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「米中対立下で経済を活性化」

評論家
元拓殖大学大学院 客員教授
江崎 道朗 氏

――自由貿易が進展する一方で、安全保障の観点から貿易に制限を加える経済安全保障の議論が生まれている…。

 江崎 世界中で自由貿易ができるようになったのは、1995年、GATT(関税および貿易に関する一般協定)ウルグアイ・ラウンドを経てWTO(世界貿易機関)ができてからのことだ。ほんの25年ほど前までは世界的な自由貿易は行われていなかった。第2次世界大戦前のブロック経済の反省から1947年にGATTが制定され、米国主導で自由貿易の議論が進められた。ただ、1949年には共産圏に対してCOCOM(対共産圏輸出統制委員会)が作られ、東西の間では貿易は制限されていた。1991年にソ連が崩壊し、東側陣営が民主主義を目指すようになったことを受けて、国際的な自由貿易体制構築を目指してWTOが作られた。社会主義を掲げている中国がこのWTOに加盟したのは2001年のことで、わずか20年前のことだ。残念ながら中国はWTOで合意している自由貿易のルールを守らないどころか、逆にWTOのルールにただ乗りして国際的な自由貿易のルールをゆがめている。この状況を改善するために中国との関係を見直すべきだというのが、2017年1月に発足した米国のトランプ共和党政権の考えであり、現在の経済安全保障論議の背景だ。

――グローバル化を進めてきたが、今は中ロによって曲がり角にある…。

 江崎 日本でも例えば、関西の経済界は中国との付き合いが深いが、深いからこそ中国の不公正な貿易慣行に対して頭を悩ませている。具体的には、知的財産権の侵害、強制技術移転、中国共産党員による経営への介入(会社法)、そして中国政府による諜報活動への協力義務をうたった国家情報法の制定などが現実問題として浮上している。

――その結果として、米中のデカップリングが進んでいる…。

 江崎 中国の不公正な貿易慣行を是正するため、トランプ前政権は中国に対して制裁関税を課したことから、米中デカップリング(分離)が進んでいると言われている。だが、デカップリングの方向に進んでいるのはむしろ中国の方だ。習近平政権は2020年に「国内循環」を主体としつつ国内・国際の2つの循環が相互に促進するという「双循環」戦略を打ち出していて、自由主義陣営への依存を減らす方向にシフトしている。このため、中国プラス一帯一路の国々で、中国主導の貿易ルールによる経済圏を作り出そうとしているのではないかという疑念を持たれている。マスメディアでは、あたかも米国が中国を排除しようとしているかのように報じているが、実態は逆だ。日本や米国はこれまで中国に多くの投資をしてきたが、その投資分を回収、または撤退できるように、外資持ち出し規制の改善を要求している。特にトランプ前政権は中国に制裁関税を課したため中国側も譲歩し、2020年1月、米国と中国は経済貿易協定の第1段階に署名した。この協定では、中国でのビジネスの条件として中国が外国企業に技術移転を強要したり、圧力を掛けたりすることを禁止し、中国における知的財産権の保護と執行をすべての主要分野で強化することになった。だが、バイデン政権に変わった今、この経済貿易協定交渉は進展していない。そこでバイデン政権になると、日米豪の3カ国主導でグローバルなサプライチェーンを再編すべく、生産拠点を中国から米国や東南アジアなどへ移し、中国への依存度を減らそうとしている。また、民主党の支持母体が労働組合であることもあってバイデン政権は労働者第一政策を掲げ、グリーン・ニューディール(いわゆる気候変動)などのインフラ投資を増やすことで国内の雇用を拡大しようとしている。

――このほかにもロシアも脅威となってきている…。

 江崎 ロシアは2014年にクリミアを併合するなど、拡張主義的な対外政策を強めてきている。米国は2001年の同時多発テロ事件以降、「テロとの戦い」、つまりイスラム過激派のテロ組織との戦いを最優先にしてきたが、トランプ前政権は国家安全保障戦略を変更し、中国とロシアの方が脅威であると判断した。アフガニスタンからの撤退もこの戦略変更に基づいている。バイデン民主党政権も今年3月3日、「暫定国家安全保障指針」を公表し、引き続き中国とロシアとの競争こそが一番の脅威であると明記している。

