フューチャーアーキテクト
取締役
経済・金融研究所長
原田 靖博 氏
――日本の金融界に必要なことは…。
原田 今の日本の金融機関、とりわけ地域金融機関はアジアの中でもトップクラスとは言えない。再び日本がナンバーワンになるためには、効率性と専門性の徹底的な追求が必要だ。効率性を高めるには、ITシステムで出来ることはすべてシステムに任せることだ。例えば、銀行の企画本部が一つの企画を立てる際、企画本部は各支店へ色々な調査をお願いするが、支店側はその対応に追われてお客向けの仕事が十分に出来なくなっている。統合データベースを構築し、必要なデータをストアして、本部はそれを自由に引き出し加工して、必要な分析を行う。そうすれば支店職員の内部向けの仕事量は減り、顧客のためのコンサルティングなどに多くの時間を費やすことができる。支店の内部向けの仕事量と外部向けの仕事量は3:7位にしておくべきだ。また、専門性の追求については、例えば地域の特定産業の専門家、地域開発の専門家、企業統合の専門家、金融工学の専門家といったように、金融機関も専門分野に特化した知識集約産業である必要に迫られている。すでに有識者会議ではこういった議論が行われているが、もっとテンポを上げて徹底的に進める必要がある。お客様の役に立てる自行の強みを明確に打ち出していけば、交通の便も良くなった今の時代では日本のどこからでもお客は集まる。その結果、国内金融機関の間に優勝劣敗が生じるのは当然であり、そうした競争がなければ今のグローバル化時代に銀行は生き残ることは出来ない。
――効率性と専門性を求めた先にあるものは…。
原田 基本的には、経営統合が進んでいくということだ。強者が弱者を買収していく、それが資本主義の世の中だ。しかし、しがらみと規制の多い日本企業では、統合後に人材をなかなか整理できない。これは大きな問題だ。私はかつてニューヨークで仕事をしていた頃に、ケミカル銀行とチェース・マンハッタン銀行の合併を目撃した。双方の頭取とは日頃から親しくしていたため、その合併についての話を何度も聞いたが、両頭取は新しい銀行の新しいチームをどのように作っていくかを徹底的に議論し、最終的にはセクター毎に強い方の銀行のチームメンバーを残していくという方法を採った。つまり1+1=1だ。日本のように1+1=2あるいはそれ以上になってしまっていては、効率は上がらない。1+1=1にするためには専門的能力の高さで人を評価するしかなく、また、専門性を磨いていれば、その会社にしがみつかなくても自分で別の就職先を選ぶことが出来る。そうすれば合併後の銀行がスリムになる。合併の際にそれぞれの銀行から気に入った人材だけをピックアップするのは不当労働行為に当たるが、セクター毎にA行とB行を比較検討し、優れた方のチームを残すというやり方であれば問題ない。雇用規制の弾力化という観点から、必要な規制緩和を推進すべきである。もちろん、その決断は早めにしなければ、仕事を失う人は困ってしまうため、その辺りの十分な配慮は必要だろう。
――今の金融庁の検査はあまりにも厳しく、かつ、すべて一律であるため、銀行員一人一人の与信能力がなくなってしまっているように感じる…。
原田 当局が細かいルールを作って重箱の隅をつつくような監督を行っていれば、行員一人一人が思考停止状態になり、銀行の与信能力がなくなってしまうのも当然だ。しかし、日本の金融庁も最近では小口融資に関する資産査定については、リスク管理が適切に行われているとの前提のもと、銀行の判断に任せていると聞いている。これまでのような杓子定規の検査を見直し、変わろうとしているのだと思う。金融機関に効率性と専門性が求められているのと同様に、金融監督当局もそれに対応できるように組織全体で徹底的に変わっていかねばならない。監督当局が細かいルールを沢山作り、それを守らせるという仕組みから、もっと自分で考えてリスクをとらせるような仕組みに変えていくということだ。
――例えば、地元に密着した地方の中小企業などは実態も見えやすいため、銀行が融資する際のリスクウェイトを低くするといった工夫も必要だと思うが…。
原田 地方の中小企業でも優良企業とそうでない企業はある。リスクウェイトを低くするにしても、融資する銀行がその理由を明確に評価できなくてはならない。ここでも専門性が必要だ。この点、例えば西日本のある銀行は昔から海運業への融資が多く、リスク判断が非常に難しいといわれる海運会社について、長年のデータをもとに独自の評価方法を確立している。まさに海運業特化銀行だ。それぞれの銀行が専門性をもち、各々の得意分野で活躍していくことがこれからの金融機関のあり方だと思う。
