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「日米同盟は中国を有効に抑止」

静岡県立大学
特任教授
小川 和久 氏

――米海軍が南沙諸島の中国人工島間近を通過した…。

 小川 一般的な解説では、中国の拡張的な行動を、米国が座視できずに牽制したということになっている。しかし、私の分析は少し違う。先の米中首脳会談では、開催前に中国側が絶対に武力衝突が起きないための合意を米国側に求めていたため、会談が開催されたということは合意が成立したことを意味している。今回の艦艇派遣は、中国側が本当にその合意を守るかどうか確かめるために、米国側が確認に出たとみるべきだろう。今回中国側は米国艦艇通過を妨害しなかったが、これは今後も中国側が国際的に公海と認められる海域では航行や航空機の飛行を妨害しないことを暗に示している。日本では米中がいつ開戦してもおかしくないように報じられるが、実際には中国側は南沙諸島の海域を死守するといった頑なな姿勢ではない。共産党中央軍事委員会のナンバー2(副主席)も、人工島は平和のために用いると発言している。もちろん、本当に平和利用になるかどうかは今後米中の力関係次第だ。

――中国の海洋での覇権的行動が目立つ…。

 小川 日本人はそう思いがちだが、実は尖閣諸島が位置する東シナ海周辺での中国の活動は極めて抑制的だ。尖閣諸島で領海侵犯を繰り返している白く塗られた中国の公船は例外なく非武装で、このことは海上保安庁でも確認している。2013年のレーダー照射事件や尖閣諸島上空を含む防空識別圏設定、2014年の航空機の異常接近など、中国の挑発と報じられた事例は、実はどれも戦争に直結するような行為ではない。これらは日本への軍事的挑戦というよりは、むしろ国内の不満分子に対して、中国政府が弱腰ではないことをアピールするためのものだ。中国では経済格差による不満が蓄積されているが、彼らは当局が取り締まり難い反日・愛国運動で不満をぶつけようとしている。中国当局は先手を打って、そうした運動の芽を封じているわけだ。また、敢えて挑発的な行動をとることで、日本や米国に対して危機管理のメカニズムの協議に入るよう促している側面もある。

――なぜ中国は東シナ海では抑制的なのか…。

 小川 東シナ海での衝突は相手が日本とアメリカであり、展開によっては世界的戦争にエスカレートする要素が含まれているからだ。最悪の場合、中国から海外資本が撤退することになりかねず、中国はそれを非常に怖れている。天安門事件の折、私は上海の復旦大学に特別講義で滞在していたが、共産党も民主化運動の側も、「国際資本が撤退すれば中国の未来が失われる」と危機感を訴えていた。その危機感は日本人には分かり難いだろうが、中国側は東シナ海での衝突が天安門事件の再来になることを怖れている。そのことは、天安門事件の際も踏みとどまった松下電器とフォルクスワーゲンに対して、今も中国共産党が感謝しても仕切れないと表明していることでも理解できる。逆に南シナ海で対立するフィリピンやベトナム相手に衝突が起きても、国際資本の撤退にまでにはいたる可能性は低く、中国は強気だ。実際、南シナ海に派遣されている公船はどれも武装している。一方、東シナ海では、尖閣諸島の国有化などで緊張感が高まっているのは確かだが、メディアが報じるような今にも戦争になりそうな状況ではない。

――では、安保法制の整備などは必要ないのか…。

 小川 それは違う。中国が抑制的なのは、日米同盟の抑止力が効いているからだ。抑止力を更に高めるために、安保法制は必要だ。安保法制で却って中国との緊張が高まるとの声もあるが、中国は全く安保法制の強化を問題視していない。先日、私が中国軍の将軍と会食した際も、彼は安保法制については関心を示さず、むしろ自衛隊が南シナ海に派遣されるかどうかを気にしていた。

――中国が挑戦的と見るのは間違いなのか…。

 小川 中国は外交の常道を歩んでいるとみるべきだ。基本的に、外交では行動しなければ相手の反応が分からないから、とりあえず何か行動に出て、相手の反応をみるのが基本だ。彼らは各国の対応の温度差も注意深く観察している。ただ、中国には米国と本格的に対立する意図はない。米国が乗り出してくれば、行動を控えることになる。経済的理由だけではなく、軍事技術の面でも中国は米国の水準から20年は遅れていることを、彼ら自身がよく分かっている。中国が米国に対して何か行う時は、そうした表面にはみえない事情を汲み取ることが必要だ。例えば9月3日の軍事パレードは拡張主義の現れだとか、軍事力をアピールしているなどの見方が多かったが、本質はそこではなく、最大のメッセージは習近平が軍を完全に掌握していることを内外に示すことにあった。そのことは、普通ならパレードを壇上から眺める立場の将軍・提督たちが、これまでで初めてパレードの先頭に横一列に配置されたオープンカーに乗って登場したことでもわかる。陸海空軍と第2砲兵(ミサイル部隊)、武装警察を代表する5人の中将が、オープンカー上から習近平国家主席に敬礼していたのが印象的だ。

