その車を呼び出すためにはスマートフォンを扱わなくてはならない。また、銀行ATMの数が少ない過疎地では毎回銀行に出向いて残高や取引推移を確認することが大変なため、銀行ではインターネットバンキングを進めているが、パソコンやスマートフォンを使いこなしている高齢者はまだまだ少ない。コロナワクチンの予約時にも「スマートフォンは持っているけれど自分では予約が出来ない」という高齢者が沢山いた。さらに、コロナ禍になっても企業のテレワークや学校のオンライン授業はなかなか進まず、コロナは我が国のデジタル化のほころびを見せつけてくれた。

――役所と高齢者のITリテラシーの向上は、喫緊の課題だ…。

 若宮 デジタル庁の調査では70歳以上の2割がまだ固定電話を使っている。その中には「ガラケー」さえ持っていない人もいる。しかし、地震や津波の時に緊急速報や避難指示が送られてくるのはスマートフォンと「ガラケー」だけで、固定電話へは届かない。つまり、固定電話だけを利用している70歳以上の高齢者の中には緊急速報も伝わらず、いざという時に逃げ遅れる可能性が高い。血圧や血糖値、血中酸素濃度などが測定出来て、それを病院と連動させるような機能がついているスマートウォッチも、実際に保有しているのは30歳代くらいが一番多く、且つ、せっかくの連動機能が医療の現場に有効活用されていない。また、政府はマイナポータルで医療保険情報(薬剤情報、特定検診情報、医療費通知情報等)を確認できるサービスを準備中だが、そもそも、日本では病院ごとにカルテの情報が厳重管理されており、病院を移る場合でさえ、そのカルテ情報が患者本人に見せられることは無く、糊付けされた紹介状が新しい病院へと渡されるような慣習となっている。そういった基本的な部分が抜け落ちたままスマート医療やIT防災を始めようとしても、それは容易な事ではない。

――スマートフォン講習会などは最近よく行われているようだが…。

 若宮 総務省は高齢者のデジタル格差を解消すべく、スマートフォンなどのデジタル講習会を開催している。目標は5年間でのべ1000万人の高齢者に講習会に参加してもらう事だ。いずれは自治体ごとにそういった取り組み支援をしていかなければならず、役所にはそのための努力が求められている。例えば、新型コロナワクチン接種証明書アプリの登録がスムーズに進まなかったのは、使用されている用語が一般的には伝わりづらいデジタル言葉や役所言葉が並べられていたからだとも言われている。ITリテラシーがなくても分かるような言葉で丁寧に説明していくという意識が役所には必要だ。私は昨年、台湾のデジタル担当大臣オードリー・タン氏と対談をする機会があったが、タン氏は皆の話をとことん聞いて、誰にでもわかる簡単な言葉で語ることを心掛けていた。一方で日本では、高齢者の気持ちを理解できない若者にデジタル化を任せてしまっている。この点、政府の委員も務めている私が、若者と高齢者の橋渡しの役目を果たすことが非常に重要だと考えている。

――若者と高齢者の橋渡し活動をしていく中で、気づいたことは…。

 若宮 先日、ある老人クラブの会長さんと対面で話をしてきた。私はこのコロナ禍でほとんどの用事はオンラインで済ませているが、老人クラブの方たちはオンラインが出来ない。そのため、この2年間は殆ど活動をしていないという。高齢者が積極的にオンライン活動に取り組む事は大切だと痛感した。高齢者のケアに関して言えば、今後、国の介護保険等を利用した支援は将来的には余り期待はできない。現に民生委員制度も人手が足らず崩壊してきている。海外から介護士を受け入れればよいと考える人もいるが、発展途上国だと思っていた国はすでに発展しており、わざわざ難しい日本語を勉強して日本で介護士になるよりも、自国に沢山の仕事がある。特にIT分野においては、日本は他のアジアの国よりも1周遅れ、いや2周遅れといった感じだ。そういった事実を知らず、日本がアジアでナンバーワンだった時代を引きずったまま今に至っている高齢者は多い。

――国のIT化において、アジアの中で日本がここまで遅れてしまった原因は…。

 若宮 一つの理由は、日本のリーダーと呼ばれる人たちが高齢化したまま指揮を執っている事だ。例えば、日本で小学校の校長というのは大体60歳くらいだが、海外には38歳の校長もいる。また、終身雇用制の日本企業において、特に中年層の中には、とりあえず毎日出社して時間を潰し、定年になったら退職金をもらって辞めるという考えの人が少なからずいるが、日本企業の習慣では就業規則を守り、悪い事をしている訳でもない人を辞めさせるわけにはいかず、そういった社員を雇い続けなければならない。さらに、日本の政治システムを見ると縦割り行政であるため、物事を進めようと思った時に迅速に動くことが出来ない。極めつきは、これまで「よきにはからえ」や「老いては子に従え」といった価値観で生きてきた人たちにとって「情報」というものがそれほど真剣に取り組むべき対象ではないという事だ。スマホの操作方法がわからない時にも、操作方法を教えてもらうのではなく、誰かに代わりにやってもらえばよいといった意識が変わらない限り、デジタルが浸透することは無い。そうなるとデジタル田園都市構想の早期実現は難しい。

――日本は過去にも何度かIT国家を目指した取り組みを行っている。今度こそ実現させなければ日本は本当に危うい状況に陥ってしまう…。

 若宮 時間はかかるかもしれないが、何とか巻き返して高齢者にもデジタルに親しんでもらいたい。この点、エストニアは世界最先端のIT国家だが、私は以前、エストニア元大統領のトーマス・ヘンドリク氏にその秘訣を聞いたことがある。すると彼は「銀行の頭取を集めて協力をお願いした」と答えてくれた。エストニアの冬はマイナス30度にもなるほど寒い国で、車での外出も容易ではない。そのためネットバンキングの潜在的需要は必ずあると考え、ネットバンキングとすべての役所の手続きを同じ手順で操作できるようにしたという。一方で日本の銀行業界はデジタル庁が設置された時にも国に積極的に協力しようという姿勢はあまり見られなかった。デジタル改革は国民全体で進めるべき問題だ。政府任せにせず、国民一人一人が日本にとってデジタル化は必要だという意識を持ち、自身とその周辺を一層IT化させることが、日本のデジタル田園都市構想を実現させる出発点となる。国会議員の中にはデジタル化を掲げても票にならないと仰る先生方もいらっしゃると聞くが、インターネットの橋もかけられないようでは、日本は沈没してしまう。そういった事をきちんと認識し、日本のデジタル化を選挙の公約に掲げてほしいと思う。そのためには、国民が日本のデジタル化に本気になる事が必要だ。(了)

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