金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

金融ファクシミリ新聞は、金融・資本市場に携わるプロ向けの専門紙。 財務省・日銀情報から定評のあるファイナンス情報、IPO・PO・M&A情報、債券流通市場、投信、エクイティ、デリバティブ等の金融・資本市場に欠かせない情報を独自取材によりお届けします。

「イスラム国は『カルト集団』」

千葉大学
教授
酒井 啓子 氏

――日本でもイスラムへの懸念が高まっている…。

 酒井 人質事件を受けてそうした気運が日本でも高まっているのは否定できないが、理解しなければならないのは、イスラム国はいわゆる一般のイスラムとは全く関わりがないことだ。例えばオウム真理教は仏教の一種だが、だからといって仏教が危険思想とはならないように、イスラム国の行動からイスラム全体を危険視するのは間違いだ。いわば彼らは一種のカルト集団であって、中東でも彼らを「イスラム国」と呼ぶのは誤解を招くという意見もある。

――「イスラム国」とはどのような組織か…。

 酒井 彼らは彼らが勝手に定めたルールに基づいた、一種の理想郷建設を目指している。その中核にあるのが、「カリフ制」国家の再興だ。カリフ制とは預言者ムハンマドの後継者が指導するイスラム共同体の統治制度で、初期のイスラムに戻れ、という考えを持つ。とにかく、徹底的に他の宗派、他の宗教を排除した、独善的な「理想郷」を目指している。その意味で、これまで知られていたアルカイーダとも大きく趣旨が異なる。アルカイーダはカルトというよりは反米武装組織であり、いわゆる典型的なテロ組織だ。パリでの新聞社襲撃事件を指導したということでまた名前が表に出たが、実は彼らはイスラム国と競合しているとも言われている。ただ、もし両者が手を組むようなことがあれば、国際社会にとってかなり厄介なことになるだろう。

――日本人人質事件については…。

 酒井 この事件の一つのポイントはヨルダンが巻き込まれたことだ。ヨルダンは米国が主導するイスラム国を打倒するための最前線であり、もしヨルダンが妥協によって前線から抜け落ちていた場合、米国の対イスラム国共闘連合が崩壊しかねない状況だった。もうそうなっていれば、その引き金を引いたのは日本だと非難されていただろう。いわば安倍首相のテロと戦う姿勢が、逆効果になってしまうところだった。元々人質となった両氏が拘束されたのは去年からで、これまでも身代金交渉が行われたと言われているが、中東歴訪中の安倍首相の「イスラム国と戦う国を支援する」という演説を受け、人質を政治利用しようと考えたのだろう。このようなイスラム国の戦略は非常に巧みであり、百戦錬磨の人材が揃っているとみられる。

――なぜイスラム国が拡大したのか

 酒井 元々イスラム国は小さなカルト集団であり、放っておけばいずれ消えるような集団だった。それが拡大した理由は、シリアの内戦に対する周辺諸国の政府や反政府軍への支援によって、イスラム国が土地と資金を獲得してしまったのが原因だ。シリアでは内戦によって政府、反政府軍ともに管理できない地域が増え、そこにイスラム国は拠点を築いた。いわば内戦の漁夫の利を得た形だ。また、イスラム国は特に欧州の若者を取り組んで勢力を拡大している面もあるが、これは潜在的に欧米のイスラム移民に不満が蓄積されていることが背景にある。彼らは移民の2世や3世であり、欧米各国で国籍を取得しているが、それにも関わらず社会・経済的に成功できないというフラストレーションを抱えている。そこにイスラム国という「イスラムの理想の国」を謳う存在が現れたことで、行き詰った現状の打開を求めて自らイスラム国に赴いてしまっている。つまり根本的には欧州社会の不平等の問題が、イスラム国拡大に寄与している。

――イスラム国は何故米国を敵視するのか…。

 酒井 実はアルカイーダと違い、イスラム国は元々米国をさほど敵視しているわけではなかった。アルカイーダは湾岸戦争やパレスチナ問題など、中東の様々な問題の原因は米国にあるとみており、それで米国を仇敵として認識していた。一方、イスラム国が求めるのは自身らによる楽園であり、それに手を出さない限り、米国には関心がなく、実際当初米国を攻撃する動きは見せなかった。現在対立しているのは、米国がイスラム国に爆撃を実施したためだ。

――何故米国はイスラム国を攻撃するのか…。

 酒井 イラクにイスラム国が拡大したのが原因だ。米国としては、自身が戦争によってサダム・フセイン政権を打倒し、新体制を作り上げた以上、イラクには以前よりもよい国になってもらわなければ、国内外に面子が立たない。ところが現在のところイスラム国はイラクの国土の三分の一近くを掌握してしまった。手塩にかけたイラクがそのような状況にまで悪化したことは、国内からの批判もあり、見過ごせなかったのだろう。ただ、米国としてもイラクへの介入に乗り気というわけではない。オバマ大統領もそうした立場を以前から示唆しており、実際の活動も、人的損害が出にくい代わりに、さほど効果がみられない空爆の実施にとどまっている。

