金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

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「海外で巨額損失を生む性善説」

海外投資コンサルタント
生田 章一 氏

――日本企業の海外投資によくある問題点とは…。

 生田 日本企業が海外投資をすると、デューデリジェンス(DD)の段階では投資先企業から毎年利益が出ることを確認していたものの、毎年10億~20億円の赤字を継続して出し、たまに黒字になるといったことがよくある。また、巨額の損失を計上して撤退するということも毎年何件も報告されている。一般に海外投資で予定通り、またはそれ以上の成果が挙げられているのは3割程度と言われている。私のところに、海外投資で相談に来られた案件は延べ約1000件の案件に達しているが、予定通りに利益が出ないと悩まれている案件が相当数ある。1989年の世界の企業時価総額ランキングで日本企業は上位を席巻していたにもかかわらず、2019年末のランキングでは日本企業は僅かしか見られない。この原因のひとつに日本企業がこうして海外投資で巨額の損失を積み上げてきたことも挙げられるだろう。

――――DD通りに海外投資が成功していない…。

 生田 海外投資においては主に3つの要因が複合的に重なって損失を誘発する場合が非常に多い。まず第1に、DDの時点で存在していた問題がきちんと把握されていなかったことだ。例えば、投資実行後に資金計画が大きくショートすることが判明することがあったり、「のれん代」の過大計上により巨額の追加投資や巨額の減損損失を計上することを余儀なくされたりすることがしばしばある。投資先の企業が主要取引先との間で訴訟等の問題を抱えていること、投資先企業の子会社・孫会社が巨大な簿外債務を抱えていることが把握されないことなど、ほとんどの会社がそうしたことを経験している。第2に、経済、政治情勢などによって経営環境が大きく変動したが、そのような可能性を全く頭に入れていなかったことも挙げられる。例えば、アジア・ロシアの経済危機により各国の金融・物流機能がほぼ完全にストップする、環境規制によって従来型のガソリン自動車・部品の販売が激減する、AFTA、TPP、RCEPなど経済連携協定の締結によって投資先国で関税が撤廃され輸入が急増するなどがある。もちろん予測できない部分もあるが、ある程度はリスクの発生を念頭に置いて、できる限りの対応策を講ずる努力もするべきだ。2~3年先の予測すらできていない企業があまりにも多い。第3に、パートナーリスクによって利益が大きく引き抜かれる状態が継続することである。海外投資をしている多くの日本企業が、パートナーリスクが常に存在していることを理解しておらず、損失を出している実態がある。この原因としては、あまりにも性善説に基づいて、投資先で利益が抜かれていることに気づかないケースが多いことがある。ほとんどのケースでは、帳簿や決算書類において改ざんや粉飾されているわけではなく、表だって問題にはならない為、多くの日本人がこのことに気づいていない。その結果、じわじわと赤字を積み重ね、追加の投資を行うも改善せず、最終的には撤退を余儀なくされるケースがあまりにも多い。

――DDの問題はどこに原因があるのか…。

 生田 日本企業は海外投資を行う際、DDをコンサルタント会社などに任せっきり(丸投げ)にしており、これらのリスクがDDの段階で把握できていない。多くの企業の担当者にDDの段階でどのように問題を把握していたか訊ねても、「DDを行ったコンサルタント会社に聞いてくれ。」と言われて唖然としてしまう。投資企業の責任者自らがDDに関与し、問題の所在をはっきりさせるという責任感が欠けているケースが多い。そのために、DDの段階でそもそも問題があることに気づくことができていない。また、コンサル会社に多額のお金を払っているにもかかわらず、コンサルをうまく使うことができていないことを損失として認識していない担当者も非常に多い。

――海外投資におけるパートナーリスクとは…。

 生田 私が問題と指摘してきたパートナーリスクとは、投資のパートナーによって長期的に継続して利益を抜き取られるリスクのことだ。パートナーは多岐にわたる。合弁企業における現地出資者やオーナー、出資先のCEO、CFOや総務部長、財務部長、ゼネラルマネージャー等の主要な役員、出資先企業の子会社や主要な取引先企業がすべてパートナーだ。日本企業側の投資の割合が大きくなればなるほど、現地の投資先企業が利益を計上し、投資した日本企業に配当として持って帰られてしまうより、パートナーが、自らの関係会社等を利用し利益を抜くことの方にメリットを感じるケースが多くなる。例えば、日本企業がX社という現地企業に投資した際、X社の材料や部品を調達する現地企業(A社)、製品を販売する現地企業(B社)、運送等を委託する現地企業(C社)などの中にパートナー関連企業は数多く存在する。日本の投資企業の関係者は、どれがパートナーの関連企業であるかを知らされることはない。投資先のX社とA~C社で行われる取引は徐々にX社が損になるような契約にされていき、関連企業の利益のかなりの部分がパートナーにキックバックされて蓄積されていくことになる。具体的には、パートナー関連企業A社からの原材料の調達において、本来調達可能な価格より高い価格で原材料を調達する。またB社向けの製品販売では、B社は利ざやを稼いで一般に販売を行う。このほか、運送業務では数多くの委託先のなかにその他のパートナー関連企業C社を紛れ込ませ、通常より高い価格で契約を結び多額の利益を引き抜くことになる。これは、運送のみならず、港での荷揚げや倉庫、会計処理、情報処理システムの構築など多岐にわたる委託業務で利益が抜かれているのが実態だ。投資を行った日本企業の担当者は、パートナー関連企業の存在を知らず、X社とA~C社は適正な価格で契約を結んでいると思い込み、その間に莫大な利益が中抜きされていることに気が付いていない。投資先企業の帳簿書類上は、書類の改ざんはしない形で行われる為、多くの日本企業が書類の監査をするだけで気づくことが出来ないというわけだ。このほか、架空社員、ほとんど仕事をしない形式上の社員を雇ったことにして、その給与相当額をパートナー側が取得するということも、しばしば行われている。

