国税庁長官
迫田 英典 氏
――10月に「国際戦略トータルプラン」を公表した…。
迫田 国際課税の取り組みの現状と今後の方向を「国際戦略トータルプラン」として取りまとめ公表した。国税庁としての立ち位置や方向感をこのような形で打ち出したことは、新しい試みとなる。トータルプラン公表の背景には、パナマ文書の公開や、BEPS(Base Erosion and Profit Shifting:税源浸食と利益移転)プロジェクトの進展により、国際的な租税回避に対して国民の関心が非常に高まっていることがある(BEPSプロジェクトは、経済協力開発機構(OECD)が多国籍企業の課税逃れに対処するために立ち上げたもの)。富裕層や企業による海外への資産隠しには、国民から厳しい目が向けられている。国税庁としては、国内だけでなくこうした海外の動きも含めて適正公平な課税を実現していくことが国民からの信頼の確保につながると考えている。
――国際課税への取り組みはこれまで以上に強化されるのか…。
迫田 情報収集と活用の強化ということで、トータルプランでは「情報リソースの充実」を掲げている。国税庁は、情報を扱う仕事であり、あらゆる情報を突き合わせて、取引実態を把握することが重要となる。このため、金融機関が税務署に提出する国外送金等調書を活用する。調書には、100万円を超える海外送金をした者と受領した者の情報が記載されている。また、外国税務当局との間で租税条約等に基づく情報交換も行う。情報交換のネットワークは徐々に広がってきており、12月1日現在で107の国・地域との間で租税条約等が発効している。このように、従来は入手しにくかった情報を活用することで、海外取引の実態に迫りやすくなる。
――情報を活用する体制は…。
迫田 複雑化する国際課税に対応できるよう、トータルプランでは「調査マンパワーの充実」も掲げた。特に、富裕層に関する情報収集体制をさらに強化するため、2014事務年度から重点管理富裕層プロジェクトチームを設置した。富裕層が海外投資を行うケースは多いため、重点的にチェックしている。対象者本人だけでなく、親族や、経営している企業の取引も含めて見ていかなければならない。プロジェクトチームは国際課税に精通した統括国税実査官を中心に構成しており、東京と名古屋、大阪の三大都市圏の国税局に置いている。来年7月からの2017事務年度より、地方にも広げ、全国的に実施するよう検討している。
――富裕層プロジェクトチームが関わった課税事例は…。
迫田 父が経営する会社を経由し、調査対象者が譲り受けた債券が償還されていたにもかかわらず申告がされていなかったケースがあったため、その償還益に対して課税した。通常はここで調査が一旦終了するが、父が経営する会社の調査も行い、この結果、海外関連法人との取引に関する申告誤りが発見された。また、対象者の妹に対し、兄が海外で経営する会社から配当が支払われていた。この支払いによる所得についても無申告だったため、必要な課税を行った。対象者の親族や関係会社も含め、一体的に調査をしたことがポイントとなる。なお、父が経営する会社と海外関連法人との取引の実態については、租税条約等に基づき、相手国から情報を得たことで把握し、妹に対する配当支払いの実態は、国外送金等調書による情報により把握しており、海外からの情報などを活用して取引の実態も把握している。
――海外取引が絡む事例の広がりは…。
迫田 国際化する経済の中では、取り組むべき事例は広がっている。北海道ニセコ地区で、海外居住者が不動産を別の海外居住者に売却した事例があった。日本国内の不動産譲渡による所得となるため、海外居住者であっても日本で申告する必要があるが、実際には申告をしていなかった。私自身もこの地域に足を運んだが、外国人向けリゾートマンションが多く並ぶ地域で、不動産取引もそれだけ行われている。この事例を担当した税務署は全署員で20名程度の小規模な組織であり、当然のことながら、全員が担当するわけにはいかないため、国税局がバックアップすることで必要な課税をした。地方の現場だけでは人数が不足する場合でも、課税逃れを見逃すわけにはいかない。
――パナマ文書の活用は…。
迫田 課税上有効な資料情報であることには間違いない。課税上問題がある取引が認められれば調査していく。ただ、国税の調査は、より重層的なアプローチとなるため、パナマ文書だけが決定的な証拠というわけではない。他の様々な情報と合わせ、実態を調査することになる。
――多国籍企業への対応は…。
迫田 OECDのBEPSプロジェクトによる勧告で、一定の収入金額を超える多国籍企業グループは国別報告書を各国の税務当局に提出する必要が生じることになった。この報告書には、多国籍企業グループの国ごとの収入金額や当期利益金額、納付税額、海外現地法人の主要な事業活動などの情報が記載される。この報告書も各国間で交換できる。2018年中に国税庁はこの情報を海外税務当局に提供する一方、海外税務当局からの情報提供も受ける予定となっている。各国間での制度の違いを悪用されないようにしなければならないが、情報が不足すれば実態に迫ることはできない。国別報告書により、多国籍企業への対応に向けた情報リソースはさらに充実することとなる。
――共通報告基準(CRS)による金融口座情報の活用は…。
迫田 共通報告基準は、非居住者の金融口座情報を税務当局間で自動的に交換するための国際基準で、101カ国・地域の税務当局がその実施を約束している。日本もこの基準に従った自動的情報交換を実施するため、平成27年度税制改正により、国内に所在する金融機関から口座保有者の情報を報告させる制度を導入した。報告義務のある国内の金融機関から国税庁が提供を受ける非居住者の金融口座情報は10万件を超えると見込んでおり、その情報をその非居住者の居住地国の税務当局に提供することとなる。諸外国からも、日本居住者が国外に保有する金融口座情報が相当数提供されることとなるだろう。これは重要な情報リソースとなるが、この情報を分析し、実際に活用するためには金融や法律など相当の専門知識が必要となる。外部の知見活用も含め、専門的な知識を持つ人材の確保をこれまで以上に強化する。従来の課税事案にとらわれず、必要な箇所に人材を重点的に配置する方針だ。
――この他、国際課税の課題への意気込みは…。
迫田 国際課税の事案は1件1件がかなり複雑となる。関係する国が複数にまたがるうえ、当事者も多い。取引もそれだけ複雑化している。国内にとどまる事案に比べ、実態の把握が相当難しいことは事実だ。ただ、金融口座情報の自動的情報交換のための共通報告基準など、必要な情報を入手するための制度的な枠組みがここ数年で確実に充実している。このため、国税庁として国際課税の複雑な事案に切り込める環境は整備されつつある。この情報を活用することで、調査の質量両面にわたる充実を図る。一部が課税逃れをしている状況では、ルール通りに納税している多くの人から税務行政に対する信頼をなくしてしまう。国民の信頼に応えられるよう、難しい事案であってもきちんと踏み込んで必要な課税を行っていきたい。