金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

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「今こそ税の民主化が必要」

青山学院大学
法学部長
三木 義一 氏

――民間の有識者による民間税制調査会を立ち上げた…。

 三木 民間税調を立ち上げた背景の1つには、ピケティの議論がある。ピケティは、資本主義社会では資本収益率が一般経済成長率を常に上回っていると分析し、何にも手当てをしない場合、長期的には経済が成長するほどに格差が拡大してしまうことを明らかにした。従来の経済学では、経済成長によって格差は縮まっていくとの理解が一般的だっただけに、ピケティの分析は衝撃的だった。貧富の差が激しくなると、健全な社会を作っていくことは難しい。ピケティによると、資本主義の下でも1910年~1970年前後にかけては相対的に格差が縮小していた。この時代は超過累進税率や相続税など、税制の面で格差を縮めるような仕組みがあった。

――日本も貧富の差が大きくなってきている…。

 三木 日本にも「一億総中流」と称された時代があったが、あっという間に格差が拡大してしまった。資本主義の1つの理想型は、皆がそれなりに豊かさを感じることができる「一億相中流」的な社会であり、資本主義社会を維持するうえではこれが重要になる。経済成長の成果を無秩序に放任するのではなく、税制によって格差を縮小する仕組みがあった方がよい。また、税制が多少不平等であったとしても、歳出の面で低所得者や一般市民に厚く配分されるようであればよい。北欧諸国がこの代表例であり、高い消費税を支払う代わりに手厚い社会保障を受けることができるため、国民の不満は少ない。一方、日本は個々の税制で細かな調整を行っているが、その公平性は必ずしも十分ではなく、払った税金の使われ方も明確ではない。

――日本では、税金に対する国民の納得感は乏しい…。

 三木 私たちは皆、国の主権者であり、納税者だ。納税者が主権を持つ社会は、日本にとって初めてであり、国際社会を見ても納税者自身が主権者になる仕組みはまだこなれていない。市民が主権を持って税の使い方を決めるということは、社会のあり方そのものを決めるということだ。しかしながら、日本国憲法では納税は国民の義務とされたため、財務省は明治憲法の時代と同様に、天皇の主権の一部を借りて一段高い所から行政をするような状態を作ってしまった。また、申告納税を導入せよとの米国の命令に対抗し、当時の大蔵省(現財務省)が日本では申告納税制度と同時に年末調整も導入されたため、実際に申告を行う納税者は全体の2割程度にとどまっている。要するに、自分たちは物事をよく理解していて、庶民はよくわかっていないから、税の使い方も財務省に任せておけという発想で税制が構築されてしまっている。このため、納税者にとって税金は取られるものという意識が強く、嫌税感が生まれてしまっている。

――税金の使われ方がブラックボックスと化している点も問題だ…。

 三木 財政の中身は財務省以外よく解らないのが現在の日本の姿であり、それゆえ財政状態が健全なのか不健全なのか判断がつきにくいことは事実だ。ただ、とにかく現在明らかなのは、年間50兆円程度の税収しかないのに関わらず、歳出は100兆円規模に膨らんでいるということだ。長い目で見てこのような社会は維持できるはずがなく、我々はどうするかを真剣に考えなければいけない時期に来ている。日本では国民の間で嫌税感が強く、また政治が減税を主張しても税収が伸びてきた時代もあったため、日本の場合は与野党を問わず、減税が正義の主張になってしまった。裕福な人は減税の方がよいが、減税は公共サービスを抑える代わりに自助努力せよということであり、本来は庶民から減税に反対する声が出てきてしかるべきだ。しかしながら、減税を政策に掲げた市長が当選した場合、実際に減税して市民サービスができなくなると、市民は怒ってしまう。本来は減税したら自助努力するという覚悟をもつべきだが、税金を払わずともどこかからお金が来ると思ってしまっている。この体質は、日本の選挙制度が、職業政治家を作り出したことの負の部分であろう。職業政治家の目標は政策実現ではなく、選挙に受かることだ。それゆえに職業政治家は甘いしか述べず、ただ地元に金を引っ張ってくるだけだ。これは不正そのものだが、地元では不正とは思わず政治家として評価してしまう。日本では主権者がタックスイーターとなり、主権者として社会を担っているという自覚を持たないままにここまで来てしまった。この意識を今こそ変えなければいけない。

――税金に対する国民の意識をどのように変えていくべきか…。

 三木 戦後の日本における様々な議論を見る限り、より多く税金を払うことが良いと明確に主張している人はほとんどいない。「税金は我々自身のために払うのだ」という意識をどのように作っていくかは今後の課題だ。今考えている解決策としては、さしあたりある分野で国民に増税を頼んだら、増収分の使い道を明確にし、その効果について国民に実感してもらう必要がある。一般の市民からすれば、生活保護の受給者のみが税金による手当を受けているように見えている。これは大きな問題であり、一般市民が税金の効果を実感できる分野にお金を回し、税に対する信頼感を取り戻していくべきだ。

――民間税調における今後の取り組みは…

 三木 学者5人が手弁当で始めただけで、組織力や資金、地盤はまだまだ乏しい。私たちはゆっくり活動をしようと想っていたが、初回の民間税調では300人の大教室が一杯となる盛況ぶりで、参加者からは次回の会合の開催を望む声が寄せられた。このため、自民党と公明党が軽減税率の導入に向けた検討を進めることを受け、消費税をテーマとして3月に第2回のシンポジウムを開催することに決めた。小さな政府と大きな政府、どちらの方向性にせよ、国民ひとりひとりが社会や税に対する責任を持っているという自覚がないと困ってしまう。選挙でも半数近くの有権者が棄権するなど、やる気のない社会は不健全だ。税金の使い道を自分達で考えていくという、税の民主化が日本にとって今こそ必要だと考えている。

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