日本証券業協会
会長
森田 敏夫 氏
――7月に就任され、会長としての問題意識は…。
森田 まず、今の環境を考えると、マーケット環境は決して悪くなく、貯蓄から資産形成への動きも、本格的ではないが新しい芽のようなものが育ち始めている。良い環境で登板させてもらったと考えているので、しっかり取り組みたい。問題意識として持っていることは4つあり、それぞれ社会課題として明確になってきている。1つ目はSDGsだ。特にカーボンニュートラルの動きは急速に盛り上がっている。力を入れて取り組んでいきたい。2つ目はDX(デジタルトランスフォーメーション)だ。これらはこのコロナ禍で明確になってきた課題だ。さらに、長年課題となっていて、引き続き取り組んでいかなければならない課題が、国民の資産形成の支援と高齢化社会における金融サービスのあり方だ。
――SDGsについて証券市場として何を取り組んでいくか…。
森田 とりわけカーボンニュートラルは投資金額が大きく、直接金融が大きな役割を持つ。まずはそういうものが機能するような枠組み作りをしなくてはならない。カーボンニュートラルはあまりにも急に盛り上がってきたので、制度や仕組みが追いついていない。証券業界の仕事は発行会社と投資家を結びつけることだが、発行会社のこれに関する情報開示がばらばらで、投資家の目から見ると比較することが難しいため、整備をしていく必要がある。この分野はこれからもっと盛り上がると考えられ、より整備が立ち後れるものが出るだろう。また、この分野はグローバルで基準が決まっていくので、言うべきことを言っていく必要がある。今後どのような動きに発展していくかは情勢によって変わっていくため、例えば日本ではカーボンプライスの議論はあまりされていないが、これから議論が活発になっていく可能性もある。
――デジタル化はどう影響するか…。
森田 コロナで在宅勤務が一気に進み、ウェブでのミーティングが当たり前で、顧客とのミーティングでもウェブで行うようになってきている。DXをもう少し後押しすれば、もっとスムーズに物事が流れていく可能性がある。そういう意味では、顧客との証憑(しょうひょう)などの書類をデジタルにシフトしていくのは大切だ。これは顧客だけでなく、監督官庁や税務当局などとのやり取りもデジタル化していけば、顧客の利便性向上と同時に証券会社の業務効率化が進んでいく。このほかにも、在宅勤務やウェブ会議が当たり前になるに連れて、労務問題や評価、コミュニケーションの取り方が変わっていくため、関連した研修なども当協会として行わなければならない。また、マイナンバーは特に証券会社が普及に力を入れてきており、もっとマイナンバーを利用して何かできないかを、DXを推進する際には考えるべきだ。
――ネット証券と従来の総合証券とのバランスは…。
森田 証券会社は手数料でも動きがあり、棲み分けが進んでいる。証券会社とテクノロジーの融合には3つポイントがある。1つ目は証券会社が持つ取引データがものすごく豊富にあることを生かし、これをビッグデータとしてAIを利用して分析すること。2つ目は、ブロックチェーンなどが普及していくと、流動性がなかった商品に、流動性を付け、小口化が進むようになることだ。不動産への活用などがいい例であろう。3つ目は、顧客の利便性や証券業界の業務効率化にテクノロジーが使われるということだ。この3つがDXに対応した証券会社の動きとして出てくるだろう。
――国民の資産形成は長年の課題だ…。
森田 国民の資産形成の支援は、当協会の抱える最大の課題で、こだわりを持って取り組んでいる。顧客が業界の取り扱っている商品に対して、安心して中長期的に保持できる環境作りを行っていきたい。決して短期売買を否定しているわけではないが、新しい投資家を迎えるためには、長期間安心して保有できる仕組み作りは大切だ。NISAやつみたてNISA、iDeCo、DCなどの制度で長期間安心して保有してもらうことは重要なことだと思っている。これに関連して大切だと思っていることは金融リテラシーの向上だ。金融教育が中学校や高等学校での学習指導要綱の改訂で拡充され、中学校は今年度から、高校は来年度から実施される。すぐには変わらないと思うが期待している。金融リテラシーの情報提供は、当協会のほかにも証券各社、金融庁、東証、マスコミ各社などさまざまなところで行われているが、より一体となって取り組むことも大切だと思う。