――大手行についてのアドバイスは…。
原田 大手行はアジアへの展開にもっと力を入れていくべきだ。アジアの銀行のレベルはそれなりに高く、合併を考えた場合もそのメリットは大きい。ただ、アジアは華僑などによる人間同士の繋がりによるビジネスが多いため、それに対抗出来るだけのきちんとしたデータベースが必要だ。確固たるデータのもとに融資範囲を決め、相応の金利を設定してさえいれば、結果としてその企業が倒産しても大きな問題にはならないはずだ。銀行本部は全体として的確にマネージするだけでよい。当局が個別に案件を心配することは何もない。重要なのは、アジアと一緒になって成長しない限り日本の金融産業は生き延びることは出来ないといった危機意識を強く持った人材が、銀行本部や金融庁に多数いることだ。もっと「儲けてナンボ」という考えで、リスクをとって成功した人間を高く評価するシステムが必要だと思う。
――BIS規制について、厳しすぎるという声が多いが…。
原田 監督当局に求められているのはルールを作る能力ではなく、見張り監督する能力だ。監督する能力が乏しいと、細かいルールを作ってしまう。監督能力を増すためには、当局で働く人の給料をもっと増やし、雇用の流動性を高めて、銀行などから優秀な人材を取り入れることだ。当局とディスカッションできるようなオープンな関係が保てれば、おかしいと思った問題などは一緒に議論しながら解決していける。私はリーマンショックが起きた最大の理由はSECの監督能力不足にあったとみている。レバレッジレシオを自由化して、自己資本比率を各投資銀行の自主判断に任せるように制度変更したことは間違いでないにしても、彼らをきちんと監督する力がなかった点が問題だった。そして、そこにはSECの給料が安いという問題がある。監督する側の給料が安いと、高給取りの投資銀行に対してガチガチのルールを課して怒るだけになり、それでは発展性はない。監督する側の人にも広義金融業に属しているという意識が必要であり、そのために彼らの給料をもっと高くするということだ。その代わりに仕事をしていない人には辞めてもらう。そうしなければ、監督する側もされる側も思考停止状態になり、マニュアルどおりにしか動けない人間ばかりになってしまう。それではいけない。
――米国ではボルカールールなど様々な規制が作られているが、日本への影響は…。
原田 今、米国の金融界では様々な規制が作られているが、それらについて仮に域外適用の要請が寄せられた時に、日本には必要ないということをきちんと論理立てて説明できるように準備しておくことが重要だ。今後、アジアをベースに国際取引を広めていきたい日本に、ここで米国流の規制の網をかけられては困る。そもそもリーマンショックの時にも日本は何も悪いことなどしていなかったし、国民性として米国のインベストメントバンカーのようにあくどいことを考える人間もいない。金融庁がきちんと監督していれば、日本流のモニターの仕方だけで十分であり、日本には日本のリスク管理体制がある。日本の当局が不必要な国際協調をするとすれば、それは自分たちの責任逃れだ。
――これから日本がアジアで取り組むべきことは…。
原田 まずは日本でアジア全体のための取引・決済インフラを整備することだ。日本において証券の取引・決済システムについて高レベルのDVP(Delivery Versus Payment)やSTP(Straight Through Processing)に対応した仕組みを国費で作り、それをアジア中の人達にも使ってもらうことにすべきだ。そのシステムでアジアの顧客を引き寄せることが出来れば、アジア中の取引がスムーズに流れ、リスク管理の面で問題がなくなる。早期に整備しないとユーロクリアがアジアを席巻してしまう惧れがある。そのシステムを日本が作り広めていくことで、日本がアジアの証券市場・決済市場の中心となっていく。すでに稼動中の日銀ネットでは、時差による外為決済のとりはぐれリスクを回避するためのCLS(Continuous Linked Settlement)を開始しており、さらに米国時間とも取引時間を重ねればアジア・ユーロ・米国での同時決済も出来るようになる。また、海外銀行の日銀ネットの直接利用など日銀ネットという便利で信頼できるシステムが世界中で認識されれば、それは日本の証券会社や金融機関にとってプラスになる筈だ。(了)