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「バッテリー戦争の覇者は誰」

名古屋学院大学
大学院特任教授
家本 博一 氏

――日本にとって脱炭素への対応が重要視されるなかで、注目される全固体電池とは…。

 家本 EUでは、グリーンディールにおいて、2050年にカーボンニュートラル(温室効果ガスの実質排出ゼロ)目標を設定し、日本でもグリーン成長戦略が策定され、2050年のカーボンニュートラルに向けて政策立案された。こうした脱炭素の流れのなかで、化石燃料重視から再生可能エネルギー重視に代わっていくことが想定されているが、他方、電力使用量はこれから急速に増加することが想定されている。家庭でもオール電化などが進み、企業でもAI、DXなどで、電力需要は増加していく。そうなると、日々どれだけ発電・配電できるかに焦点が当てられるが、これからは発電・配電だけでなく蓄電の面も考える必要がある。日本の蓄電では、日本ガイシがNAS電池という定置型の大規模電池を実用化している。日本ガイシは元来セラミック系の会社であるが、セラミックは特殊加工によって大きな蓄電力を持つ。日本で定置型の電池が注目されたのは2011年の東日本大震災後であり、大震災によって電力基盤が消滅し、その後の復興のなかで、東北地方の自治体・企業から定置型の大規模電池の要請が出てきた。

――定置型の蓄電池が車載用バッテリーへと進化しつつある…。

 家本 東北地方での定置型の大型蓄電池を改良し小型化するなかで、小型機器用蓄電池の開発も進んでいった。また、日本ガイシなど数社は、小型の蓄電池が実用化できるならば車載用も可能ではないかということで車載用バッテリーの研究も進めた。これが全固体電池のセラミック版で、その後、研究・投資を重ねて車載用全固体電池の開発へ進みつつある。現在、バッテリー製造・部材関係の会社が集まり研究を重ね、実験室レベルでは、車載用バッテリーはほぼ完成しつつある。実験室レベルでは、現在車載用バッテリーの中核であるリチウムイオン電池に対抗できるものとなっているが、全固体電池向けのセラミックの特殊薬品加工は、コストがかかるものであり。それをいかに車載型に向けて小型化し、蓄電・放電密度を高め、低廉化することができるかが勝負となる。

――水素、リチウムイオンに続き全固体電池という選択肢が現れたと…。

 家本 数年前にトヨタ、パナソニックを始めとする数社が全固体電池で1つのグループを作った。このグループは、水素利用の蓄電池も開発をする、リチウムイオン電池も開発する、しかし、車載用バッテリーでの勝負は全固体電池だという方針を明確に意識している。全固体電池は不燃性であり、車載用として製品価格が低廉化すれば、需要は必ず広がる。リチウムイオン電池にはどうしても爆発・燃焼の可能性が残り、電解質を不燃性のものに変えようとすると蓄電・放電能力が下がり実用化に適しない。他方、リチウムイオン電池の開発・製造に関しては、東アジアの中・韓メーカーが低価格化、高品質化で大きく先行しているため、数年前排ガス規制の件で不祥事を起こし、企業イメージが大きく傷ついたドイツのフォルクス・ワーゲン(VW)はこれに飛びつき、車載用バッテリーとしてリチウムイオン電池に絞ったEV戦略を展開している。VWの新しい経営陣は中国メーカーが製造するリチウムイオン電池に社運を託すかのようにEV開発に邁進している。また、日系グループは、水素利用蓄電池と全固体電池の開発を行う一方で、リチウムイオン電池については、中・韓メーカーと競争できる生産拠点を新たに設置することは厳しいと考えている。全固体電池の研究については、国内の大学・研究機関では、実用化へ向けて大幅な進展が見られるため、これら研究を日系グループがしっかり支援する体制を創り上げている。

