日本証券業協会
会長
稲野 和利 氏
――日本証券業協会の会長となられた。目指すところは…。
稲野 主眼は「活力ある金融資本市場の実現と、投資家の裾野拡大」だ。それを目指すために、当面の課題を「成長戦略への貢献」、「個人投資家の支援」、「金融経済教育の推進」、「証券会社・証券市場の信頼性確保」、「国際化への対応」、「協会運営態勢の強化」という6つのカテゴリーに分類して進めていく。これら6つはそれぞれ関連しているため、同時進行させることが重要だと考えている。例えば「成長戦略への貢献」には、新規・成長企業へのリスクマネー供給の促進・強化が必要だが、リスクマネーを流れやすくするためには、その主要な出し手である「個人投資家の支援」が必要だ。そのための制度的手当てとしてNISA(少額投資非課税制度)を推進していく。同時に、個人投資家にきちんとリスクを取る行動をしてもらうためには「金融経済教育の推進」が欠かせない。多数の個人投資家に一定の金融リテラシーを有してもらい、自立的に判断できる環境を作っていかねばならない。また、未公開株や社債等をかたった詐欺の被害防止に向け、しっかりと広報活動を行い、「証券会社・証券市場の信頼性確保」に努めることも重要だ。このように、すべては連携している。
――金融リテラシーの取り組みについて、具体的に…。
稲野 本協会の金融・証券教育支援委員会では、より深いテーマにフォーカスして様々な議論を行っており、パンフレットやセミナーなどを増やし、国民各層へのアウトプットを図っている。若年層への金融証券知識の普及に関しては、直接授業に出向いたり、或いは中学校や高等学校の先生に対して金融証券教育を行うための支援なども行っている。学校の先生の知識が充実していなければ生徒にきちんと教えることは出来ないため、このような活動が重要となってくる。学校教育に関しては、学習指導要領にきちんとした形で「金融証券教育」という項目を入れてもらうということが一つの大きなゴールだと考えている。
――自主規制団体の中の自主規制会議について…。
稲野 日証協の中には自主規制会議というものがあり、外部の方が協会の役員として名を連ねながら自主規制会議を率いている。そこで自主規制に関する最高意思決定がなされる。ここは、証券戦略会議などとは明確な一線が引かれている。それは組織運営上仕方の無いことだ。組織を別にするというような議論も有るが、やはり全体を見た上で物事を進めていかなくてはならない。今の組織形態は上から下から見渡すことが可能であるという点で効率性が高く、私は現在の仕切り方で十分に機能していると思う。
――金融資本市場の発展について、ロビー活動をもう少し強化すべきという意見もある。自主規制団体とは別に、ロビー活動を分離独立させるという考えは…。
稲野 論理的にはありうるが、実態としてはすべてリンクしているため、全体を総合的に捉えた方が社会的な効率性は高いと思う。それぞれが、全てを勘案しながらそれぞれの観点で物事を考えるということが重要だ。バブル崩壊以降、直接金融の割合がなかなか増えない中で、我々としても、どうしても劇的なものに期待する傾向が強くなりがちだ。もちろん劇的なものは有りうるし、決してそれが悪いことではないのだが、直接金融の資金ルートの拡大には長い時間がかかるということを覚悟しながら、着々とやっていくことが重要だと考えている。今回のアベノミクスでは随分と雰囲気が変わり、多くの人が「株が上がるのは良いことだ」というような言葉を発するようになってきた。それは大変良いことだと思う。株高による資産効果によって消費が刺激されているのも事実だ。
――協会の組織も350人と大きくなった。今後の組織運営についての考えは…。
稲野 350人の組織はかなりの大集団であるため、この組織全体が効率的であるか生産的であるかが大きな意味を持ってくる。そのため、それぞれが生産性を上げるためにスキルを磨いたり、ICT(情報活用技術)をバックアップしたりと、それぞれに課題がある。日本の金融資本市場の発展の一翼を支える存在である協会職員、特に若手職員の人達に対してどのような育成を行っていくのかは非常に重要な課題だ。それは私の任期だけで解決する話ではなく、将来に向けた取り組みになるが、優秀な若い職員が入って来れば来るほど人材育成は重要になってくる。
――NISA(小額投資非課税制度)も盛り上がってきているようだ…。
稲野 非常に手ごたえを感じている。協会のHPに対するアクセス件数もかなりの勢いで増えており、メディアでも、最近は毎日必ずどこかに「NISA」という言葉が登場している。露出度が高まれば浸透度も高まっていくため、我々としても広報宣伝活動には相当力を入れ、制度がスタートするにあたって実務的に齟齬が無いように、あらゆる手立てを講じている。制度自体については将来における拡張化を見据え、制度の柔軟性や利便性を高めるために、色々な発言をしていきたいと考えている。
