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「5Gで地方でも最先端医療を」

東京女子医科大学
先端生命医科学研究所 副所長
村垣 善浩 氏

――先端生命医科学研究所ではどのような研究を行っているのか…。

 村垣 当研究所の研究分野は大きく2つに分けられる。1つは再生医療だ。欠損した機能を補うため、シート状の細胞シートを用い、細胞や臓器の再生を図る研究を主に行っている。この研究を活用すれば角膜など治療が難しい臓器でも、他の人から移植をするのではなく、自身の口の中の細胞から角膜を培養し移植ができるようになり、さまざまな臓器で臨床研究を行っている。一方、私が所属する先端工学外科分野では外科医学を工学と融合させ、よりクオリティの高い医療を目指し研究を行っており、手術中のMRI撮影やスマート治療室、リアルタイムナビゲーションシステムや手術ロボットなどを開発している。

――研究を始めたきっかけは…。

 村垣 悪性脳腫瘍の治療結果をよくすることを考えた結果、この研究につながった。胃がんなど他のがんであれば全摘出すればどうにか治療することができるが、脳腫瘍の場合脳を全摘出するわけにはいかない。スマート治療室が導入される前の脳腫瘍の手術は、術中に撮影をしないため、取り残すことも多く術後放射線などで治療をしていた。しかし、腫瘍をしっかり摘出しない限り放射線がある程度効いても完全に治ることはない。工学的な支援に加えデジタルトランスフォーメーションなども利用し、執刀医の勘や経験からではなく、DNA情報や画像など客観的な視点から判断する手術を実現し、更にデータが時間的に同期しており、空間的な情報もナビゲーションシステムで組み込んだスマート治療室にたどり着いた。

――スマート治療室とは…。

 村垣 スマート治療室「SCOT(Smart Cyber Operating Theater)」が先端工学外科分野のフラッグシップだ。これは、治療室内のさまざまな医療機器の情報を統合し、執刀医や室内のスタッフのほか治療室外の医師やスタッフとも手術の進行や状況をリアルタイムで共有しながら治療を進めることができるものだ。従来のオペ室は細菌の感染を防ぎながら執刀する「場所」だったが、スマート治療室は部屋自体が1つの医療機器になる。手術中にMRIを撮影し確実に腫瘍が除去できているかどうか検査したり、手術の進ちょくを確認したり、ナビゲーションで操作している場所を確認したりすることが、ネットワークによりすべてリアルタイムにつながり、意思決定が行われる。執刀者はスマート治療室にいるが、外部の指導者にも手術室の状況がすべて表示されている。これまでは手術の意思決定に必要な情報はすべて術野に限られ、執刀医しかそれを確認できなかった。現場の情報というアナログな情報しかないため、そのオペ室にいないと執刀医の支援ができなかった。しかし、スマート治療室では意思決定に必要な情報がデジタルで集約されナビゲーションとともに示されており、これらの情報が映し出される「戦略デスク」と呼ばれるモニターを見ることで、外部から冷静に指示などができる。手術室にいる執刀医は監督兼プレイヤーでなければならなかったが、スマート治療室と戦略デスクによって、監督を外部の指導医が行うことでプレイヤーとして手術に集中できるようになる。

――実用段階での成果はどうか…。

 村垣 結果論として言えば、術後の成績は良好だ。スマート治療室「SCOT」にはいくつかのバージョンがある。手術中にMRIを撮影するクラシックSCOTは既に2023例実施した。ロボット化やAIを搭載したハイパーSCOTは2019年から本格的に稼働し、220例以上の臨床研究を行っている。さらに、スタンダード版やベーシック版については販売を開始し実際に現場で導入されたほか、導入を検討している施設も何カ所かある。従来の術式と比較することは難しいが、東京女子医科大のデータでは、結果論として手術した脳腫瘍について良好な成績を収めている。さらに、全国的に見れば、術後1か月以内に亡くなる可能性は100人手術して2~3人程度だ。これに比べ、スマート治療室の実績は0・05%で、2000人に1人くらいの確率であり、手術中の事故が防げていることが示唆された。これは、手術中にMRIを撮影しその場でそれを確認できることが大きい。今までは手術を終えてからCTやMRIを撮影し、腫瘍が取り切れていないことや術後の出血があることが判明する。終わった後に不備が判明してもこれに対処するのは難しい。スマート治療室のポイントは、今撮影され、今何が起きているか判明し、今対処できるということだ。これで失敗のリスクが極小になる。特に経験の少ない若手の医者は経験しないとうまくならないが、難易度の高い手術でもリスクが減りトラウマにならない。脳腫瘍は見た目で腫瘍と正常な脳組織の判別がしにくいため、スマート治療室の一番良い適用例だ。これは幅広く応用でき、広島大学では骨腫瘍や肝臓がんに、鹿児島大学では小児の鎖肛という肛門が閉鎖する難しい手術への適用を試みている。

