金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

金融ファクシミリ新聞は、金融・資本市場に携わるプロ向けの専門紙。 財務省・日銀情報から定評のあるファイナンス情報、IPO・PO・M&A情報、債券流通市場、投信、エクイティ、デリバティブ等の金融・資本市場に欠かせない情報を独自取材によりお届けします。

「日本車メーカーは今後10年は苦戦へ」

ナカニシ自動車産業リサーチ
代表
中西 孝樹 氏

――今後のトヨタをどう見るか…。

 中西 足元の業績は絶好調だが、今後の成長力は鈍化に転じていくと見る。トヨタの強いアメリカ市場は需要回復が飽和しつつあり、日本市場は消費税率引上げの影響もあり、伸び悩むだろう。アメリカでは、法人向けフリート販売を除けば、トヨタは実質的に最大のシェアを持っている。攻め入るところは概ね既にシェアを確立していることから、アメリカで市場シェアを大きく引き上げることは困難だと思われる。これからの成長のためには、中国やインドといった新興国市場の開拓が必要であるが、トヨタは明らかに出遅れている。中国では、政治的な不安定さも懸念され、当面は欧州企業を始めとする海外企業の後塵を拝することになるだろう。30年近くも前から中国に照準を定めていたフォルクスワーゲンに追いつくことは一朝一夕ではできない。ただ、競争力が低下している訳ではない。派手さは無いが、長期的に安定的な成長を持続する企業になるだろう。マツダ、富士重工業、ダイハツ工業らの提携先企業との外部シナジーを創造することで外部成長を期待できないわけではないが、トヨタの既に巨大な規模から劇的に成長することは難しい。

――自動運転などの技術が遅れている…。

 中西 全般的に遅れているわけではなく、それなりに強い部分もあり、バランスが悪い印象だ。トヨタに限らず、ホンダもハイブリッド技術にやや傾倒し過ぎた印象がぬぐえず、小排気量過給エンジンやディーゼル、プラグイン・ハイブリッド、電気自動車に出遅れている面がある。また、クルマと融合するIT(情報通信)技術、安価な車両を製造する分野にも難があり、今後の技術革新や途上国への対応能力が課題だ。こういったバランスの悪い技術発展を遂げた背景には、各社がアメリカ市場に比重を置きすぎ、技術革新や新興国市場の発展力を読み間違えたことがある。自動車産業は、製品・技術のリードタイムが無いため、一度戦略を間違えると、挽回するのに10年はかかるものだ。従って、2020年の時間軸では、日本メーカーが世界競争で苦戦することを覆すことは容易でない。ただ、会社経営者らもそのことはよく理解しており、2025年目線で挽回するための戦略構築には余念がない。

――水素を燃料とするトヨタのMIRAIをどうみるか…。

 中西 短期的に収益に大きな影響を与えるものではなく、あくまで2030年~2050年に向けた足場固めと考えるべきだ。MIRAIが有する大切な役割は、日本国としてのエネルギー安全保障をどう導くかという問題意識を皆に持たせることだ。今後、需給面から見て、原油価格が長期的には大きく反発する場面が必ず来ると考える。従って、日本は、自動車メーカーの技術戦略論だけでなく、国家のエネルギーの脆弱性をどの様に克服するかを真剣に考えねばならない。テスラが主張するような、全てを太陽電池で賄える社会が直ぐ訪れることは現実的ではない。電気は蓄えるのが難しいという性質があり、メガソーラーの建設を急いでも、非常にコストの高い社会インフラであり、かつ、安定的な電力供給も約束されない。その点、水素には、大量の電池を貯める手段としてのポテンシャルが大きい。通常の化石燃料をベースとするエネルギーと、小さな電力を蓄える電力グリッド、多くの電力を蓄える水素グリッドがバランスすることは、エネルギー脆弱性を克服する国益に叶っている。そうした水素社会の可能性をアピールする象徴がMIRAIではないだろうか。MIRAIによって水素技術が素晴らしいと評価されれば、税金のかかるインフラ整備への社会的な容認も進むだろう。現状の水素自動車が一般に普及するにはまだまだ時間がかかるだろうが、今から水素社会へ準備を進めなければ、将来技術的ブレイクスルーがあってからでは間に合わない。日本が国際競争でアドバンテージを取ることは加工輸出ビジネスにもつながる。いわば、MIRAIはトヨタの母国である日本の発展をも視野に入れた長期的な戦略を担っているといえるだろう。

――次世代MIRAIも計画されている…。

 中西 次世代MIRAIについては、2020年のオリンピックに合わせて、より現実的なものが発表される公算が高いと考える。オリンピック東京大会は、新MIRAIにより、世界に水素技術の革新性と利便性を世界に訴える非常に魅力的なショーケースとなることが期待される。水素自動車が一般に普及するのはその先で、それこそ2030年以降になるだろう。累計販売台数が800万台に達したトヨタのハイブリッド車も、発売当時は年間1万台も売れなかった。水素をエネルギー源にする燃料電池自動車は水素インフラが不可欠であるため、もっと時間がかかる見込みだ。燃料電池自動車については否定論も多い。しかし、世界の自動車メーカーが燃料電池自動車の開発に取り組んでいることを踏まえれば、日本がこの技術を放棄せよという論調には同調したくない。テスラのように燃料電池自動車をクレイジーと批判する立場もあろうが、自動車メーカーからすればテスラこそがクレイジーだ。これはどちらかが間違っているわけではなく、既存の価値を守りたい側と壊したい側で議論が行われるだけで、どちらも正しい戦略であるといっていい。