――高齢化社会は拡大していく…。
森田 高齢化社会のなかでの金融サービスのあり方を考えなければならない。これは非常に難しい問題だが避けては通れないし、これからも資産は高齢者に集まってくる。大切なのは高齢者になったときに証券会社へのニーズはなくなるわけではなく、むしろ悩みは増えていくということだ。お金が続くかという悩みがあり、資産を持っている人は相続の問題が出てくる。そこに経営に携わっている人は事業承継の問題が加わる。金融機関にとって高齢者の問題は、認知力の低下と高齢者の資産形成に関する規制の増加で、少し足が遠のいている部分がある。高齢者への対応は少し特殊で、認知機能の問題にも個人差があり、専門家の人が判断しないと分からない。高齢者の事を理解できる専門家の育成が重要だ。証券会社によっては、自社ではない専門家との連携も必要かもしれない。もう1つのポイントは、高齢者の人が元気なうちに、次の世代との取り決めを行う枠組みをどう作るかということだ。高齢者に対応する枠組みは最初から煩雑に感じることが多くて、もっと簡単にできることもあるのではないかと思う。どうすれば一番効率よくできるのかということを含め研究したい。
――当局への今後の重点要望は…。
森田 証券会社の要望はこの9月に取りまとめることになっている。まず、以前から要望しているが、一体課税の範囲を拡大することで、デリバティブの損益通算の拡大を要望していきたい。また、有価証券の相続税の評価方法の見直しにも取り組みたい。さらに、税務関係の手続きについて見直しができないかということは考えていきたい。顧客から証券会社に書類を渡す手続きは見直しが進んでいるが、証券会社から税務署に出すときに、顧客からもらった書類をそのまま出せればよいのだが、現状手直しが必要だ。DXなどを活用し、もっとスムーズにデータで渡せれば効率的だ。加えて、NISAの利便性の向上や拡充は常に意識してやっていかなければならない。
――SPACの議論も始まっている…。
森田 SPAC(特別買収目的会社)によりIPOの選択肢が広がる可能性がある。ただし、SPACには3つクリアしないといけない問題がある。1つ目はスポンサーと投資家の利益相反が起こらないかということだ。2つ目は、スポンサーが空箱を上場させ、買収先を見つけたときに、適切な価格設定ができるかどうかが課題だ。3つ目は、投資家保護が機能するかということだ。SPACをめぐるこれらの課題は、アメリカでもSECが注視している項目だ。日本でも議論していく必要がある。また、非上場株式取引の整備も行わなければならないと思っていて、特定投資家私募制度の整備に向けて議論していきたい。ここでも投資家保護はよく考えなければならないが、3つ課題がある。まずは証券会社がちゃんと非上場のものを審査できるかどうか。そして投資家保護へ向けた整備ができるか。3つ目は非上場企業等の負担にも配慮した制度を設計することだ。現在、プライベートエクイティの規模が大きくなっており、ベンチャーを育てる意味でも大切だ。
――今後必要な取り組みは…。
森田 カーボンニュートラル、DX、国民の資産形成、高齢化対応の4つの問題意識に対応しようとすると、業界の人材の育成と国内外のステークホルダーとの連携が重要になる。人材の育成は各社で行うことでもあるが、当協会が中心になってやった方が効率が良いこともある。カーボンニュートラル1つとっても、基準は海外でできあがっていくため、海外の協会などステークホルダーとの連携が大切で、国内でも他の団体や関係省庁にも話を通さなければならないこともあるだろう。今までの枠組みを超えて連携を取っていく必要がある。(了)