――今後の展望は…。

 村垣 NTTなどと協業し、5G通信によりスマート治療室(SCOT)をモバイル化した、モバイルSCOTの2025年の実用化を目指している。これは、モバイル戦略デスクとモバイルスマート治療室の2つのタイプに大別される。「モバイル戦略デスク」は、スマート治療室の情報が集約された戦略デスクが5G通信により遠隔で確認できるようになるものだ。例えば専門医が出張中に緊急オペが始まった場合でも出張先からリモートで支援ができるようになり、世界的に珍しい病気であればその手術をしたことのある世界中の医者からリアルタイムでアドバイスを受けられるようになる。また、「モバイルスマート治療室」は、スマート治療室をトラックなどに搭載し5G通信で遠隔で支援することができるもので、災害救急現場や高度医療が受けられる病院の少ない地方などで活躍するようになるだろう。モバイルスマート治療室は、災害現場で救急救命医が緊急手術をしたものの、脳外科の難しい手術になった場合などに有効だ。もちろん現場の救急救命医が執刀しなければならないが、脳外科の専門ではなく経験もあまりない場合、災害現場から5G通信を行い、大学病院の専門医がリアルタイムで支援を行うことができるようになる。今後はおそらく、病院の機能が減り、手術や注射をしたりする侵襲的な機能以外は淘汰されるだろう。わざわざ病院に行かなくても病院側が来てくれるというのがモバイルスマート治療室の目指す姿だ。

――金融資本市場への要望は…。

 村垣 ぜひ、スマート治療室をはじめとする先端医療研究にも投資してほしい。これは地方創生にもつながる。今は地方でもネットワークがあるので普通の生活は事足りるが、急病になった場合地方に住んでいた時には対応が遅れてしまう。モバイルSCOTが実現すれば地方で高度な医療が行えるようになる。災害救急現場だけでなく平時でも利用できるようになればなおよい。今クラウドファンディングを検討していて、大学とNTTなどと協力していくつもりだ。さらに、がんの新しい治療法の開発について、ベンチャーを立ち上げ資金調達を行っている。これは明治ファルマが実用化した光線力学的療法をさらに進化させた研究だ。光線力学療法とは、患者に、がん細胞だけが集まり光に反応する物質を投与し、その物質に集まったがんに対し特殊な波長の光を当てるとがん細胞を攻撃することができ、その結果健康な神経や組織を残してがん細胞だけが死ぬという方法だ。ただ、光線力学療法は光を使うため、浅いところまでしか届かない。われわれはもっと深いところのがんを焼くために集束超音波を使う治療を開発している。光や超音波でがん細胞を攻撃する方法は手術で切除するのとは違い、物理力なので照射すべき場所を特定して当てるだけで良いため、ロボット的に作業ができる。また、放射線被曝もないため、患者への負担が少ない。この国産の新治療、例えば、集束超音波治療を含めて投資をお願いしたい。

――保険が下りないと導入するのは難しい…。

 村垣 日本では薬とは違い、新規の医療機器には保険が付きにくい。スマート治療室はこのところの盛り上がりでようやくOKとなったが、保険が承認されるまで10年以上掛かった。薬であれば承認されると同時に点数が付くが、MRIは実際にがん細胞を除去するわけではなく、ただ画像を撮影しているだけなので保険の点数が付かず、その後の普及は難しい。国のプロジェクトで研究開発したものに関しては、ゆりかご式に5年程度は保険をつけてもらわないと、開発や実用化が進まない。解決する方法として、ベンチャーキャピタルとともに保険がつくための臨床試験を行うとか、リスク低い健康関連機器として世界に売れる商品に育てていくことなどが考えられる。(了)

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