――自動運転については…。

 中西 一言で自動運転と言われているが、これには二つの大きな違う思想があり、まずグーグルが運転手を不要とする完全な無人運転を目指している一方、自動車メーカーはあくまで人間とシステムが協調しながら自動運転するという、いわば航空機の「オートパイロット」のようなものを目指している。これもどちらかが正しいということはないが、個人的にはグーグルが考える未来は実現が困難なように思われる。確かに、狭い地域で限定的な速度で走る車なら、可能性はある。しかしそれは、現在のクルマ社会を代替するというイメージよりは、遊園地などの限られた空間をより便利にするようなものと考える。法律的にも無人車両の走行は当面不可能であり、法改正には世界的に相当時間がかかるはずだ。一方、運転支援を発展させていく自動車メーカーのアプローチは、例えば70歳での運転放棄を考えていたドライバーが75歳まで運転が可能になるような可能性を持つ。高齢化が進む日本では非常に望ましいシステムだ。この二つの無人運転の思想は、どちらかが生き残るのではなく、恐らく並存して発達するだろう。極論すれば、もしグーグルが推進するような無人の完全自動運転が実現するならば、自動車メーカーの株式価値は今頃暴落しているはずだが、現実はそうではない。逆に自動運転が不可能と見ていれば、テスラやウーバーの株式価値は今ほどの高評価を得ていることもない。実際には現在の両社の株式時価総額は、ホンダや日産を超える規模だ。市場は、比較的冷静に、二つの自動運転のアプローチが並存すると見ていると言えるだろう。

――最近好業績の富士重工はどうみるか…。

 中西 富士重工の足元の業績は素晴らしいが、長期的には、茨の道だと考えている。やはり、問題はアメリカ市場でしか成長を遂げることが出来ず、その結果、構造的にその他の重要な市場、中国、欧州、インド、東南アジアで競争力を構築する目処が立たないことだ。アメリカ市場での成長は、2020年頃までは見通せるが、その先、何を成功要因にこの会社が成長を持続できるかが全く見えていない。今のところ非常に競争力の高い運転支援システムといえる「アイサイト」も、長期的に競争力を維持できるかどうかは不透明だ。ヨーロッパ勢、トヨタ、ホンダが急激に追い上げ、メガサプライヤーの標準品が出回ってきたら、コモディティ化が避けられない。富士重工はアイサイトのブランド化で差別化を図る考えであろうが、もしそれが叶えば国内事業の安定化要素となりえるが、果たして性能差が縮小しても人気が続くかは不透明である。また、もう一点気になるのは将来的な電動化への対応だ。富士重工の自動車といえば職人芸的な伝統の内燃機関(水平対抗エンジン)が魅力だが、電動化した時、その独自性を維持できるのか疑問だ。この意味でも、富士重工は2020年以降、様々な課題を多く抱えていると考えている。

――日本の自動車のメーカー全体の課題は…。

 中西 様々な新技術が生まれてきてはいるが、自動車は変化が穏やかな産業だ。そのため、勝ち始めればしばらく勝ち続けることができるが、逆に負け始めるとどれだけ巻き返そうとしても、負けが続いてしまう。アメリカ市場を偏重してきたために、日本のメーカーはまさにこの負けの流れに囚われている最中だ。問題は、販売台数が回復し業績が浮上した時に、この回復が競争力の回復によるものなのか、それとも単純の過去の得意領域の循環的な回復によるものかを見極めることだ。アジアの人口や所得の増加、得意なガソリン自動車の需要も伸びるため、日本メーカーのファンダメンタルズの見通しは決して悪くない。しかし、それは競争力の改善がもたらすものではなく、古い構造の中で稼いでいることになる。GMが辿った企業停滞とはまさにこの道であり、収益を稼ぐ古い構造(ピックアップと米国市場)に依存し過ぎ、構造改革を実現できなかったことで最終的に破綻に至った。トヨタも、油断すれば構造的にかつてのGMの落ちた罠に陥りかねない。その意味で、技術革新が出遅れ始めている日本車メーカーは気を引き締めて構造対応を急ぐ必要がある。こう言った問題意識をもって、拙著の「成長力を採点! 2020年の勝ち組自動車メーカー」(日本経済新聞出版社)を上梓した。この中で、国内乗用車8大メーカーの2020年での長期的な競争力を採点した。2020年はかなり先のことに感じるかもしれないが、自動車の構造転換を見抜くには最低このぐらいの時間軸で見ていく必要がある。環境と安全といった要素技術のロードマップを詳細に解説しており、今後10-20年の目線で、クルマに関わる技術がどの様に変わっていくか、理解が出来るのではないかと思う。

▲TOP