――米国が日本を見捨てるとの懸念もある…。

 小川 これは防衛省を含めた役人の大部分が気づいていないことだが、米国にとって日本は他の同盟国とは異なる大きな価値を備えた戦略的根拠地を形成している。そのことを理解していないのは日本自身だ。これは昭和59年に私が調査したことで明らかになったのだが、米国の軍事戦略は太平洋からアフリカ南端の喜望峰の範囲まで、日本列島に支えられている。民間企業で例えるなら、イギリスや韓国、ドイツなどの米軍基地は支店か営業所程度の位置づけだが、アメリカが東京本社だとするならば、日本は大阪本社ほどの重要性を備えている。米国の外交・軍事戦略は日米同盟抜きには成り立たず、世界のリーダーでいられるかどうかは日本次第とすらいっていい。日本には米軍の専用施設が84カ所、自衛隊との共同使用施設が50カ所、合計134個所もの米軍関係施設があり、米国本土に近いレベルの出撃や兵站、インテリジェンス機能を持つ「戦略的根拠地」を形成している。日本人は、米国が「日本列島への攻撃は米国本土への攻撃とみなす」と言っていることを単なるリップサービスと捉えているが、それは日本にどのような価値があるのか分かっていないためだ。日米同盟と日本列島が重要だからこそ、米国は習近平国家主席に対して「尖閣諸島であっても米国の国益であることを理解せよ」「中国は米国と日本が特別な関係にあることを理解すべきだ」と明言している。

――日本側の課題は…。

 小川 自衛隊の適正規模が根拠を持って語られてこなかったことが問題だ。何を根拠として、どれだけ自衛隊員が必要なのかを算出し、適正規模を国民に示す必要がある。一つの目安になるのは海岸線の長さで、日本は世界で6番目に長い海岸線を持つため、これに対応するためには陸上自衛隊員が25万人は必要だ。現在は自衛隊全体で定員24万人、陸上自衛隊は定員約14万人、実際は13万人程度なので、大幅に増強しなければならない。災害対策という意味でも陸上自衛隊のマンパワーの確保は重要だ。警察や消防が災害現場で活動できるのは3日が限度で、長期間の活動には、自己完結能力を備えて2週間はぶっ通しで活動できある陸上自衛隊が不可欠だ。このように根拠ある適正規模を国民に示し、理解を広げ、自衛隊を適正規模へと除々に拡大していく必要がある。

――集団的自衛権については…。

 小川 一連の問題については、政府がどのように日本を守るのか、国民に問いかけなかったことが誤解の発端だ。日本の平和と安全を図る選択肢は、米国との同盟か、自力での武装中立の二つしかない。前者を選ぶなら集団的自衛権は前提となる。ただ、政府が同時に指摘しなければならないのは、米国との同盟が極めて費用対効果に優れているのに対して、武装中立がハイコスト・ハイリスクであることだ。日本の防衛予算は5兆円程度だが、この程度の規模で、世界最高の安全を享受できているのは日米同盟あってのものだ。防衛大学校の二人の教授の試算によれば、もし現在と同レベルの安全を自前で確保しようとするなら、毎年23兆円の防衛費が必要となる。それも10年、20年、そのレベルの歳出を続けなければならない。更に日米同盟を止めれば、その瞬間アメリカの核の傘はなくなる点も忘れてはならない。自前で核兵器を作るには、その面での日本の技術レベルの立ち後れや、他国からの干渉・妨害が避けられないことを踏まえると、10年かけても不可能だ。核兵器による抑止力が10年以上なくなるリスクは極めて大きいが、その問題に対する解答が示されたことはない。

――今後の安全保障のあるべき形は…。

 小川 実は、世界の安全保障環境は、国家対国家というステージから、対非国家主体との戦いというステージに移行しつつある。現代において正面から戦争を起こしたがっている国は殆どないが、ISIL(イスラム国)のようなテロリストグループはいつ、どこで、何を目標に、どんな手段でやるかなど、主導権を100%握っている。アルカイダが米国を大きく揺らがしたのは記憶に新しいところだが、攻撃される側は不意打ちに耐える覚悟が求められる。現在、世界ではそうした新しい脅威に備え、封じ込める動きが国家主権を超えて進展しつつある。典型的なのは今年6月後半から7月1日にかけてモンゴルで行われた演習で、米国を始め、23カ国1000人が集まり、国連平和維持活動(PKO)などの訓練を行った。自衛隊が参加するのは10年目だが、人民解放軍も参加しており、両者が背中合わせで銃を構えるような写真も公表されている。今後はこのように、国家を超えて共通の敵と立ち向かうのが国際的な流れで、日本も既にその方向に進みつつある。例えば、先般の安保法案は10本の法律改正と国際平和支援法の立法がセットだったが、この中のかなりの部分は集団安全保障に関わるものだった。集団安全保障とは、簡単にいえば、平和を乱す国やグループに対して、国連や有志連合が共同で対処するものだ。場合によっては、人民解放軍どころか、北朝鮮軍が友軍として同じ戦線にならぶこともあるだろう。すでに尖閣諸島の領有権や拉致問題といった対立点とは別のところで、各国が協力しなければ安全を図れない段階にまで、国際的な安全保障環境は変化しつつある。

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