本紙年末記者座談会
――与党の来年度税制大綱がまとまったが…。
A 子育て支援、農地活用、地域の活性化、医療費の削減など、色々な問題に対して目配りは出来ていると思う。問題意識とそれに対応する方向性は良いと思うが、ともに規模が小つぶで改革といったところまでの評価はできない。また、消費税の軽減税率では、食品全般としたことで増税の悪影響が少しは緩和されると評価していい。
B とくに法人税の引き下げは実効税率を20%台にしたからといって、それによってただちに企業が海外から戻ってくることは無いと思う。なにせ、主な逃避先のシンガポールはずいぶん前から17%だからね。まだ、10%以上差がある。また、そうした国々は、日本企業が日本に戻らないよう細心の注意を払い、機動的に税制を変えている。20%台は、いわゆる「2980円」的な効果はあり、日本も法人税を下げてきたなという印象は出せるだろうが、そこまでだと思う。
C アベノミクスが息切れしている理由のひとつとして、円安効果によって企業が日本に戻ってくるとの期待がこれまでのところ外れていることがある。しかし、一度解体して海外に移転した工場を再び解体して日本に持ち帰ってくるという企業行動は、日本に相当な魅力がなければ起こらない。交通費に象徴されるように日本のパブリックセクターのコストは高いし、少子化による労働力と総需要の減退や税制をはじめとする複雑な制度などを勘案すると、相当な円安と大幅な法人減税がなければ企業は簡単には国内回帰をしないだろう。
――政府は法人税をさらに減税するから投資と賃上げをよろしくと大手企業に要請している…。
C よろしくと言われても、一方で政府はROE経営を推進しているし、17年4月の消費税再引き上げにともなう景気の悪化も待ち構えている。また、円安もいつまで続くか分からないし、国内の内需も弱いままだ。とりわけ、ROE経営は大手企業を相当なケチケチ体質にしており、その結果としてキャッシュフローはさらに潤沢になる一方で、川下企業や労働者にはバブルの時のようにはお金が回っていない。
B 80円の時の円高に比べ今は120円前後の円安だから、単純に考えると輸出企業や外貨資産は30%程度の円安メリットを享受している一方で、輸入企業や個人はその分だけダメージを受けている。これを反映し個人の実質所得は今年も5年連続の減少となる見通しであり、個人消費が盛り上がらないのは当たり前だ。このため、自民党内には内部留保税を導入する案がくすぶり続けているが、そもそもROE経営を推進したことが間違いだったとまず認めるべきだろう
――Jカーブ効果に次ぐ2つ目の誤算がROE経営だと…。
C ROE(株主資本利益率)経営ではなくて、ROA(総資産利益率)経営にすることで設備投資を回復させる必要がある。確かにROE経営では株主は喜ぶが、日本株の30%以上は外国人株主で、しかも何かあればさっさと売却する非安定株主だ。これに対し、大方が安定株主である日本人の個人投資家はわずか17%と過去最低となっている。ここにも上場企業の収益は最高ながら個人消費が低迷している要因がある。
B ROE経営を推し進める企業は長期的には売りだ。すなわち、ケチケチ経営を優先し将来に向けた人材投資や設備投資を怠る危険性が高いためだ。加えて、目も当てられないのは、ROEを推進するためにわざわざ借金をして自社株買いを実施する企業だ。こうした企業は金利が低い今は良いが、借金の返済時期が来たらどのようなことになるのかを全く考えていないのではないか。つまり、返済時期に国の財政悪化による金利上昇局面がぶつかれば、高金利と資本不足に悩まされることになる。リーマンショックのようなことが起これば、倒産リスクも現実視されよう。
――ところでアベノミクスの誤算はもうないのか…。
A もちろんある。その最大の誤算が15年4月の消費増税だが、もう1つは予想インフレ率の効果も読み間違えている。すなわち、インフレがくるから、その前に物を買っておこうという行動が経済成長の好循環を生むという理論が少なくとも今の日本経済では機能していない。具体的には、国民は円安によっては物価が上昇すればするほど消費を手控えている。これは、若者も年金生活の高齢者も同様で、物価上昇に対し生活防衛を先行している。
B 確かにその通りで、若者は将来の年金がもらえないことを考えて実質賃金が下がれば下がるほど節約する傾向がある。高齢者は、物価高におびえ、年金が物価の上昇によって目減りする予防策として引き続きお金を節約する。財務省が、「消費税を8%に引き上げれば、高齢者は年金財源に安心するため消費は増える」と宣伝していたこととは真逆の状況となっている。
――消費税引き上げによる景気の後退は誤算ではなく確信犯か。すると、誤算は3プラス1だと…。
C いやいやまだある。やはり消費税の再引き上げに絡んでいるだが、昨年10月末に行った追加緩和自体がそもそも大きな誤算だった。つまり、追加緩和を実施して10円以上の円安にしてしまったことで、実質所得をマイナイスにし個人所得を低迷させてしまっただけでなく、原油価格の下落という日本にとっての恩恵を吹き飛ばしてしまった。消費税引き上げが大失敗だったと言われたくなくて、たぶん黒田日銀総裁が慌てたんだろうな(笑)。
――アベノミクスは誤算だらけじゃないか…。
A 当たり前のことだが、お金が広く国民に流れていかなければ経済は成長しない。その意味では、「一億総活躍社会」というテーマは良い。しかし、その実、今までの政策は輸出を中心とする大企業とパブリックセクターにお金が偏在してしまっている。このゆがみを来年度の税制改正や予算で補わなければ持続的成長は難しいが、冒頭で言ったように税制改正は小粒であり、偏在を是正できる力に乏しいのではないか。
C しかし、有効求人倍率などの労働指標の改善はいつかは賃金上昇やそれによる個人消費の増加という形となってGDPの上昇圧力となる。また、消費再増税前の駆け込み需要や、インバウンドも中国は減少する可能性は高いが他の国が増えてくる。このため、新年は中国ショックやテロ問題の影響が大きくならばければ、再来年の消費税率再々引き上げまでは緩やかな回復局面を辿っていくだろう。とはいえ問題は、その後の消費税再々引き上げによるダメージはもちろん、これまで無理矢理続けてきた金融緩和の反動や、100兆円の財政出動のツケが回ってくる。
――来年も前途多難というところで、本紙もROEのケチケチ経営を見習うべきか(笑)。