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「先進国全体で宗教は衰退傾向」

宗教学者
島田 裕巳 氏

――宗教に興味をお持ちになったきっかけは。また、「宗教」とは何なのか…。

 島田 私が大学に入学したのは1972年で、学生運動が活発になっていた時代だった。それも影響しているのかもしれない。人間の世界観の根本は、大方、宗教に影響されている。新しい考え方のもとに学生運動が盛り上がるという環境のなかで、宗教学を研究するようになった。日本では、葬式を出すまでは、自分の家がどの宗派に属するのかを知らないことが多い。ところが、人間には常に「死」が待ち構えており、年齢が上がるほど宗教について考えるようになる。自分の親が亡くなり、葬式を出し、喪主を務めるようになって、初めて自分の家の宗旨を知り、それについて考えるようになる人も多い。家の伝統を受け継ぐこと、そして、その信仰に基づく共同体が宗教の基盤だ。

――多くの日本人は宗教にあまり関心がない…。

 島田 日本では、例えば初詣の時に神道と仏教の2つに同時に関わるような機会があったり、キリスト教でもないのに結婚式は教会で挙げるというようなことが普通に行われている。また、日本には地震や洪水などの天災が多く、災害に対して無力感を持つことが多い。そうなると、絶対的な神が存在しているとは考えなくなり、無常感が共有されている。ただ、日本人が宗教を持つ理由として一番大きいのは「仲間意識」だ。もともと人間は一人では生きていけず、コミュニティの中でルールに従って生きていく。その形を与えてくれるのが宗教だ。しかし、現代の日本では、新興宗教はもちろんのこと、既存の神道や仏教もその面では大きく衰退してきている。

――日本の宗教においては、ルールよりも心の安らぎを求めることが中心になっている…。

 島田 日本で新興宗教が増えてきたのは戦後の高度成長期で、信者になった人の多くは、地方から労働力として上京してきた人達だ。低学歴、低収入の人たちが都市の中にコミュニティを作り、不安を共有しながら生活してきた。例えば、同じ信者がいる企業に子弟が入社するような例もあった。しかし、そういった人たちは高齢化し、子供たちは都市に定着しているため、今の時代では、そういった宗教のコミュニティはあまり必要とされなくなった。実際に、この30年で日本の新興宗教団体は3分の1程度まで信者数を減らしている。創価学会でさえ、ごく最近になって衰退の兆しが見えており、公明党の得票数も3年前に比べて20%程度落ちている。今年の都議選、衆議院選でそれがさらにはっきりするだろう。

――宗教には、地域にあった利便的な考え方が根差している…。

 島田 例えばイスラム教が豚肉やアルコールを口にしないのは、中東には昔から豚自体が存在せず、食べる機会などなかったからだ。他方で、利便的な考え方だけで宗教が出来たわけではない。イスラム教というのは商人を通して広がっていったが、商人同士の取引には約束事がなければ成り立たたない。その共通の約束事が、イスラムの「法」だった。つまり、イスラム教に関していえば、利便性というよりも、お互い信頼し合いながら生活していくための「約束事」という面が大きい。イスラム社会を厳しい決まり事のある国だと思うのではなく、その背景を理解していくことは、グローバル化が進む現代においては非常に重要なことだ。また、イスラム教が誕生した中東のアラブの社会は、血の繋がった部族の結束が非常に強い地域だった。そのため、他の部族との争いを起こさせないために「神」という絶対的な存在を信仰し、そのバランスをとっている。同様にユダヤ教も、ユダヤ人が国を失い流浪していた中で「法」を作り、それに従って生きていくことが、「ユダヤ人」として存在していくための指針であり支えとなっていた。そこには、皆が同じようなことを行えば社会は安定するという考え方がある。

――国によって「法律」が存在する。その「法律」と「宗教」がぶつかった時には…。

 島田 イスラム教やユダヤ教の場合は、宗教の法をベースに一般の法律が出来ている。日本のように、他の国の憲法を参考に突然出来上がった法という訳ではない。そういう面で、今、一番「法」と「宗教」がぶつかり合いを見せているのはフランスだ。フランスには、移民として入国してきたイスラム教徒が国民の約10%にまで増え、ルールの違う人たちが多くなってきた。グローバル化の中で対立が起こってくるのは、もはや仕方のないことであり、我々としては、対立を冷静に見ていくしかない。しかし、イスラム教については組織が発達していないことを理解しなければならない。例えば、9.11米同時多発テロ事件は「イスラム教徒のテロ組織の犯行」と報道されているが、そういったグループは組織というほど強固な集団ではない。また、フランスのシャルリー・エブド襲撃事件も「イスラム過激派テロリストの犯行」と言われているが、犯行は二人の兄弟によるもので組織ではない。そもそもイスラム社会において組織や法人というものは認められていない。宗教を考える際には、そういった面もきちんと押さえておかなければならない。

――グローバル化が進む中で、世界的な宗教が出てくる可能性は…。

 島田 基本的に宗教は地域に根差している。キリスト教に関してはヨーロッパへ拡がっていったが、イスラム教は中東に、仏教はアジアに集中しているように、地域によって信仰が受け継がれている為、人類全体を統合するような世界宗教の成立は難しいのではないか。実際に宗教による対立が起こっているのは、宗教の違う地域の境界線上や、ヨーロッパのように大量の移民が流入しているようなところだ。一方で、中国には宗教を国家が管理しようとする中国共産党の方針があるが、中国共産党自体を共産主義というイデオロギーを信奉する宗教と考えれば、これも宗教対立にあてはまる。広大な面積を持ち、様々な民族が存在する中華人民共和国を如何にまとめていくかという点で、中国共産党のイデオロギーは強力なものとなった。毛沢東も、実際の生涯では様々な失敗を犯していながらも、今では神様のように扱われている。現在では、こういった側面を持つ中国を研究するのは、厳しい情報統制が行われているため、相当に困難になってきている。

――格差社会が広がっている米国等、先進国地域の宗教は今後どうなっていくのか…。

 島田 米国ではカトリック派が4分の1、プロテスタント派が4分の1、南部に広がる福音派が4分の1、無宗教が4分の1という構成になっている。昨年の米大統領選でトランプ元大統領が当選できなかったのは、彼の支持層である福音派が少し衰えているからだという声もあったが、宗教は長寿社会には向かないという面もある。実際に米国で信仰率が高い州と平均寿命が短い州の関連データは合致しており、平均寿命が長い州では教会に行く割合が減っている。そして、今回のコロナ禍で米国の平均寿命は前年に比べて1歳短くなり、日本とは6歳違うようになってきた。そうなってくると、米国ではまた信仰に拠り所を求める人たちが増えていくかもしれない。とはいえ、世界一の高齢化社会である日本の宗教の需要は実際に減少し、先進国全体でも宗教は衰退傾向にあるとなると、今後、宗教に代わるものは何になっていくのか。宗教のような心の拠り所を見つけることはなかなか難しい。そう考えると、宗教が無くなる訳ではないにしても、宗教の役割は小さくなり、宗教とのかかわり方にも大きな変化が生まれてくることになるのではないか。(了)

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