――イスラム国の脅威は広がっていくのか…。

 酒井 彼らは所詮カルトなので、宣伝では激しいテロ予告を行っているが、大局的な影響は限定的だろう。主要産油国であるアラブ首長国連邦やサウジアラビア、クエートまで勢力を拡大すれば話は別だが、現在のところその傾向はない。イスラム国自身はイスラム圏全体に勢力広げるという目標を掲げているが、サウジアラビアなどは防衛に力を入れており、近々産油国の治安が脅かされることはまずないだろう。問題はイラクで、同国には復興事業のために相当数の日本企業が参入している。そうした地域にまでイスラム国が勢力を伸ばしてくれば、日本にとって危険になってくる。

――今後中東はどうなるのか…。

 酒井 なんといっても域内大国で、国王が逝去されたばかりのサウジアラビアの動向が注目される。当面は、これまでも実務に関与してきた皇太子が国王に即位したため、急速な変化は考えにくい。ただ、これまで同国は兄弟で王位を継承してきたが、そろそろそれも年齢的に限界に近づいており、新世代にバトンを渡す時代が近づいてきていると見られている。新世代は米国に留学した知米派も多いが、これまでとは発想も変わってくるだろうし、どう政策に影響がでるかは微妙なところだ。また、北アフリカも混乱を極めている。リビアはカダフィ政権が倒れたあと、全く安定せず、シリアと同じような内戦状態になっている。すでにイスラム国やアルカイーダ的な組織が跋扈している。

――ヨーロッパで反イスラムの動きが強まるのか…。

 酒井 拡大は十分にありうる。フランス政府は出版社襲撃事件などをあくまで犯罪集団の犯行としており、イスラムそのものに責任を求めないよう慎重な立場をとっているが、移民排斥主義者は声を大にして事件を政治的主張のために利用している。こうした動きが続けば、益々イスラム系市民が厳しい立場に置かれ、フラストレーションが高まり、類似した事件を起こしたり、イスラム国に参加したりする危険性が強まる。米国でも同時多発テロ事件以降、イスラム教徒へのヘイトクライムが蔓延したが、比較的イスラム教徒が少ない米国とは違い、イギリスやフランスには総人口の1割程のイスラム教徒が在住しており、米国以上に宗教間対立が大問題に発展しかねない。

――その他地域では…。

 酒井 パキスタンが問題になるだろう。前々からアルカイーダやイスラム国にもっともシンパシーを覚えているのはパキスタンと見られてきた。その他、世界最大数のイスラム教徒を抱えるインドネシアも注目される。欧米でイスラム教徒を抑圧する動きが強まれば、パキスタンやインドネシアのイスラム教徒の対欧米感情が悪化してくる可能性がある。日本で暮らしているイスラム教徒の絶対数は多くないが、その多くはインドネシア出身であり、同国で反欧米感情が強まれば、日本にも何かしらの影響が出てくるかもしれない。

――イスラムとどう付き合っていけばいいのか…。

 酒井 もっとも大事なのは、安易に一連の動きを「文明の衝突」の始まりと受け止めないことだ。米国同時多発テロ事件の際にも「文明の衝突」論が浮上したが、イスラム教徒も多様であり、「イスラム教vsその他世界」と考えるのは間違った考え方だ。多くのイスラム教徒がイスラム教徒である理由は、単純にイスラム教徒の子供として生まれたということだけであり、考えは人それぞれ。ケニヤ人の実父を持つオバマ大統領も出生時点ではイスラム教徒だったことを思い出して欲しい。そもそもイスラム全体が脅威だとすれば、世界人口の5分の1が脅威という、ありえない話になってしまう。そうした極端な考えをするよりは、イスラム国のようなカルト集団が拡大しないように努めるのが日本のやるべきことだろう。例えばイスラム国はシリアの内戦によって誕生したようなものだが、世界にはリビアやイエメンといった、半ば内戦状態の地域が依然存在している。そうした地域の和平促進や、過激派組織へのシンパシーを高める社会経済的な不平等を是正していくことが、地道ではあるが、建設的な貢献となろう。アラブの春で民主化した地域の人々が、民主主義が成果を出せないために不満を強めている傾向があるが、これをそのまま放置していれば第2のイスラム国が誕生しかねない。経済支援などで、そうした地域を支援するのは、日本だけが行える形の世界への貢献だろう。

▲TOP