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「日本の森林を守り環境保全」

農林中金総合研究所
理事長
皆川 芳嗣 氏

――日本の森林の現状は…。

 皆川 私は高校生の時から山登りが趣味で、よく山の中を歩いていた。そして、その頃から日本には人工林が多すぎるのではという印象があった。戦後の日本経済復興という面において、建築用材や薪や炭といった生活上のエネルギー源は不可欠であり、そのために循環利用するような人工林の整備が求められていたのだと思う。しかし、そのために傾斜が強く、管理が大変な奥地にまで植えられてしまった人工林は、現在では伐採も困難で放置されてしまう。実際に、林業の就業人口も減っている今の時代で、人間が立ち入ることの出来ないような区域の人工林は至る所にある。機械で整備できる区域は単層林にして、より管理をしやすくし、機械が入れないような区域の森林は択伐して複層林にし、徐々に自然環境に適した山に戻していくように分類されていく時代になってきている。この6月に閣議決定される森林・林業基本計画もそのような方向を打ち出すのではないか。

――機械が発達してきたとはいえ、林業の問題は多い…。

 皆川 日本は湿潤な気候であるため、植林した木が育つまでの過程で膨大な手間や費用が掛かる。放置していれば木の成長を妨げるほどの雑草が生えてくるため、下刈りの作業が何年間も必要で、その分、人手やコストがかかってくる。このため、そういった作業を効率化させるために、育ちが早い木の苗の開発も進んでいる。また、もう一つの問題は鳥獣害だ。日本では南アルプスの標高3000mの稜線にまで日本鹿が歩いているほど、シカの生息密度が高い。そして、植え付けて間もない造林木の生長点を食べてしまうため、植え方を変えたり、造林木一つ一つに防護ネットを被せたり、色々対策を講じているが、鳥獣害はなかなかなくならない。柵がない山の中で県を跨いでしまうと駆除活動も難しいため、行政も関与して全国一斉に取り組むべき問題とされ、2014年には「鳥獣保護管理法」で、農林水産業に被害を及ぼしている野生鳥獣の個体数や生息域を適正に管理していくという法律がつくられた。

――いったん山づくりが始まると、その方向性は簡単には変えられないが、一方で木材の需要は50年前の計画とは全く変わってくる…。

 皆川 50年前には森林と温暖化対策との関係など全く考えられてなかったが、今では違う。時間の経過とともに人間の考え方は変化していくということを念頭に、10年、20年先を見通しつつ森林に関する計画には修正をかけていかなくてはならない。もともと日本は森の恵みを享受して生活してきた。世界最古の木造建築物の法隆寺や三内丸山遺跡の櫓、出雲大社等をみてもわかるように木造文化だったのだが、戦後は木造建造物を排除するような動きがあった。空襲で木造建築物が燃え、焼け野原になった記憶が大きく影響しているのだろう。また、戦争資材のために伐採したことで山に木がなかったことも背景にある。しかし、今、再び木の文化が見直され始め、十数年ほど前から、低層の公共建築物は先ず木で建てるという「公共建築物における木材利用促進の法律」が出来た。建築法令の中でも木材が活用しやすくなっており、耐火部材や建て方の開発も進んでいる。そのうちに民間のビルやマンションも木造建築になったり内装の木質化が大いに進むだろう。そうなると、森林の価値も上がってくる。

――木材建造物が増えることで、様々な面で良い影響が出てくる…。

 皆川 木造建築物の第一の特徴は、素材が軽いということだ。また、組み立てるだけで良いので、建築期間が短くて済み、そのため、養生の必要がない。労働力として、今一番問題となっている鉄筋の型枠工もあまりいらない。環境保全という観点から考えても、木は炭酸同化作用で空中に浮遊する二酸化炭素を吸収してくれるため、地球温暖化防止にも大変役立つ。現在、海洋や地中に二酸化炭素を閉じ込めようとすることも考えられており、実際にそういった取り組みが進んでいるが、もっと簡単で分かりやすい方法として、生活の中に木材のストック量が増えていけば、地球に優しい生活を送ることができる。そして木材の利用が増えれば、山も若返ってくる。山が若返れば、山の周りに住む人も増えてくるだろう。昔は山の際に沢山の人が住み、そういった人たちが山の手入れをしていたのだが、木材を海外から輸入するようになってから、多くの人が、外材が届く港のまわりに住むようになった。山に資源があるとなれば、そういった過疎過密の問題の解決にもつながっていくのではないか。一方、木と生活することで人間の健康や精神の安定にも好影響が生ずることが科学的に解明され始めている。私も住んでいるマンションを木材をたくさん利用してスケルトンリフォームしたが、大変快適に暮らしている。

――緑の少ない都市から山間部へ税を移転する緑化税を作るような話もあってよいと思うが、税制的な見地からの提案などは…。

 皆川 昭和60年頃に水源税についての議論があり、かなり揉めたことがあった。山の上流側の人たちとしては水源税を強く求めるが、下流側の人たちにしてみれば、すでに水道料という形で水の使用量は支払っているからそれでよいではないかということで、結局、理解が得られず、実現はしなかった。その後、環境省が中心となり地球環温暖化対策税の話が進み、今は脱炭素社会の実現に向けた炭素税の導入も検討されている。そして、すでに、最近導入された税制として森林環境税がある。これは、住民税の課税対象者約6000万人に対して1人当たり年間1000円を負担してもらうというものだ。課税は令和6年度から始まり、本格化すれば年間600億円が森林のために徴収できることになっている。総務省と農林水産省などが連携して実現した税金として、国民の資産である山を的確に管理していくことが求められている税金だ。

――行政の対応について思うところは…。

 皆川 林野行政は長いスパンで考えて動いているため、急に方針を変えることが出来ないし、急に変えすぎてもいけない。奇をてらうような政策は必要ないが、国土の7割が森林であることを忘れることなく、これからもしっかりと守っていって欲しいと思う。戦後からこれまで目覚ましい経済発展を遂げながらもしっかりと自然環境を守ってきた日本は、現在の新興諸国にとってモデルになるような国だ。それはやはり山の恵みによるものであり、国土の7割の森林を守ってきたという効果は高い。今、山に太陽光パネルを作るといった動きもあるが、せっかく二酸化炭素を吸収してくれる森林を切り倒して、そこに太陽光パネルを作るなど本末転倒だ。使える資源には限界がある。日本の森林を守り、活用するためにはどのような形が一番良いのか、日本の特性を生かした本来の生活の在り方とはどういったものなのか、環境問題を考える中で、国民一人一人がしっかりと答えを出していくことが大事だと思う。(了)

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