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「中国からの静かな撤退が賢明」

鴻池組 名誉会長
関西経済同友会 安全保障委員会 委員長
鴻池 一季 氏

――関西経済同友会には安全保障委員会が常設されている…。

 鴻池 関西経済同友会の安全保障委員会は、1978年に当時の代表幹事であったダイキンの山田稔氏が、ヨーロッパに安全保障に関する調査団を出し、日本の安全保障を考えることが非常に重要だと痛感したことを起点にスタートした。設立当時の世論は、防衛や自衛隊などに対してアレルギーが色濃く残っており、ベトナム戦争の時も多くの日本人は遠くの国の出来事だと思っていた。しかし、近年では北朝鮮のミサイルや拉致問題が表面化しており、非常に危険な国がわが国の目の前に存在してきている。さらに中国が経済発展を遂げ、覇権主義が大きくなり、香港の弾圧など一国二制度をないがしろにして国際的な公約を自ら破っている。台湾についても中国の核心的利益で必ず併合しなければならないという意識を持っており、遠からず台湾侵攻に踏み切る可能性がある。このように経済と軍事のバランスが崩れつつあるなかで、日本経済は隣国である中国の影響を大きく受けるため、わが国がどのような対応を取っていくべきかについては、経済界としても調査研究をしなければならない。関西経済同友会には幅広い産業分野に属する会員がおり、中国に対する考え方もまちまちだが、思想や主義で決めるのではなく、経済団体として社会の諸課題について調査研究や提言を行っていくことが不可欠だ。

――5月にまとめられた安全保障に関する提言のポイントは…。

 鴻池 提言は、①日米同盟強化のための日米地位協定の見直し、②同盟国やQuadをはじめとした関係諸国との連携強化、③経済安全保障、④サイバーセキュリティ強化――の4つから構成される。まず、日米同盟が日本の安全保障の根幹であるという前提のもと、それをさらに強固なものにしていく必要がある。特に基地問題などで沖縄県に負担が集中し、県民感情がネガティブになっており、早急に改善すべきだ。日米地位協定の見直しでは、わが国の国内法適用や十分な情報開示などを求めるべきで、日米同盟や日米地位協定について国民が自由に話し合える環境を整えることも必要だ。次にQuadのようなある程度緩やかな共同体によって、安全保障上の地位を固めていくことが必要だ。Quadは「自由で開かれたインド太平洋戦略」を象徴するもので、軍事や安全保障にとどまらない多角的で重層的な関係強化をすべきだ。QuadはNATO(北大西洋条約機構)のような軍事的な組織を目指すべきとは考えていない。NATOは集団的安全保障の枠組みで組成されており、日米において軍事的な役割分担は非対称と取り決められているなかで、日本が軍事組織のなかでできることは極めて少ない。

――経済安保については…。

 鴻池 経済の安全保障の観点から産業界の垣根を超えた全日本的な協力体制の構築を求める。新型コロナではサプライチェーンが分断された。過去には尖閣諸島沖で中国漁船衝突事件が起きた際、レアアースを「人質」に取られたこともあった。一方で、日本国内でも、個人や企業が知らず知らずのうちに日本の国家安全保障に反するような活動をしていることも起こり得る。ある企業は、意図せず北朝鮮でミサイルの開発に使われるような技術を開発しているとして起訴されてしまった。結局誤認逮捕だったものの、そういう問題が現実に起こっている。また日本では、国連による制裁決議履行のための法律が整備されていない。たとえ日本企業が中国や北朝鮮に先端技術を輸出していたとしても、きっちりと把握し防いでいくことは難しい。最後に、サイバーセキュリティの強靭化も必要だ。日本に向けて1日当たり13億回のサイバー攻撃が行われているという。日本の法制度ではこれに対する十分な対応ができない。国家レベルのサイバー攻撃に対し、民間企業では太刀打ちができず、国全体の安全保障を脅かす大規模なサイバー攻撃や重要インフラ施設へのサイバー攻撃に対抗する国家体制は責任の所在も含め、不明確だ。

