防衛ジャーナリスト
清谷 信一 氏
――韓国や豪州で潜水艦戦力の強化が進んでいる。アジア周辺国が原子力潜水艦を保有し始めると、日本の防衛が世界的に遅れを取るという心配の声もあるが…。
清谷 必ずしもそうとは言い切れない。原潜は原子炉を搭載すると船体が大型化する。だが日本周辺の東シナ海や南シナ海は浅いところが多く、且つ、原潜は原子炉の発熱や静粛性という面でも通常型より不利な部分があるため、日本周辺の防衛任務であれば、海上自衛隊が導入開始している長期間潜航可能なリチウム電池搭載の通常動力型潜水艦で十分対応できるだろう。いずれにしても敵地攻撃能力という点で一番生存性が高いのは潜水艦だ。リチウムイオン電池搭載潜水艦にSLBMを積めば、通常弾頭でも大きな抑止力になる。或いは中国が開発しているような対空母用の弾道弾にしてもいい。時代の変化や技術の進歩に合わせた防衛策に変えていく必要はあろう。
――日本国憲法が創られた当時は、地球の裏側まで届く弾道ミサイルなど無かったし、今猛威を振るっているサイバー攻撃など想像もしなかった…。
清谷 「戦力を保持せず、交戦権を認めない」という憲法に従えば、サイバー戦も戦えない。銀行や空港、公安施設、原子力発電所などがサイバー攻撃を受けても、自衛隊は何も対応できず、襲ってきているのが誰なのかを判別する術もない。事実、自衛隊のサイバー部隊は自衛隊しか守れない。だが敵は弱いところを狙ってくる。サイバー戦というとサイバー空間だけの戦いと思われるが、実は物理的なインフラへのサイバー攻撃も懸念すべき事案だ。我が国には十数箇所のインターネットのアクセスポイント、また同じく海底ケーブル揚陸所がある。揚陸所で大きいのは三重県と千葉県の二箇所だが、ご丁寧に「地下に重要なケーブルが埋設されています」と看板まで出している。これらが攻撃され機能を停止すれば、ネットは止まる。そうなれば銀行や証券の決済や送金などは出せなくなる。当然国民の経済と生活は大混乱となる。
――時代に合わせて、自衛隊の任務内容も変えていかなければならない…。
清谷 組織の組み換えも必要だ。今の時代、我が国に対して連隊単位の地上部隊を用いて揚陸作戦を行う能力と意図を持つ国はない。唯一の例外は同盟国の米軍だけだ。そう考えると、政府は陸上自衛隊で保有している戦車や火砲を現在の3分の1程度に減らして、その分の予算や人員をサイバーやネットワーク関連に振り向けるべきだ。例えば人工衛星を撃ち落とされるとGPS誘導の機器も使えなくなるといったことも想定した上で、冗長性を確保し、将来の環境変化を見越して限られた防衛予算を何に使うのか、優先順位を決めなくてはならない。残念ながら、日本で軍事や外交はあまり選挙票につながらないという理由から、そういったことに興味のある政治家が少なく、興味があっても実態を知らずに防衛費だけ増やせと叫んでいる政治家が多い。出来もしないのに防衛費を2倍に増やすなどとホラを吹くよりも、既存の予算の組み換えと効率化を図る事を考えるべきだ。今の政治は完全に当事者能力を失っている。
――問題山積なのに日本の防衛システムは旧態依然のままだ。その原因は…。
清谷 防衛問題での癌は、実は記者クラブだ。防衛に限らず役所の取材機会から他の媒体やフリーランスを排除して密室で当局と馴れ合い癒着している。これは報道のアパルトへイトであり、民主国家ではありえない話だ。癒着の端的な例が防衛予算だ。例えば、第二次安倍政権以来、概算要求の中に「事項要求」という個別政策の予算要求額を明示しない項目ができたが、概ね3000億円というこの事項要求の予算額を入れない数字を、新聞やテレビなどでは「総額」と発表している。また年末に発表される政府予算案と、当年の補正予算案は事実上一体化している。補正予算は本来想定していなかった支出を手当するものだが、防衛省はこれで、本来本予算で調達すべき装備などを要求している。昨年のこのような「お買い物予算」は約3900億円だ。そうすると本年度の防衛予算5兆3422億円は、事実上は実質5兆7289億円となる。記者クラブメディアはこのようなカラクリも説明しない。つまり記者クラブは政府、防衛省とグルになって世論操作のために概算要求金額を過小に見せかけている。