――今後の税制改正について、協会として望むことは…。
稲野 現行の金融所得一体課税では、現在10%の軽減税率は平成25年12月末で撤廃され、平成26年1月から20%に上がる。そのタイミングでNISAが導入されるため、NISAの恒久化は是非ともお願いしたい。また、現在最大3年となっている損失繰越期間は、実際の投資家の行動を見たり意見を聞いたりすると、延長されることで利便性が高まり、投資行動がもっとスムーズになるという感触があるため、損失繰越期間を延長する必要もあると思う。もちろん今年度だけではゴールには達しないと思うが、平成28年1月から公社債、公社債投信も含めた損益通算が可能となった後は、金融先物などのデリバティブも含めた損益通算など、金融所得の中での一体課税範囲を広めていくことは、今後の重要なテーマとなろう。金融当局には、全体を考えて、最終的に何が経済を大きくするのかを考えて欲しい。銀行を通じた国債買い付けが国債の安定化やマーケットに寄与している事は言うまでも無い事実だが、仮に個人が最終的な国債の買い手であるならば、直接購入するという姿ももっとあって良いはずだ。銀行システムを通じた個人預金から国債へという資金の流れはあまりにも大きくなり過ぎており、今のままではバランスが悪い。株にお金を流して企業に元気になってもらい、それが税金を生むという流れを作り上げなくてはならない。
――AIJ投資顧問の年金消失事件や、認知症高齢者への詐欺的行為など、証券を巡るトラブルについて…。
稲野 年金スポンサーにおいては受託者責任が存在していることが非常に重要な観点だ。自らが専門的知識をすべて具備した専門家でなかったとしても、例えば外部専門家を活用するなど様々なやり方はある訳で、果たすべき責任は果たさなくてはならない。「プリマチュアな総合型の厚生年金基金だったからわからなかった」ということではいけない。AIJについて個人的見解で言えば、受託者責任に全く反しており、十分な専門的基盤がないままに事業を営んだ。しかもそれが年金という、背後に多数の受給者、加入者がいる個人のお金だ。それを欺いたということは非常に重い。また、高齢者などの適合性原則の問題については、統一的な解が無いというのが難しいところだ。例えば年齢を目安に、80歳以上は株式等の商品を買い付けてはいけないというような規制を設けるのが果たして良いことなのか。年齢が非常に重要な要素であることには間違いないが、全体的には、年齢が上がるにつれて、資産運用ニーズよりも流動化ニーズの方が出てくる。そういった全体の状況を先ず理解した上で、個別性をどう反映するかは、実際に自分たちのこれまでの経験をもとに様々なことを考えるしかない。親と子の関係をみても、親は子に自らの資産内容を知られたくないというのが世間一般の考えだ。また、常に子が親に同席して何かを約定するというようなことも、嫌がる人が沢山いる。親子関係は複雑で、一律のものなど無い。そのため、協会として、年齢などを基準に統一的に何かを作るようなことは難しい。ただ、そういった事象にどのように対応していくかというような考え方については、きちんと整理していく必要があると認識している。
――自由化により証券各社では手数料などの引き下げ競争が続いてきたが、協会として下限を設けるような考えは…。
稲野 株式委託手数料は取引所の受託契約準則に規定があるが、協会が下限を設けるようなことは難しい。提供しているサービスの対価を考えれば、他のビジネスでカバーしているから手数料は安くてもよいというようなこともあるが、これまで下げ一方向の手数料も、本来は上げるようなこともあって良いと思う。日本では金融サービスにかかる手数料は安ければ安いほど良いという風になりがちだが、金融サービスには明確な対価が有るはずだ。とはいえ、世の中で行われている比較は、高いものから順に並べたり、安いものから順に並べて、安ければ安いほど良いという風潮にある。私は、金融サービスに対する比較情報はもっとたくさん存在すべきであり、ユーザーがそういったものを参考にしながら決めていくということが、本来あるべき姿だと思う。運用会社を見ても、現在、株のブローカレッジのエージェンシー手数料は10bp以下だ。きちんとしたブローカーで、リサーチも付いて、その数字で果たして採算が取れるのか。手数料水準だけでなく、そこに付帯するサービスを含めて、この辺りはきちんと吟味しなくてはいけないステージに入ってきたと思っている。(了)