金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

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「規制を廃し持続可能な大学に」

東北大学
総長
大野 英男 氏

――大学改革として大野総長が取り組まれている「成長する公共財」の概念とは…。

 大野 我々が提案する「成長する公共財」とは、国から配分される運営費交付金を基礎にしつつも、大学自身で様々な社会的役割を果たす取り組みを行い、正当な対価を得て資金を循環させ、社会発展に資する公共的部分を拡大し生み出していくというものだ。国立大学は、これまで成長できない仕組みの中におかれてきた。今から18年前の2003年に制定された国立大学法人法によって、財務諸表にあるように損益均衡が前提とされた。例えば、老朽化した施設等は国が更新することでスタートした。これを反映して実質的な減価償却や校舎建て替えのための積立もない制度となっている。一方で、この18年間に国の財政には余裕がなくなり、老朽化した校舎があってもそのままだ。大学が自力でなんとかしようと思っても、自力では更新できない制度だ。「成長する公共財」には、公共財としての機能を拡張していくことにより、社会からの信頼を得て、大学自身が施設整備も含めて自分でできることはやる、という意味も含まれている。

――大きな資金循環の中で大学も成長していく…。

 大野 我々が目指しているのは、株主が私有する株式会社とは全く異なる。公共財として、社会が求めている事や、必要としている事に取り組み、その結果として我々自身も成長するということだ。今までそういった大学は少なくとも国立大学にはなかった。そしてこの18年間、日本の国立大学が殆ど成長しなかった間に、ハーバード大学やオックスフォード大学、ケンブリッジ大学といった英米の主要大学、あるいは州立のバークレー校でも、社会とともに価値創造に取り組んだことにより、事業規模がほぼ倍増している。我々はなんとか10%増やしたが、この間、国立大学の運営費交付金は10%減少した。運営費交付金に頼った経営では事業規模は縮小するばかりだ。そういった背景から、我々が率先して社会価値の創造に取り組むことで国内の滞留資金を循環させ、社会と共に大学が成長する仕組みを作っていきたいと考えた。

――撤廃すべき規制については…。

 大野 損益均衡など多岐にわたるが、グローバルという観点から例を挙げよう。東北大学は、入学した学生たちが社会のグローバル化の意味を身をもって実感できる大学になりたいと思っている。しかし、今、学部段階での受入留学生は全体の2%程度で、世界の名だたる大学の15~20%の留学生比率に対して明らかに少ない。その理由は学生定員に関する規制のためだ。厳しく管理された定員数の中に留学生も含めなければならないため、留学生を増やせば東北大学に入学したい日本人を減らす事になる。運営費交付金が措置され、かつ低廉な授業料で教育を提供している国立大学法人が、日本人の入学者数を抑制する訳にはいかない。解決策としては定員の外に優秀な留学生を獲得する仕組みを作ることだ。例えば、留学生の分の運営費交付金を受け取らない代わりに、授業料を大学独自に設定できる仕組みがあれば簡単に実現できる。

――大学も、マーケットとして勝負できるような仕組み作りが必要だ…。

 大野 私たちがやりたいことは、日本人・留学生にかかわらず次の世代を担う学生が育つ環境を提供することだ。そのためには、多くの優秀な留学生をグローバルな競争的環境の中で獲得する必要がある。これは少子高齢化の日本においてプラスになるだろう。しかし、留学生一人にかかる費用は日本人学生よりも多いため、授業料も高く設定せざるを得ない。幸いにして、我々のような研究大学には競争力がある。より大学の実力と特長に磨きをかけ、それを発信していくことが必要だ。政府はグローバルな大学になるために補助金を出している。補助金によって同じ方向にそろえるのも良いが、補助金が切れた後の持続可能性に課題がある。留学生に関する定員や授業料の縛りを緩和して経営の中に組み込むことにより、大学は自らの特長を前面に出した、持続可能で多様な形でグローバルになると考えている。もちろん世界の優秀な学生を集めるためには、大学の魅力を高めなくてはならない。そういう意味では大学ランキング等も重要だ。いずれにせよ規制で縛らない方が良い結果が出るであろう。