――オバマ・バイデン「民主党」政権は中国に対して宥和的な印象がある…。

 江崎 軍事的に言えばオバマ政権はかなり中国に対して宥和的であったし、オバマ政権の副大統領であったバイデン現大統領も中国に対しては宥和的になるのではないかと懸念されている。ただし米国は民主主義の国で、民主党が選挙に勝つためには雇用を拡大しなければならない。中国が知的財産の侵害や、人権や環境を無視した生産活動などによって不当に安い値段で世界のマーケットを奪ってきたことが、トランプ前政権の時代にかなり知られるようになった。そして中国のこうした不正を是正することは、米国の労働者にとっても利益だという合意が生まれている。対する中国側は、自らの不公正な貿易慣行を改善するつもりはないようだ。よって米中の対立は続いていくと見るべきだろう。

――日本はどうするべきか…。

 江崎 大局としては、欧米と連携して自由貿易のルールを尊重する国際秩序を維持・発展させていくことが極めて重要だ。第二次安倍政権以降は自由で開かれたインド太平洋構想を掲げて米国やオーストラリア、インド、アセアン諸国と連携を強化しているが、こうした対外戦略をさらに推進することだ。知的財産の保護や技術流出防止のための国際ルールの構築、具体的にはWTO改革も必要だ。一方、米中対立が続くことを前提に、日本経済をいかに活性化するのか、民間企業の視点に立った政策が望まれる。日本が行うべきことは4つある。まず日本の製造拠点が中国に進出してしまった要因の1つが、円高により輸出産業が圧迫されたことだ。円高はつまり日銀による金融政策のミスだ。第二次安倍政権のもと日銀による金融緩和が始まったが、これを継続することが重要だ。2つ目は、減税政策だ。トランプ前政権は、法人税を35%から21%に下げ、設備投資の拡大を促した。米企業が中国に進出したのは米国の高い法人税を避けたためでもあり、企業を米国に引き戻し、国内投資を増やすためには法人税減税が必要だと考えたためだ。一方、日本は法人税率が低いと思われるかもしれないが、雇用の流動性が低いうえに社会保険料が高いため、企業の負担が大きい。3つ目は、エネルギーに掛かるコストの問題だ。既に米国ではトランプ前政権の際にシェールガス・シェールオイルを含めた環境規制を緩和してエネルギー・コストを下げようとした。日本は電気代などが高く、製造コストを下げる対策が必要だ。4つ目に、規制コストの削減だ。トランプ前政権は規制を1つ増やすなら2つ廃止する「2対1ルール」を作った。一方の日本はと言えば、規制が増え続けている。総務省行政評価局によると、2002年に1万621個であった規制(許認可等)の根拠条項数は2017年には1万5475個と、実に1.5倍も増えている。長引くデフレに加えて、こうした規制の多さ、わずらわしさなどもあって国内の設備投資は伸び悩み、日本企業の多くが輸出などで稼いでもその利益をため込むばかりだ。

――日本は企業に対する規制があまりにも多い…。

 江崎 自民党・新国際秩序創造戦略本部(下村博文本部長、甘利明座長)が2020年12月、「『経済安全保障戦略策定』に向けて」と題する提言をまとめているが、その対策は新規の規制増加と、技術開発に対する補助金の拡大がメインだ。なぜ日本の企業が中国に行かざるを得なかったのか、日本経済がなぜ伸び悩んでいるのか、肝心の分析が不足している。例えば、日本自動車工業会会長でもあるトヨタの豊田章男社長は、消費税増税をやめてくれと何度も言ってきた。消費税を上げる度に国内で自動車が売れなくなり、中国市場を重視せざるを得ないようになった。ある意味、トヨタを中国に追いやったのは日本の消費税増税だとも言えるのだ。しかも日本政府は、軽自動車の税金も増やした。米中対立の狭間で地政学リスクが高まっているなか、経済的な対中依存を低減させようと思うならば、日本政府も金融緩和を維持しつつ、規制緩和と減税を進めて個人消費の拡大と国内経済の活性化を目指すべきだ。(了)

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