中外製薬
代表取締役社長
奥田 修 氏
――御社が目指すESGにおける世界のロールモデルとは…。
奥田 今年2月に新成長戦略「TOP I 2030」を発表した。そこで、目指すべき要素の一つとして掲げたのが、「社会課題解決をリードする企業として世界のロールモデルになる事」だ。我々のESGへの取り組みが世界から評価されて、他社からモデルとしてもらえるような企業を目標としている。世界に通用する革新的な新薬を創ることで、社会と企業双方の持続的成長を実現させたい。我々のような研究開発型の製薬会社にとってESGは必須要素であり、言うまでもなく、病を患う方々やそのご家族を救うことは、社会課題解決への貢献だ。また、政府が2050年カーボンニュートラル宣言をする以前から、当社では2050年までの二酸化炭素排出ゼロ目標を掲げており、2030年までに2019年比60~75%削減することを目指してその取り組みを進めている。地球温暖化防止となる気候変動対策の他、廃棄物ゼロエミッションを実現させるための循環型資源利用や、生物多様性を保全するための有害化学物質削減への取り組みも強化している。環境問題は我々が事業を行う上でのベースとなるものであり、「世界の医療と人々の健康に貢献する」というミッションを実現するためにその配慮は当然欠かせない。さらに、ガバナンスについてもかなり注力し、全社のリスクマネジメントにも真剣に取り組んでいる。そういう事がすべて揃って初めて、革新的な医薬品を提供する製薬会社として世界に貢献できると認識している。
――注力している創薬について…。
奥田 新薬の創製には10年~15年かかるのが通常で、その道筋には山あり谷ありだ。だからこそ、そのプロセスをしっかり作り上げていくことが何よりも重要になってくる。成功確率を上げるためには研究開発に相応の資源を注ぐ必要があり、計画が順調に進むように色々な手当てを行っている。当社創製による最新の薬は「エンスプリング」という視神経脊髄炎スペクトラム障害の薬だ。創薬の方向性としては、あらかじめ特定の疾患領域を狙うやり方はしていない。創薬や製薬は薬の分子を作り出す技術が重要であり、当社はその技術力に長けているという強みを生かして、テクノロジーと病気の原因になる標的を組み合わせることによって新たなものを生み出す、いわゆる「技術ドリブン」の創薬を続けている。今、注力しているのは中分子医薬品で、今年中には臨床試験が行われる予定だ。当社が取り組む中分子は、低分子医薬品の利点である経口投与が可能で、かつ高分子医薬品である抗体医薬の利点である高い標的特異性を備えることを目指す。
――今年7月19日に抗体カクテル療法「ロナプリーブ点滴静注セット」の特許承認を取得された。抗体カクテルの将来性について…。
奥田 ロナプリーブは、新型コロナウィルス感染症(COVID-19)による重症化リスクや死亡リスクを70%減少させるもので、医療体制のひっ迫を抑えるためにも社会に貢献できる。こういった緊急事態下において、ロナプリーブの供給量は世界的に限定されている為、中外製薬が日本政府と契約を結び、政府側がロナプリーブを買い上げ、それを無償で医療機関に提供するというスキームになっている。ロナプリーブの利用は、今のところ軽症・中等症の酸素投与を必要としていない患者を対象としているが、今後は、予防のための利用も出来るよう承認申請の準備を進めている。発売して3カ月が過ぎ、供給は順調に進んでいるが、COVID-19の流行状況の見通しは難しく、新たな変異株も次々に現れてきている。ワクチンはすでに色々なものが開発されており、治療薬として経口薬も開発されている。今後も色々な病態に合わせた薬が必要になってくるだろう。
――御社の創薬力への期待がますます高まっている…。
奥田 米国FDA(米国の食品医薬品局)にブレイクスルー・セラピー制度というものがある。重篤な疾患に対する治療薬の開発と審査の迅速化を目的とするもので、当社は自社創製品に対し9回にわたり同指定を頂いている。これは日本で一番多い数と理解しており、医療に貢献をしていると認めてもらっている証だ。今まさに、世界で中外製薬の創薬力と存在意義が認められてきているように感じている。
――ロシュ社との関係は…。
奥田 ロシュ社と戦略的アライアンスを開始したのは2002年だ。現在、ロシュ社が中外製薬の株式の約60%を保有しているが、中外製薬が上場を維持して独立経営を貫くという契約のもと、ユニークなビジネスモデルが成立している。当社としてはロシュ社製品の国内独占開発・販売やロシュ社のネットワークを通じた自社製品のグローバル展開が可能になる。そこから得られる安定的な収益や、グローバル展開をロシュに任せることで確保した経営資源を新薬の研究開発に投資している。ロシュ社にとっても革新性の高い当社の創薬品をグローバル市場で販売することが出来る。こういったwin-winの関係が20年近く続いており、今後もこの良好な関係を、新薬開発のためのコラボレーションやデジタル分野での協力といった形で、更に強化させ、シナジー効果を高めていきたいと考えている。継続的に新しい薬が世に出されれば、それが収益となり持続的成長につながっていく。
――コロナ禍対応を含め、薬事行政について日本政府への提言や注文は…。
奥田 今、新型コロナウィルスによって世界中が混乱しており、そういった中で当社は抗体カクテル療法や開発中の経口治療薬候補品をロシュから導入し、国内で開発・展開している。政府からの薬剤開発に対する補助金制度や、医薬品審査の柔軟な対応など、当局からの支援も大きく、非常に感謝している。ただ、特例承認制度は、医薬品やワクチンが海外ですでに使用されている事を前提とした制度であり、まだどの国でも承認されていない薬剤やワクチンを、日本が海外に先んじて開発していく上では課題があるというのが実状だ。米国などを見ていると、こういったパンデミックが起きる前から、先端技術を開発しているようなバイオベンチャーに支援団体やファンドがついていたり、感染症研究については国からの色々なサポートがある。そういった部分が日本ではまだ機能していない。世界の中で薬を創れる国はそんなに多くない。米国、英国、スイス、そして日本もその数少ない国の一つであることを考えると、将来に向け、日本のアカデミアの優れた基礎研究や製薬会社の技術力が革新的新薬につながるよう、産学官連携やイノベーションへの支援を強化してもよいのではないか。世の中のためになる新薬を待ち望んでいる患者さんに一刻も早く届けたいという思いは政府も我々も同じだ。
――最後に、社長としての抱負を…。
奥田 ロシュ社との戦略的アライアンスを決断した永山名誉会長、そして、革新的創薬において日本を代表するような企業に育て上げた小坂会長、その二人からバトンを受け継ぎ、この中外製薬を任せられた事は、非常に光栄な事であると同時に重責でもあり、身の引き締まる思いだ。ただ、私のやる事は明確で、ヘルスケア産業のトップイノベーターになることだ。新しい治療を求める患者さんに満足してもらえるように、新たな革新的な医薬品を作り出していくことに尽きる。新薬開発には時間がかかるものだが、短期的にも中期的にも長期的にも期待に応えられるような成長戦略を掲げ、それを着実に実行して期待に応えたい。(了)