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「氷期入り妨げる文明の改善を」

立命館大学
古気候学研究センター
センター長 教授
中川 毅 氏

――どのような研究をされているのか…。

 中川 2つに大別される。1つは過去の地球がどのような気候変動を遂げてきたかについて、数千・数万年といった長い時間スケールでの情報を得ること。未来を予測する一番有力なツールは気候シミュレーションといって、仮想空間のなかに地球を再現して、時間を早送りしながら観察する。その仮想空間のなかの地球は、近年の気象観測データに基づいて再現されている。だが気象観測データは、近代的な衛星を用いたデータならここ数十年のものに限られるし、ルネサンス期の学者の走り書きなどまでかき集めても、せいぜい400年分しかない。そこで、現代とは違う大きな気候変動があった時代の情報をシミュレーションに取り込み、正しく再現できるか検証する必要がある。古気候のデータは、この検証に使用できる。もう1つはシミュレーションの中に取り込むいろいろなプロセスや基本的な現象を提示することだ。例えば、氷が融けて海に流れ込む現象が気候変動にとって重要であることが、氷期の研究から判明した。だとすると、融けた水が流れ込むプロセスと海流の動きを組み合わせて計算しないと、長期的な気候変動を正しく計算できないことになる。つまり地質学的な知見が、シミュレーションの設計思想を左右する。私たちはシミュレーションに貢献することを目的にしているわけではないが、この2つが温暖化を考えるうえで、我々が間接的に役に立てることだ。

――福井県の水月湖に注目されている…。

 中川 福井県の水月湖の底には、1年に1枚ずつ溜まっていく綺麗な地層がある。1枚が1ミリ弱しかないが、すべて数えることで、この地層がいつ溜まったものかが高い精度でわかる。従来の地質学の議論は、時間の精度が非常に荒かった。1つの石について、これは何億年プラスマイナス何万年前といったことを平気で言っている。しかし、気候変動を研究する際には、私たちが生きているうち、あるいはせめて、私たちの子ども達が生きているうちに起こる出来事について理解したい。つまり1年とか10年、少なくとも100年くらいの解像度で分析を進める必要がある。従来の地質学は、私たちの生活の時間感覚との間のギャップが大きすぎて、社会学的な問題に対して直接役に立たない場合が多かった。水月湖の1年1枚の地層を分析することは、当時生きていた人間が経験した時間をそのまま分析することにつながる。

――縄文時代は今より4メートルぐらい海が高かったという…。

 中川 海面上昇の幅は地方によってばらつきがあるが、7~8000年前の地球が非常に暖かかったというのは間違いない。いろいろな推定があって数字で言うのは非常に難しいが、縄文時代は1度~数度は暖かかったのではないか。ここ100万年くらいの最近の地球にとって、もっともありふれているのは氷期だ。最近のパターンでは、氷期が続き、10万年に1度だけ、例外的に暖かくなる間氷期が訪れる。これには地球の動きが関係している。地球は太陽の周りを公転しているが、公転する惑星はケプラーの第一法則により、完全な円ではなく楕円の軌道となる。その軌道の形が、宇宙空間に浮かぶある種の輪ゴムだと考えればわかりやすいが、時代によって円に近くなったり、長細くなったりする。輪ゴムが伸びたときが特に重要で、太陽の近くを地球が通過するようになるため暖かくなる。また、地球は公転するだけでなく、自転もしている。自転軸は公転面に対して垂直ではなく、約23.4度傾いている。楕円軌道の公転軌道と、傾いている自転軸を組み合わせて考えると、現代は冬は暖かく夏は涼しい時代である。さらに、傾いて回っている物体はコマに例えられるが、ジャイロ効果で落ち着いていることができず、軸の向きが回転する。地球ほど巨大なコマは、軸の向きが1回転するのにざっくり2万年かかる。2万年で1回転なので、1万年経つと反対側を向く。すると、さっきまで夏だった所が冬になる。太陽から遠い冬なので寒い冬、太陽から近い夏なので暑いになる。夏の暑さは、公転軌道が細長い楕円になり、地球が特に太陽に近づくときにピークになる。すると、それまで9万年かけて溜めた氷が融け出してしまう。ちなみにこうしたリズムを元に考えると、現代は本当なら既に間氷期を抜けて氷期になっているはずだ。

――既に氷期になっていると…。

 中川 最近の100万年間で、間氷期が1万年以上続いたことは1回だけ、5000年以上続いたこともほとんどない。現代の間氷期は不自然に長く続いている。南極の80万年分の氷を採掘して、氷の中に溜まっている当時の大気を抽出すると、当時の大気中の二酸化炭素とメタンの濃度を測ることができる。二酸化炭素およびメタンと、北半球の夏の太陽の明るさはリンクするが、二酸化炭素は最近の8000年だけ過去100万年の法則が当てはまらずにV字回復し、メタンは5000年前からV字回復している。二酸化炭素がV字回復する8000年前は、人間が文明を作るようになって人口が増え、森林伐採が二酸化炭素を固定する能力が低下して、大気中の二酸化炭素が増加した。メタンの増加は、アジアで水田耕作が始まり、人間が人工的に湿地を作ったため、発酵が促進したことが原因と考えられる。メタンと二酸化炭素が増えている原因は人間の活動だ。さらに最近は産業革命以降の分が上乗せされている。世界を氷期に向かわせるメカニズムは現在も動き続けているが、メタンや二酸化炭素の増加などが自然の力に打ち勝ち、本来来るべき氷期を食い止め、さらにお釣りの分で温暖化まで引き起こしている。

