金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

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「日本はルール作り貢献の好機」

国際貿易投資研究所
理事長
日下 一正 氏

――国際貿易投資研究所(ITI)の新理事長となられた…。

 日下 ITIは、水上達三さんの強いリーダーシップの下に日本貿易会に創られた研究所を前身とし、1989年に旧通産省の協力によりジェトロから調査機能の支援を得て、新たに独立した研究所として発足した。産官学を通じた公共の利益のため、学術研究や国際ビジネスに資する様々なテーマに果敢に取り組んでいる。日々刻々と変化する国際情勢を読み解き、我が国を取り巻く世界経済の行方を適確に見極めることは極めて難解な作業だが、企業活動の存続にとっては、内外での活動が直面する様々なリスクの構造を理解し備えることが求められる。私どもの発行する隔月誌「世界経済評論」は、現実の課題の解決策を探求する学識経験者や政策立案者、実業の皆様に広く活用されてきている。いま特に、経済のみならず安全保障・地政学を含めた国際政治や社会文化、先端技術への深い造詣、特に実業を通じた経験など、まさに縦割りを超えて「全体像」を把握しようと心掛けている。これまでもFTAがどう使われ、経済の実態にどう影響を及ぼしているかの調査や中国とどう付き合っていくかの分析などには、実績が有る。

――ご自身のご経歴は…。

 日下 私は旧通商産業省の出身で、「貿易・投資など対外関係」と「エネルギーと環境の分野」を中心に仕事をしてきた。ITIに就任する前は国際経済交流財団(JEF)の会長として、日本の考え方や実態を海外に発信していくために、諸外国の産・官・学との意見交換の場を提供するなど、外国との相互理解を増進するための事業に取り組んでいた。ITIもJEFも私のこれまでの経験が生かせる分野だ。背景となるのは、通産省で自動車課や米州大洋州課の補佐をしていた時の経験だ。1978年頃から日米自動車摩擦と対米交渉があり、米国の通信社、新聞テレビなどで報道される内容が日本側からみれば今で言う「フェイクニュース」だと思っても、国際的な通信社を持たない日本としては、いわゆる誤報による被害が政治、ビジネスで現実のものとなることを経験した。所謂風評被害のようなものだが、そこから、日本も対外発信力と常日頃からのオピニオンリーダー間の交流を強める必要があると考えた。その取り掛かりがJEFだ。JEFでは、ジャパン・スポットライトという英文電子ジャーナルを隔月発行し、米ブルッキングス研究所、英チャタムハウスや独外交評議会などと共同で毎年シンポジウムを開くなど、いま直面している共通の課題にどう取り組むか意見交換してきた。

――コロナ禍によって、貿易の世界で今起こっていることは…。

 日下 今回のパンデミックも、かつての物の貿易からヒトの往来によって支えられるサービス貿易と直接投資が進んだことにより、従来の経験を超えるスピードでの感染が起こっており、ヒトの移動への反発が目立っている。ウルグアイ・ラウンドによるGATT協定で「サービス取引」が新たに加わったことで、グローバリゼーションが深化し、プロスポーツ選手や芸術家などの海外活動や、海外旅行による消費行動、或いは海外直接投資といった、人の往来によって成り立つ貿易が徐々に増加してきたが、今の新型コロナの感染拡大で、そこにブレーキがかかっている状態だ。これを立て直していくためにどうしていくかが問われている。そもそも、人間とはコミュニティの中で繋がっている事でその存在を認識する生き物だ。顔と顔を向き合わせて話をすることで、良いアイデアや建設的な答えが生まれることが多々ある。人と人との接触で化学反応を起こし、話が発達していくという事は、ビジネスの世界だけでなく政治の世界も同じだ。

――コロナ禍では顔を突き合わせて話をすることが難しいうえに、米中対立が続く中で、日本が取るべき立場は…。

 日下 新型コロナによって、もともと起こっていた構造変化が加速した部分と、違う方向に激しい力が加わった部分とがある。政治にしてもビジネスにしても、ここをしっかり見極めることが競争に勝ち残れるかどうかのポイントとなろう。国際貿易という面でも、「アメリカ・ファースト病」で入院中の米国抜きで、アジアを率いTPPをスタートさせ、中国も含むRCEPもまとめ上げるなど、日本の手腕は高く評価される。米国を発足時メンバーとし第3回会合で中国・台湾・香港の加盟を得たAPECの知恵に象徴されるようにアジアの安定と繁栄にとって、米国と中国は必須のプレーヤーだ。今後も米国を代表する西側諸国と中国とのテクノ冷戦が長期に亘ると見られるが、中国と隣接し、安全保障、経済ともに最大のステークを持つ日本が、長い歴史に裏打ちされた知見を活かし、グローバルな戦い方のルールを決めることに貢献していく絶好の機会であろう。

――戦い方のルールとは…。

 日下 長期にわたる冷戦では、かつてのココム規制のように競い合い戦う分野と、民間として平時のビジネスが安心して出来る分野をしっかりと決める事が重要になってくる。国際的にも、また中国自身としても、後出しでルール変更がなされないよう透明性を持った戦い方のルールを最初から決めておくことも重要だ。資本というものは臆病なものだ。高リスクで予見可能性が低いとなると、投資の手が遠のきグローバルに過少投資となってしまう。そうすると発展途上国は経済が回らなくなり、SDGsの達成など夢のまた夢になる。いずれにしても、アジアの国々はアヘン戦争前の超大国中国と長年付き合ってきており、知恵も有る。この点、日本に必要と思われることは、分野ごとの学際を超えたリスク対応だ。専門家レベルである必要はないが、特に地政学や安全保障といった問題については、それぞれのリスクの構造が今どうなっているのかを見渡せる程度の理解力が今後の政治やビジネスには欠かせない。裏を返せば、専門家がそれぞれに分断されていては、政治でもビジネスでも的確な決断は下せないということだ。

――欧米などでは、既にウィズコロナとしての経済活動が始まっている。日本が取り残されないために今後やるべきことは…。

 日下 米国の国内線エアラインは業績も元に戻ってきている。観光客も復活しているが、主体はビジネス客だ。つまり、コロナで委縮しているのでなく、face to faceのビジネスが再開し、化学反応が起き、新しいビジネス展開に繋がってきている。漸く、日本でも長期に亘った緊急事態宣言が解除されたが、日本国内のプレーヤーの中で心理的後遺症や自粛圧力が残って、ビジネスも政治も「鎖国」或いは国内でも「藩」ごとの引きこもりを続けると、グローバルには直ぐに2~3年遅れに引き離される。商社を始めとする創意とエネルギーに溢れた日本の企業群が「冬眠」から目覚め、蓄えたエネルギーを爆発させてくれることを願っている。(了)

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