――記者クラブと防衛省の癒着によって、真実が世の中に届かない…。
清谷 医療問題であれば医者が、法律問題であれば弁護士が発言するし、政治家も彼らから話を聞く機会も多い。しかし、防衛に関しては専門家が少ないため、そのようなセカンドオピニオンが政治家にも国民にも届かない。国防部会の先生方すら、例えば戦車を何両、いつまでに戦力化し、総予算がいくらなのか知らない。にもかかわらず予算を通す。文民統制は機能していない。また日本政府は防衛予算を米国のご機嫌取りのための外交費として使っている。そして、それが長年続いている為、関係者にはおかしいと思う感覚すらなくなっている。米国から物凄い高値で購入したイージス・アショアも、本当に自衛隊に必要な装備なのか、本当に適正な値段なのかを全く考えずに、米国の歓心を買うためだけに購入された。そもそもイージス艦がレーダーを作動させられるのは法規制のために50海里外洋にでてからだ。それを内陸に置いて良いはずがない。やるならば法改正が必要だ。だが国内の世論や地元の受け入れ態勢が整わないのに「お手付き」でSPY7レーダーを発注した。これを今度は無理やり艦載化しようとしている。だが海自は次期イージス艦では米海軍と同じSPY6を採用するだろう。そうなれば2種類のシステムが混在して訓練も兵站も混乱する。またSPY7は他にユーザーがいないために将来まともにアップデートされない、されても極めて高額の開発費を我が国が支払う可能性が高い。使い捨てになる可能性は少なくない。
――コロナ禍では、自衛隊がワクチン接種などで重要な役割を果たしているが…。
清谷 自衛隊病院の中でエクモを使って高度なコロナ対応が出来るのは、自衛隊中央病院と防衛医大の2つだけだ。その他の自衛隊病院には充実した設備もなく、医官の質も数も低い。護衛艦には海外派遣者以外、医官は一人も乗っていない。最近は少子高齢化の中で、自衛官を目指す人が少なくなってきており、またせっかく入隊しても、いじめや嫌がらせにストレスを感じて、辞めていく人も多い。せっかく採用した人材を辞めないように工夫することも、今後の自衛隊の重要な課題となろう。リクルートも素人の自衛官がやるのではなく専門家に任せるべきで、また、任期制自衛官が任期を終えた後の転職についても、もう少し手厚いサポートが必要なのではないか。退職した人たちや身体や精神に障害を持つ人たちを無人戦闘機のオペレーターとして活用していく人材活用の工夫も必要だろう。
――日本の防衛で強化すべき事は…。
清谷 自衛隊を縛る法律はあまりにも多い。それを変更すべきだ。小泉内閣ではいざという時の有事法と国民保護法が成立してかなり前進したが、その後の政権では強化されることはなく、多くの自衛隊装備は法的には演習でしか使えないのが現実だ。しかし、例えば道路法の規制には「在日米軍は除く」と書いてある。そこに「自衛隊も」と一言加えることさえ防衛省はやらない。法的な問題に対する政治家の無関心も大きい。特に保守系の政治家は憲法改正さえすれば全てが解決するかのような粗末な議論をするが、憲法を変えても自衛隊を縛る医師法や道交法などの法律を変えない限り問題は解決しない。問題は政治や防衛省にこのような手足を縛るような法律を改正しようという気がないことだ。
――強権発動出来るような仕組みがあったとして、その時の補償は…。
清谷 例えばドイツでは戦車が演習として個人の畑地を通った場合、その家には補償があった。いざという時の補償とセットで強制力を持った法律を持つ事は必要だ。今回のコロナ禍も我が国が緊急避難的に憲法で保証された自由や私権を制限するような規制はできなかった。これは現行憲法の大きな問題だが、これが殆ど議論すらされなかった。戦争になっても同じことが起きるだろう。戦時や非常時を想定してどのようなことを国民に強制できるのか、その補償はどうするのかを法律として明文化してこそ法治国家だ。その意味では我が国は法治国家ではない。(了)