――今後の地球の変化は…。

 中川 地球の本来のリズムでは、これから9万年は氷期になるはずだが、温室効果ガスの排出のせいで、今後少なくとも5万年、もしかすると10万年間は氷期が来ないだろうという計算結果も報告されている。地球は4つの安定状態を持っている。まず一番寒い状態がスノーボールアース、全球凍結と言って、赤道から極まですべて凍り付いた状態で安定する。次に氷期の最寒冷期、現代のような間氷期、さらにその次にホットハウスアース、温室地球という状態があり、その代表は恐竜時代だ。恐竜時代になぜ生態系が豊かだったかというと、現在からは想像できないくらい暖かかったためだ。南極にも北極にもひとかけらの氷もなかった。実際にシミュレーションで計算すると、これら4つの安定状態が解として出てくる。問題なのはこれら安定状態の間の移行期だ。安定状態に落ち着こうとする地球と、二酸化炭素の排出や太陽の活動度の変動などの外的要因がせめぎあい、不安定な状態になる。暑い気候にも寒い気候にも人間は対応できるが、不安定な状態が続くということは災害が頻発するということと同義なので、文明にとっては大きな打撃になる。

――氷期でも人間は対応できる…。

 中川 ホモサピエンスの歴史は、20万年から30万年ほどあるが、農耕を営み定住をしている時代は1万年前以降だけだ。それまでは延々と狩猟採集を行っていた。なぜ、1万年前に農耕が始まったかと言うことについて、従来からいろいろな説があった。以前の説では、氷期が終わって温暖になったから農耕が始まったと考えられていた。しかし、初期の農耕は中近東で始まるが、中近東よりも暖かいと推測される赤道直下の地域では農耕が始まっていないため、この説は反証できる。次に気候変動の構造が細かく分かってくると、氷期の終わりに一時的に暖かくなって人口が増えたが、その後に寒冷化が起こったせいで食糧難になり、農耕を始めざるを得なくなったという説が提唱された。もちろん、寒くなって農耕を始める人間がいてもいいと思うが、寒くなったら南に逃げるのが自然だ。気候変動とは別に、この時代に人間が進化を達成して賢くなったと主張する人もいる。だが最近の考古学では、農耕はアフリアや中国、ニューギニア、中南米などで独立に始まったと考えられている。進化という偶然の産物が、わずか数千年の間に、様々な地域で散発的に起こるわけがない。水月湖の分析結果によれば、氷期が終わる時期には気候が不安定な時期と安定な時期が繰り返していた。植物の栽培化や農耕の開始、都市の建設などはいずれも、気候が安定した時代にだけ起こる現象だったことが分かった。気候が一時的に不安定化すると、農耕も放棄されていた。来年の気候が今年の気候と似ている保証がないと農耕は成り立たないため、温度が高いか低いかではなく、気候が安定しているかどうかがカギになったと考えている。

――気候の安定が農耕の始まりだと…。

 中川 今の文明があるのは、間氷期が氷期より暖かいせいではなく、気候が安定しているからだ。シンガポールでもモスクワでも、人間は繁栄した都市を築くことができる。だが、頻発する災害あるいは異常気象に対しては、意外なほどの脆弱性を露呈する。もし今後地球が氷期に向かっていくとするならば、地球は確実に不安定化し、人間にとって危機となるだろう。温暖化も同様に危険だ。南極の氷が全て溶けていた恐竜時代のような状態まで進んでしまえば、ある意味では良いのかもしれないが、人間による温暖化と地球自身が安定な状況に戻ろうとする力がぶつかる過程では、不安定な時代が訪れる可能性が高い。私は温暖化してもかまわないと言っているが、それはあくまで温度が高くても構わないということであって、温暖化の副産物として気候が不安定化するのであれば問題だ。それをテクノロジーによって避けることができるのであれば避けた方が良い。そのため温室効果ガスに関して言えば、やはり削減すべきだと考えている。温室効果ガスを適度に排出し続けることで氷期に対抗し、適度な気温を保ち続けられるだろうと考えるかもしれないが、人間による温暖化と地球本来の寒冷化のプロセスがぶつかり合うことになり、気候が不安定化してしまうリスクがある。気候は変動を続けるのが本来の姿なので、今と似た安定な時代を長引かせたいのであれば、それは簡単なことではない。(了)

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