――中国は「日中友好」といって日本に近付いてきた30年以上前と比べ変貌した…。

 鴻池 当時の日中友好を知っている世代は、覇権主義を前面に出してきた今の中国の価値観の変化に驚いたが、しかし中国共産党はもともと羊の皮を着た狼のようなものだ。世界が中国共産党の本質を見抜けなかったということだ。米中国交正常化当時は、ロシアが軍事大国であり、中国を味方に取り込んでロシアに対抗したが、今やポンペオ国務長官がニクソン大統領の記念図書館の前でわれわれは誤っていたと述べている。中国はその経済発展を背景に軍事力を大幅に増強しており、それが最近の覇権主義を支えている。また、これまで一党独裁だったのが国家主席個人の独裁に変わり、悪名高き文化大革命の再来だとも言われている。そうした体制を今後も続けるのであれば、中国内外の反発が懸念される。

――ASEANやインドに進出先を変えた企業も多いが、日本企業はどうすべきか…。

 鴻池 日本政府も経済界も、中国にかなり深く関係を持っているため、ジレンマがある。中国に投資を行っている企業が今から路線を変更することは現実問題としてかなり難しい。日本企業の中国大陸に対する投資の累計は100兆円規模と巨大で、その資本をすべて引き上げるということは今やできない。つまり、これは100兆円規模の資産を人質に取られていることと同義だ。日本企業は、静かに、かつ徐々に中国から逃げていくことが賢明だ。やむを得ない状況に追い込まれれば別だが、企業から中国に対し何かを表明することは良くない。ただ、現地の日本メーカーは難しい選択を迫られている。早い段階で進出したところは資本の償却が進んでいるが、後に進出したまだ償却が済んでいないメーカーは苦しんでいる。日本企業は今まで、いろいろな形で中国へ進出してきた。初期は安い労働力を利用した製造工場として利用していたが、近年では、品質管理を行うことで優れた製品を製造することができるようになり、日本への逆輸入や現地での販売といった選択肢が増えてきた。さらに中国経済が進歩するにつれて中国現地で販売することを重視する販売市場としての考え方も伸びてきた。しかし、日本企業には中国による技術移転の強要という問題が大きくなってきている。例えば、新幹線メーカーは、日本の製造技術や運航のノウハウを提供しないなら契約をしないと、国絡みで脅しを受けたという。さらに、最初はコスト面から時速200キロメートルの制限速度で製造していたが、途中から時速300キロメートルにするように要求されたと聞く。利用する技術が全く違うし、品質保証もできないと、かたくなにそれを断ったが、日本では考えられないことを強要してくるということがある。中国は日本の技術にも関わらず、それを中国独自の技術だと言って米国に売ることさえあると知る必要がある。

――一方で、米国が衰退しつつあることも懸念材料だ…。

 鴻池 米国の心配をするより日本の心配をした方が良いと思うが、AIなど情報産業は米国がリーダーシップを持っている。経済の主導の仕方が日本とは異なり、米国は全くのフリーハンドで、成長するところをどんどん成長させている。半面、中国は他国や個人の知識や財産を奪い、国の経済成長につなげるというアプローチを取っている。これがどこまで成功するのか。自由がないとクリエイティブな活動ができず、自ずと限界が出てくるだろう。さらに、社会主義・共産主義という価値観は人間の本質とは異なり、世界に受け入れられない。中国はもともと民主主義を経験していない国で、権力者にとってはありがたい。自由という発想がなく、例えばジャック・マー氏など、出る杭は打たれるといった様相だ。中国に対する警戒感が世界中に生まれ、付き合い方を変える国が増えている。中国国内の体制は今のままでもやむを得ないかもしれないが、中国が大国になればなるほど地球社会の一員として世界のルールに従うことが求められる。日本政府や日本人は、自由と平等といった世界的な共通の価値観に歩み寄ることを中国に迫るべきだ。周近平主席は「中国の外交は世界から愛される外交を目指す」と言っていたが、そのためには世界から愛される振る舞いをしなければならない。(了)

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