みずほ証券
金融市場調査部
チーフマーケットエコノミスト
上野 泰也 氏
――国内景気に力強さが見られない…。
上野 景気を力強く持続的にけん引する需要項目が見当たらない。けん引する候補となるのは輸出、個人消費、設備投資の3つだが、それらの好影響は一時的・限定的なものにとどまっている。前週発表の4~6月期GDPも前期比年率でまとまった幅のマイナスになった。国内景気は予断が許されない状況となっており、7~9月期もリバウンドは弱いと考えられる。何らかの要素から緩やかに回復が維持できるかもしれないが、けん引役が見当たらない限り場当たり的なものとなるだろう。例えば、純輸出は14年10~12月期GDPに対して前期比でまとまったプラスの寄与となったが、生産拠点を海外に移す動きは止まっていない。このため、円安が進行してもJカーブ効果は見られず、国内生産の増加も大して見られていない。政府側はこのような経済構造の変化を見誤っていると考えられる。
――8月の日銀総裁会見では「個人消費が底堅く推移」と強気の見方を変えていない…。
上野 生活用品の値上げが響き、実質ベースの可処分所得の減少から個人消費も伸び悩んでいる。内閣府が発表した7月の消費者態度指数は、前月比1・4ポイント低下の40・3と下落幅が大きい。特に食パンやチョコレートなど、食料品の値上げは消費マインドの悪化につながっている。原油安によるメリットはあまり見られていない。食料品が全ての世帯に影響するのに対し、車を持っている世帯はそれより少ないためだ。また、政府やマスメディアが喧伝した名目の給与水準も、実際のところはあまり伸びが見られていない。
――給与の引き上げは一部分だ…。
上野 賞与額の高水準やベア実施が報じられているが、大企業の若手中堅層に賃上げ効果が現れても、中小企業や中高年にはさほど影響がない。名目値となる現金給与総額が横ばい圏内にとどまっている。特に、定年再雇用組が非正規労働者となることも影響し、1人あたり賃金はほとんど増えていない。実質賃金はむしろ低下している。国境を越えて企業間競争が激化していることを考慮すると、企業は固定費となる給与を安易に底上げするのをためらう。また、株式投資家による選別の目も厳しいことから、コスト増で収益体質が弱まれば株価も他社対比で下落する。この点、ROE向上と給与増額どちらも目指すべきだとする政府の方針は矛盾しており、かけ声だけのご都合主義的と言える。
――設備投資の計画自体は伸びている…。
上野 設備投資計画を立てても、「不確実性」を合い言葉に計画通りに出さないケースが昨年まで見られていた。日本政策投資銀行による全国設備投資計画調査(大企業)によると、14年度は計画値が前年度比15・1%増に対し実績は同6・3%増にとどまっている。これに対し、足元では決算が出揃い、2年連続で過去最高益を更新するような企業が出始め、ようやく設備投資が出始める要素が揃ってきているが、同じく政投銀の調査では、設備投資の動機として「能力増強」という回答のウエイトが低かった点に留意が必要だ。「維持・補修」などその他の動機のウエイトが圧倒的に高く、昔のように拡大再生産的に国内で工場を増やすという動きは見られない。
――やはり国内市場の縮小を見ている…。
上野 人口減少から、国内市場は縮小に向かうことを考えると、将来計画として生産能力を増強させることは考えにくい。少子高齢化により生産年齢人口が減り、人手が足りなくなることで機械に入れ替えるという需要はあるかもしれないが、そのケースでは雇用が増えないため景気への好影響とはならない。また、足元では中国の景況感悪化から、外部環境の悪化も考えられ、発注ベースでの投資額は減少する可能性もある。中国人のインバウンド消費がカンフル剤的に効いていたが、この効果が剥落することを見越し既に株価も下落した。むしろ、売上が上がる海外で収益を確保するよう、海外企業へのM&Aなど、海外ビジネス展開に投資することが活発になっている。
――景気上昇に向かうには…。
上野 日本での滞在人口を増加させる政策を強化すべきだ。これには移民の受け入れも含まれる。ただ、地方では外国人が増加すると治安の悪化や雇用が奪われるという先入観もあり、人口対策の重要性は浸透していない。現役世代の減少による影響は大きく、国立社会保障・人口問題研究所の推計によれば、2060年には生産年齢人口1人に対し、従属人口が1人となる見通しだ。増税負担や社会保障負担がかなり増すことになるため、人口減少に対する政策の重要性は今後さらに増すだろう。
――金融政策はどうなるか…。
上野 17年4月の消費税増税後の景気悪化が想定されるため、金融緩和を続けざるを得ない。国債を買い続け、それが難しくなれば不足分は政府保証債や公募地方債を買わざるを得ない。それでも不足すれば、銀行保有のローン債権に手を伸ばすことも考えられる。消費税率10%への引き上げ時期は既に17年4月に延期されているため、リーマンショック級の経済危機が起きない限り、予定通り引き上げる可能性が高い。その結果、17年度はゼロ成長以下だと予想している。黒田日銀総裁は実際、「緩和が必要であれば技術的に限界があるとは思わない」と発言しており、安倍・黒田体制が変わるまではこの金融緩和の流れが続くと見ている。また、日銀は2%の物価目標を掲げているが、これを達成するのは極めて困難であるため、日銀のバランスシートの縮小や、出口戦略という話は出てこないだろう。
――今の大規模緩和があと数年続くと…。
上野 極論すれば、今の安倍内閣が退陣し、次期首相が日銀の体制を変更すれば状況が変わるかもしれない。ただ、安倍内閣の支持率は当面、30%を下回ることはないと見ている。この理由としては、他の候補が自民党内外で考えられず、選択肢がないということが大きい。安倍首相の任期は18年9月までとなるが、五輪招致の功績もあって、20年に五輪開催国首相となっている可能性も否定できない。安倍首相が続投する限り、リフレ派の経済・金融政策が続くだろう。
――今の緩和が続くと国債の流動性が著しく低下する…。
上野 国債の流動性低下によるボラティリティの上昇が断続的に見られている。13年4月の大規模緩和、14年10月の追加緩和後も金利が乱高下した。10年国債利回りは今年1月に0・195%と過去最低に落ち込んだあと、6月には1%ちょうどまで一時上昇した。技術的に買い入れ手法の調整をしながら、長期金利を抑え込んでいかざるを得ないだろう。日銀は今年10月に再度の追加緩和を行う可能性があると見られるが、その後もまた同様のボラティリティ上昇が起こると見ている。そして、こうした形で金融緩和が行われている間は、10年国債利回りが1%を超えるのは難しい。景気上昇による金利上昇も見込みにくいことから、債券運用は苦しい展開が続くだろう。
――景気が回復する材料はあるのか…。
上野 日本はバイオやハイテクなどの先端技術にまだ強みがある。医学面での技術も優れており、既にガンなど様々な病気の治療法が生み出されてきた。こうした技術を活かし、ベンチャー企業からグローバル企業に育つような展開があれば日本経済の先行きにも希望を持てるだろう。それには規制緩和やベンチャー企業の育成などを強力に推進する必要がある。