――研究支援金が足りないため、日本の研究が遅れているという声もあるが…。

 大野 良い研究だと分かったものに対する研究費はそれなりに出ていると思うが、畑を耕すという基盤的部分は不足している。国立大学が法人化してからしばらく国は運営交付金を減らした。トータルで10%減となったのだが、それが雇用をはじめとする研究基盤に与えた影響は大きい。時間をかけてじっくり研究をしたいという人たちが徐々に大学から減っていった。中国や欧州、新興諸国などでは大学への資金を年3%ほど増やしている。この海外との差は努力だけでは埋めがたい。少子高齢化の中、大学運営費交付金の削減を実行したのは日本と台湾だが、どちらも世界における大学の存在感を失いつつある。似たような流れは企業にもある。定年退職などで社員が減り、財務諸表的には利益が出るような体質になっても、退職した人たちが海外へと向かえば、結局、技術流出に繋がる。国力に対する総合的な考え方が求められている。

――掲げられている大学のグレートリセット構想については…。

 大野 現在、東北大学には教員3000人がいて、教員の教育研究活動を支える職員は800人だ。一方で、世界の主要な研究大学には1人の教員に対しておよそ1人の職員がいる。つまり、世界レベルで見ると東北大学には教員の活動を支えるスタッフが2200人足りない。これを反映して、例えばわが国の大学では、入学試験の監督は教員が行う。これは雇用が「メンバーシップ型」であることを考えると違和感がないかもしれない。しかし、世界と伍する研究大学を自負する本学では、「試験監督に行ってくれ」というのではなく、「世界で一流の研究と教育に集中してくれ」とお願いしたい。そういう「ジョブ型」の組織を作ることがグレートリセットだ。すべての大学が一気にこういった問題を解決することは難しいが、我々が率先して本来あるべき姿の研究大学を作り、学内外や海外から卓越した研究者たちを呼び込むモデルを作っていきたい。それが最終的に標準モデルとなればよいと考えている。また、SRIインターナショナル(旧スタンフォードリサーチインスティチュート)のように独立して研究をすることで対価を得るような「研究開発法人」の構想もある。我々のような研究大学がこういった先進事例に挑戦し、世界で通用する一流の大学を作り上げていくために、規制緩和が必要であると訴えている。

――大学ファンド等との関りは…。

 大野 英米の大学では、大学独自のファンドを設け、運用やペイアウトの方針などを社会に公表しつつ戦略的な経営を展開している。理想はそういったファンドを大学が独自に用意することだが、我々が英米の大学と同等の規模のファンドを作るには50年以上かかってしまう。産学連携収入、寄附等で積み上げたとしても100億円程度であり、兆円レベルのファンドを擁するハーバード大学をはじめとする諸大学とは規模が違い過ぎる。この点、政府の主導で今年、10兆円規模の大学ファンドが創設され、近々運用が開始される。これは日本の研究大学にとって学制改革以来の画期的なことだ。現在4兆5千億円が集まっているが、それを自立した研究大学を育成することに使うのか、各大学にお題を出して配分するのかで、結果は大きく変わる。言えることは、自らの頭で考え自らの資金で経営することができる研究大学を作らなければ、世界の一流大学とは伍していけないということだ。期限を切り、お題を出して応募させるような資金の出し方では、世界と伍する多様な研究大学は育たない。そうなってしまったら大学ファンドの組成に尽力された方々や、そもそも国民に申し訳ないことになる。ぜひこの点に留意いただきたいと切に願っている。

――お金の使い方ひとつで、結果が大きく変わってくる…。

 大野 補助金は重要だが、国から言われたことだけをやっていては、大学が自分で考える力を失ってしまう。そうではなく、実際に世界と伍して研究と教育に取り組んでいる現場の我々が、その状況を的確に判断して、多様な取り組みをすることがもっとも重要なことだ。政府が大学ファンドを作った理由は、真に世界と伍していける研究大学を作りたいからに他ならず、管理された頭のない大学を作りたいからではない。そこには経営の厳しさももちろんある。国立大学でも運営がうまくいかなければそのトップを辞めさせるといったガバナンスも必要だ。東北大学は、世界と伍する研究大学になるために変革を進める。目指すのは「成長する公共財」だ。(了)

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