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「RCEP合意への働きかけ重要」

亜細亜大学
教授 アジア研究所所長
石川 幸一 氏

――年末にASEAN経済共同体が発足するということだが…。

 石川 ASEAN共同体というのは、経済共同体、政治・安全保障共同体、社会文化共同体という3つで構成されている。そのなかで最も重要なのがASEAN経済共同体(AEC)だ。AECは対象分野が非常に広く、市場(経済)統合、競争力のある地域、格差の是正、グローバル経済との連携の4つの柱で構成されている。さらにそのなかでも最も重要なのが市場(経済)統合だ。ASEAN事務局では、関税撤廃やサービス貿易の自由化、投資分野の自由化など統合に向けた項目をいくつ達成できたかを表した実行率を公表しており、今年の8月までに90%に達した。具体的な項目のなかでは、例えば、関税の撤廃では後発開発途上国であるCLMV(カンボジア、ラオス、ミャンマー、ベトナム)を除いて2010年に達成しており、CLMVを含めても2018年までに完了するのはほぼ確実で、TPPに負けない自由度の高いFTAの枠組みが誕生する。これにより日系企業の場合、マーケットとしても、調達場所としても今まで一国でみていたものを、ASEAN全体でみることができる。これだけみてもAECは高く評価できる。

――ほぼ完全で大きな自由貿易圏が誕生するわけか…。

 石川 しかし一方では、関税以外の貿易の障害となる非関税障壁が存在しており、完全に自由な経済圏であるとは言えない面もある。例えば、工業製品の環境・安全規格や食品の安全基準(農薬の残留基準など)が各国で異なると自由な販売活動が制限される。また、サービス貿易(サービス分野への投資)においても、外資出資比率は最大70%までに制限されている。域内に進出している日系企業の場合もサービス貿易自由化の恩恵の享受が可能となるはずだが、まだ明確に規定されているわけではない。当たり前のことだが、AECの恩恵を受けるのはASEAN域内の企業であるため、進出している日系企業も含まれるはずだ。この点も、規定では「ASEANで事業を実質的に行っている企業を対象とする」と基本的なことは書いているものの、「実質的」というのは具体的にどういった条件なのかの議論が進んでおらず、また前例もないため、実際に日系企業が投資できる要件はまだわかっていない。

――EUでは労働者の移動の自由が問題になっているが…。

 石川 AECではヒトの移動の自由を積極的に推進することによって、貿易や経済の交流が図られ、ASEAN圏としての経済拡大を目指している。ただ、EUと同様の問題を防ぐためにもAECでの移動の自由は熟練労働者に限定している。熟練労働者というと分かりにくいが、簡単に言うと例えば商社やエンジニアなどのビジネス・パースンのことだ。現在、年末に向けて取り掛かっているのが、会計士や看護師、建築士などの資格の相互承認だ。共通化に向けた基本的な協定は合意に達したものの、例えばシンガポールの弁護士がタイで弁護できるかは法律が異なるため現実的ではなく、また、タイでは域内他国の看護師の資格を認めてはいるが、実際には言語が異なるため、勤務できる状況にない。このように資格の相互承認を進めているが、実際に働けるかどうかは別問題となっている。他方では、非熟練労働者と言われている工場労働者の移動の自由は認めていない。しかし、実際には非熟練労働者は自由に移動している。タイではミャンマーやラオス、カンボジアの非熟練労働者が、シンガポールにもフィリピンやインドネシアから来ている。これは2カ国間の協定やあるいは不法入国で入ってきているためだ。こういった問題が移動の自由の問題を複雑化している。

――ASEAN全体としての成長の潜在力は大きい…。

 石川 現在、ASEAN全体の人口は6億2500万人。これは中国の半分に過ぎないが、ASEANの場合は人口構成が若いことが特徴だ。中国は一人っ子政策の影響もあり、急速に高齢化が進み、労働力も今年、ピークアウトするとみられているが、ASEANではこういった問題はまだまだ先で、今後も生産拠点、マーケットとしての魅力がある。また、交通の面でも急速に物流インフラ開発が進んでいる点にも着目したい。特にタイを中心とする陸のASEANでは、東西経済回廊、南北経済回廊、南部経済回廊が繋がり、大メコン圏として物流網が構築されている。これによってタイを中心にベトナム、カンボジア、ラオス、ミャンマーで生産のネットワークが構築できるようになった。タイの人件費上昇を背景に、賃金の低いカンボジアやラオス、ミャンマーで分業体制が可能となるとともに、カンボジアやラオス、ミャンマーの所得水準向上に伴ってマーケットとしての魅力も高まっていくと考えている。

――ASEANに対する日本政府の課題は…。

 石川 2カ国間の経済協力などを背景に日本企業によるASEAN向け投資はタイを中心に他国を圧倒している一方で、ミャンマーやラオスなどでは中国企業による投資のほうが多く、その分影響力も強い。また、インドネシアでは鉄道受注で遅れを取った。日本政府は2国間だけでなく、ASEANへの経済協力を積極的に展開してもらいたい。また、AECを作っていくうえで、あらゆる角度から協力することも重要だ。例えば、米国はAECの計画づくりに参加しており、内容に影響を与えることができるだろう。また、フランスはASEAN域内の化粧品での規制作りに協力していることから、化粧品の輸出といった面で有利に働く。こういったように、モノのだけでないソフト面の協力も必要であり、長期的な視点で考えることが重要だ。また、AECでは、ASEANと域外の国とのFTA締結による自由貿易圏のさらなる拡大も目指している。これまでのところ日本、中国、韓国、インド、オーストラリア、ニュージーランドと締結し、現在、香港とも交渉を進めている。さらにこれらをまとめたRCEP(東アジア地域包括的経済連携)を作ろうと進めている。TPPが前進したことで、TPPに参加していない中国を筆頭にTPPに匹敵する自由貿易圏、つまりRCEPを進めようとするだろう。中国に加えてインドを含むRCEPのほうがTPPよりも人口規模が圧倒していることから、日本にとっては非常に重要な貿易圏となる。特に日系製造業企業はTPPよりもRCEPに投資しているため、サプライチェーンとして相当重要な枠組みになると予想されることから、RCEP合意に向けて日本政府が働きかけていくことは重要だ。

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