嘉悦大学
教授
髙橋 洋一 氏
――アベノミクスがうまくいっていないとの見方が強まってきている…。
髙橋 アベノミクスで掲げている3本の矢のうち、第1の矢である金融政策は効果を発揮している。ポイントは第2の矢である財政政策で、8%への消費増税を行ったため、昨年と今年では方向性が全く逆になってしまった。私は消費増税は必ず景気の足を引っ張ると一貫して主張してきたが、増税好きな学者などは増税の影響は軽微だとウソをついていた。そのウソにだまされたのが安倍首相だ。蓋を開けてみれば、やはり景気には大きな影響が出てきてしまった。消費増税をしなければ今頃すごく景気はよかったはずで、やはり増税は失敗だった。アベノミクスの第3の矢である成長戦略については、その効果が出るのはしばらく先であり、当面は景気を上昇させる効果は少ない。
――安倍政権は消費税率引き上げを行うべきではなかった…。
髙橋 消費増税を行いたいのであれば、景気の回復を待つべきであった。金融緩和を行った後に2~3年程度放置しておけば、そのうちバブルに対する懸念が出てくるはずだ。その時に、景気の冷や水として消費税を上げれば何の問題もない。増税の時期をわずかにずらすだけの簡単な話だ。財務官僚は、どうせ税率を上げるなら先取りしても同じだと考えているが、全く違う。景気が過熱化してから消費増税という冷や水をかければ心地よいが、温まる前に冷や水をかけてしまったら、ただ寒いだけだ。
――景気を立て直すためには何をすべきか…。
髙橋 せっかく立ち直りかけた日本経済が元の木阿弥になってしまったからには、アベノミクスの第1の矢と第2の矢をやり直すしかない。ベストの対策は上げてしまった消費税率を元に戻すべきだ。それが無理なのであれば、減税と給付金で増収分をそのまま還元するのが次善の策だ。消費税とリンクしている個人所得税を減税し、税金を払っていない人には給付金を支給するべきだ。と同時に金融緩和をもう一度やり直せば、景気は再び回復に向かうだろう。
――今年12月には、税率再引き上げの判断が予定されている…。
髙橋 多くの民間エコノミストや学者は消費税を上げても大した影響はないと発言していたが、全くのウソだった。実際には増税で景気が沈んでしまったのだから、過ちを改めることは憚るべきではないと思うが、予測が外れても平気な顔をしている。こうした人達を、果たして安倍首相はもう一度信じるのだろうか。再増税などはとんでもない話で、このような意見がまかり通るのか、あるいは予測が当たっている真っ当な意見が通るのか。民主主義が問われているとも言える。
――景気は相当に下振れているが、特に弱さが見える部分は…。
髙橋 GDPの項目の中では、個人消費が約6割と大きな割合を占めるが、この動向を示す8月の家計調査は特に惨憺たる結果となった。家計の消費支出は4月以降、5カ月連続のマイナスで、この平均のマイナス幅は5%への消費増税の時をも下回り、過去30年間で最大となった。4月、5月の時点ではあくまで異常値との説明がされていたが、ずっとこの傾向が続いている。マスメディアがこのことを報じないため、私がこの事実を示した際には大きな反響が寄せられた。政府統計のデータはインターネットで入手可能であり、私は元のデータをエクセルで解析しているが、決して難しい作業ではない。マスコミは統計のデータではなく、発表文をそのまま書いているにすぎない。
――10月の日銀短観はどのように評価すればよいか…。
髙橋 10月1日の朝に発表された日銀短観では、大企業・製造業の業況判断DIが前回比でプラス1ポイントとなったが、これ以外の大企業・非製造業や中堅企業・製造業など5つのセクターはいずれもマイナスとなった。それにも関わらず、メディアは大企業・製造業のみを取り上げ、業況改善などと報じた。大企業・製造業の小幅改善は確かだが、ほかの5つの業況判断DIはマイナスであり、これを見ていったいどうして良い結果だと判断できるのだろうか。マスメディアはもっと勉強しろと言いたい。
――鉱工業生産指数もさえない結果となっているが…。
髙橋 鉱工業生産指数では、在庫分析を行っている。図では、横軸に出荷を、縦軸に在庫をとっているが、景気循環の波が起こると、右下から左下、左上、右上を通り、右下まで一周する。これを見ると、8月で景気循環の波が一周して終わってしまったことがわかる。これは内閣府が景気循環を見るときの分析図として使用しており、プロのエコノミストであれば、当然これを知っている。4月ぐらいはまだ左にいたが、6月にどんどん右に曲がってきて、8月の居所を見ると、12年11月、つまり野田前首相が衆議院を解散した時点に戻ってしまった。もちろんこれだけでは断言はできないが、景気循環はほぼ終わってしまった。したがって、もう一度必要な施策をやり直さなければならない。
――円安が進んでも輸出が伸びない状況が続いている…。
髙橋 長い間円高が続いていたため、多くの企業はすでに海外に展開してしまった。海外に工場を移してしまったら、一瞬円安が進んだからといってすぐには日本に戻れない。これらの企業が本当に国内に戻るとすれば、円安が5年~10年は続くことが条件となろう。過度の円安による悪影響も懸念されているようだが、対ドルで110円を超えて円安が進んでも日本経済にはあまり関係がない。現に、小泉政権時代のドル・円レートの平均は120円程度であったが、経済は堅調だった。原発が停止しているなか、輸入燃料価格が上昇すれば日本は経常赤字に陥るとの話も的外れだ。例えば、すでに海外で投資した分の収益は、円安が進めば増加し、企業収益は上がる。海外展開により輸出は伸びないにせよ、代わりに所得収支が上昇するということだ。輸入物価の上昇よりも、消費増税の方がより影響が大きいが、それをごまかしたいから円安を悪玉にしているだけだ。
――景気の腰折れを招いた最大の要因は、やはり消費増税だった…。
髙橋 全くその通りだ。家計調査を細かく分析すればよくわかるが、低所得者の消費は今年4月から急速に落ち込んでいる。円安はすでに昨年から進んでいたため、これは消費税の影響そのものといえる。購買が下がってきたため、消費税抜きベースでの物価も4月以降は下落してきている。購買力の低下は、経済活動がまずくなっていることを表している。総務省の消費者物価指数では確認しにくいが、コンビニのPOSデータを利用している東大の日次物価指数を見れば、4月以降に物価が下落しているのは明らかだ。これは消費増税により低所得者が単価の高い商品を買わないため、コンビニが安い商品を投入したことによるものだろう。景気循環の波が一周し、12年11月にほぼ戻ってしまった今、行うべきことは消費税の再引き上げではなく、再金融緩和と大規模な減税等による景気のテコ入れ策だ。