――パートナーによって多くの利益が抜かれている…。

 生田 投資先企業の現地の総務部長、財務部長らが、個人的に利益を抜くケースもあるが、最も深刻で、広般に行われているのは、現地の合弁相手(出資)企業と合弁相手から派遣された総務部長、財務部長等が共謀して利益を抜いているケースだ。今までの経験では、パートナーの手先となる現地の総務部長、財務部長の特徴としては、人当たりがよく非常に有能、語学に堪能で様々な情報を入手できることなどが共通している。見積もりや契約書の作成など仕事はきっちりとやり、現地の言葉と英語、日本語まで話せるケースが一般的だ。日本人はお人好しで性善説に基づいて投資や契約を行うため、騙しやすいというのが一般認識となってしまっている。また日本企業の本社役員には、ASEANやインド、中国など現地でパートナーリスクについてチェックした経験のある人物が少なく、余計な利益が抜かれていることに気づかない…。

――パートナーリスクを防ぐためには…。

 生田 まずはパラシュート投資を避けることだ。お金だけを投資してあとは現地企業にお任せというケースは絶対にダメだ。「パートナーに材料調達・販売を任せているから安心だ。」などと言う海外投資担当者が多いが、まったくの「アホ」である。パートナーのビジネス領域のなかに資金だけを投入することは絶対に避けるべきで、パートナーの庭で事業展開をするといくらでも利益が抜かれてしまう。また、重要な業務は投資先企業やパートナー側に丸投げせず、日本側の社員を関与させる必要がある。さらに、総務部長や財務部長、営業部長などパートナーリスクの手先となりやすいポジションの人は長期にわたって固定せず、日本側の社員を関与させたりローテーションを行ったりするべきだ。また、内部通告制度(投書箱、通報メール窓口の設置)は不可欠だ。日本側の企業でも、商社等を使い、製品販売や部品調達、運送業務などを主導し、パートナー側が行う材料調達額、販売額、サービスの委託額が公正なものであるかを絶えずチェックすることも重要だ。それから、観点は少し異なるが、現地CEO、CFO、CIO等については、人材登用は積極的に進めるべきではあるが、報酬に業績評価給を導入することも重要だ。これがないと現地企業の収益を増加させることへのインセンティブが全くなくなってしまい、利益を抜くことに向かいやすくなる。海外投資にあたっては、日本側企業のビジネス領域でどれだけ主導権を握れるかということが肝要であり、日本側としても「シナジー」として利益を拡大する分野を創造することが大切だ。欧米の投資では、特許料、技術指導料、マーケティング料、商標利用料等で、合弁企業の売上げの何%かを配当とは別に送金させるのが一般であるが、日本企業ではそれをしていない企業があまりにも多い。日本側本社での管理費用、出資資金の金利相当額等も含めて、総合採算を絶えずチェックすべきだ。

――海外投資で成功した企業の特徴は…。

 生田 自動車や商社などの海外投資で一定の成功をおさめている企業は、海外投資に関連する分野を、日本側が関与する形・日本側のビジネス領域を軸にして進めることからぶれることはない。結果として、利益がパートナーによって抜かれない体制も確保している。総合商社では、投資に関連する分野まで含めて自らのビジネス領域で事業を進めており、これをシナジーと呼んでいる。例えば、商社がある天然ガス開発プロジェクトに投資する場合、関連する海上のプラットフォーム、生産プラント、エンジニアリング、メンテナンス、タンカー輸送、情報システム構築、ガス販売マーケティングなど一連の事業のほとんどに、日本側が関与して、そこでも利益を計上している。このモデルで総合商社は海外投資の「勝ち組」として、2000年代に入ってから、巨額の利益を出せるようになった。日本企業が海外投資で成功するためには、問題意識を持った、専門家を養成していかなければならない。日本企業の多くでは、いわゆるエリートと呼ばれる本社や米国本社、欧州本社の勤務ばかりが中心の人物が社内の重要ポジションを占めることが多い。現地会社や工場などで泥まみれの経験がない人物ばかりを役員に据えるのではなく、現地で頑張った人がキャリアパスとして評価されるシステムもなければならないと思う。(了)

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