――水素自動車を開発しているトヨタも全固体電池を重要視していると…。

 家本 トヨタ、パナソニックら日系グループによる全固体電池の開発に関しては、EUがこれを支援対象プロジェクトに取り込むか、検討が進んでいる。製造した車載用全固体電池の3分の1程度をEU域内メーカーに供給するならば莫大な補助金を出すという話も聞えてくる。これが実現に至れば、トヨタ、パナソニックらは、資金面での問題を大幅にクリアすることができるとともに、日本オリジナルな開発・製造を維持・確保することができる。こうした状況を見ているVW、米テスラ、中・韓の完成車メーカーなどは、EU域内を来るべき主戦場として新たなバッテリー戦略に踏み込んできた。過去にはメガサプライヤーが関与してくることはあったが、完成車メーカーが全面的に全固体電池の開発・製造に関与することはこれまでには見られなかった。VWは、EUの欧州委員会に対して関与を求めて、盛んにアクセスしているが、今のところ欧州委員会は、当初の計画通り全固体電池完成品の3分の1をEU域内へ供給するならば補助金を出すという考え方を変えてはいない。

――EUに続いて、中国、韓国も参戦してきている…。

 家本 一方、欧州系各社は、全固体電池に関して実績を積んでいる企業がEU域内にはなく、その立ち遅れを痛感していた。このため、欧州委員会は、2017年に欧州バッテリー同盟(EBA)を創設し、立ち遅れの急速な回復を目指した。EBAは、エアバスを過去の成功事例として産業間・企業間の連携協力を構想した。エアバスには、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア各国の関連企業が集まり、各国の企業が統一プログラムを作り、旅客用航空機の開発・製造に成功したという実績がある。EBAは、次世代電池についても一次原料の調達から完成品、応用品、リユース・リサイクルといった局面まで一貫した連携協力プログラムを作る構想だ。VWは、EUから制裁を受けたためこれまでのところEBAには入っていないが、これも数年のうちに見直しとなる可能性がある。VWは、リチウムイオンに関しては中・韓メーカーに依存をすると決めたが、全固体電池に関しては、日本がどう出るか、EBAがどのように日系数社を取り込むかをにらむ戦略をとっている。場合によっては、EBAへの加盟を申請する、あるいは自社と中・韓メーカーで開発するという選択肢も残している。

――全固体電池の実用化競争となっている…。

 家本 VWは、スウェーデンのノースボルトという会社と手を組んだ。ノースボルトは、2016年にスウェーデンの中小規模の電池部材企業を集めて設立された。そもそも、スウェーデンなど北欧では、寒冷な気候のため、日本でのようにスイッチを入れたらすぐエンジン・スタートできるようなことは難しいことから、スイッチを入れたら車載電池に貯めていた電力で一旦エンジンを暖めてからスタートさせるという仕組みを用いている。VWは、EBAの動向を横目に、中・韓メーカーと連携しながら、ノースボルトと連携して自社グループで開発・製造ができないかを見ている。このような次世代の全固体電池をめぐる国家間・企業間の競争を、欧米では一般に「Battery War(バッテリー戦争)」と呼び、その行方に注目が集まっている。日本では、メディアを含め認識がそれほど高まっているとは言えないが、これは、その主戦場が今のところEU域内であるためだ。しかし、主戦場が日本や東アジアに移る可能性は十分にある。トヨタが次世代の蓄電池プログラムに1600億円拠出すると報道されたが、この背景にはこうした「バッテリー戦争」があると思われる。

――今後のEUの狙いは…。

 家本 各国でバッテリーをめぐる競争が熾烈になっているが、地球的な意味で重要な問題とは、バッテリー及び部材・部品について品質基準が統一されていないことだ。このため、EUが狙っていることは、車載用バッテリーのイノベーションの主体になること、バッテリー及び部材等の基準統一の主体になることだ。現在は日・中・韓の手を借りているが、エアバス構想に基づいてEU域内で開発・製造を行い、バッテリー及び部材等の基準として統一した品質や材質の基準を作ることで、次世代電池の市場の主体となることを画策している。リチウムイオン電池については東アジア各国に大きく譲ってはいるが、次世代の全固体電池については、レギュレーション主体となり、EU主導でルール作りを画策している。日本の財務省や経産省は、これまで以上にヨーロッパ・シフトを進め、こうした動きに働き掛けるべきだ。具体的には実験室レベルでのEUと日本の連携協力チームを作るべきだ。実験室レベルでのすそ野を広げるとともに、EU独自の構想にも学ぶ必要がある。(了)

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