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「出産、子育てのコミュニティ再構築を」

母子愛育会総合母子保健センター
所長 医学博士
中林 正雄 氏

――これだけ少子化が進んでいるのに政府の対応が遅い…。

 中林 少子化対策が大事だと言いながら、政府による実質的な支援はほとんど見られていない。我々医療者側から見ても、少子化対策として産婦人科、小児科に手厚い手当・支援を国が実施しているという実感はない。担当大臣は次々に変わるし、皆、掛け声ばかりで実質的には何もしていないという印象が強い。政治家というのは、票が得られる高齢者層を優先する傾向がある。我が国の社会保障費における高齢者層向け費用76兆円に対し、児童手当や保育所・子供・家族に対する額は5兆5000億円と、10倍以上の差があることを見れば明らかだ。この差をせめて同額近くにしなければ本格的な少子化対策とはいえない。安倍現政権は少子化対策を積極的に推進しようとの意向を示しているが、実際に使える予算は少なく、少子化は深刻な事態だと重く受け止めているとは到底思えない。また、診療報酬に対する厳しい姿勢などからみると、実際のところは社会保障費を削減したいのではないかと思われる。

――民主党政権時代、子供手当増額という案も出たが実現しなかった…。

 中林 世界の例を見ると、フランスでは一時、合計特殊出生率が大きく低下し、少子化が深刻化していたが、その時、政府が少子化対策として実施したのが経済的支援だった。第2子、第3子に対して、100万円単位の支援金や児童手当に加え、税額控除などの手厚い経済的支援を設けた結果、出生率は急速に改善している。我が国においてもこういった支援を期待しているが、政府は税収が減少しているので支援は困難だとの見解を示している。これに対して私達は国に対し、出産育児一時金や児童手当の引き上げを10年前から要請し続けている。とりわけ出産一時金については分娩費用が年々上昇していることから早急な引き上げが必要だった。要請の甲斐もあり、出産一時金は当時30万円程度だったが、その後36万円、42万円に引き上げられた。ただ、現在、分娩費用は都内平均で55~56万円と、出産育児一時金を大きく上回っており、さらなる引き上げが必要となっている。また、児童手当は0~3歳児で月額1万5000円ととても子育てを賄える金額ではない。そのため、出産・子育てにかかる費用を考えた場合、若い世代が出産に後ろ向きになってしまい、その結果として東京の合計特殊出生率は全国平均1.46(2015年)を下回る1.17であり、全国で最も低い。

――経済的支援はやはり必要だ…。

 中林 興味深いことに合計特殊出生率が全国で最も高いのは沖縄であり、1.94(2015年)となっている。これは物価が安く、出産費用が安いためだ。沖縄の場合、昔ながらの地域全体で子育てしようという雰囲気が残っていることも大きい。高齢出産が進んでいる都内では、祖父母が体力的に子育てを手伝えず、また核家族化が進行していることから地域で子育てできる環境に無い。経済的にもそうだが、子供を育てる環境に無いことも出産に対するプレッシャーとなっている。妊娠中、女性は妊娠維持に必要なホルモンが大量に分泌されるが、これらのホルモンは共同で子育てするのに適したホルモンである。哺乳類が生き延びられた理由の一つには、これらのホルモンが分泌され、子供が可愛いという感情が生まれるほか、みんなで子供を育てようといった集団依存傾向が発生したからだと言われている。ところが、出産しても周囲に助ける人がいない孤立化した現代では、女性は“産後うつ”になってしまうことが多い。正常な女性でも“うつ”になりやすいことから、大事な赤ちゃんなのに虐待してしまう。新生児の虐待は児死亡に直結しやすいので、その防止はとても大切である。昔ながらの地域で子育てしようという環境を取り戻すことは、社会全体の使命だと考えている。

――現在において昔ながらの地域コミュニティの構築は難しい…。

 中林 10人に1人の割合で、双子や高齢出産、さらに未熟児のため育児が大変だというケースがある。一方、近年は分娩施設が少なくなっていることから、入院する期間は3~4日間と、昔の1週間程度に比べて短くなってきている。元気な一人の赤ちゃんであれば短い入院期間でも良いかも知れないが、子育てが大変なケースではとてもではないが母親の体力がもたず、悩んでしまう。そういったケースに対する解決案として私が提言しているのは、1人当たりの出産育児一時金を1万円増額して、こういった大変なケースの方々へ入院延長または産後ケアセンターへの入居費用として割り振るシステムを構築することだ。現在、産後ケアセンターなどを利用しようとすると、「出産は病気ではないため、健康保険は使えない」とされ、個人の負担額が多い。財源が乏しいならばこういった方法で皆で助け合う共同コミュニティを構築していかなければならない。

――第2子、第3子を出産してもらうための良い方策は…。

 中林 1歳以上の子は保育園に入所することで待機児童をゼロにする試みは最低限必要だが、第2子、第3子を産もうという意欲を高めるためには第1子出産後の1年間の子育て経験が重要である。夜も寝られないなど子育てが大変なため「こんなに辛いことはもう嫌だ」と思う人は多く、子供は一人でこりごりだと思ってしまう人も多い。この問題を解決するために、国としても「産後ケアシステム」や「産前・産後サポートシステム」などの「子育て世代包括支援」という枠組みを、平成32年を目標として設けているが、自治体の財政状態や重要性の認識に差があるため、普及しにくい。そのため、私達は港区と共同で「産前・産後ケアシステム」の構築を進めている。同システムでは、一般的な産後ケアシステムに加えて1歳未満の子供のいる家庭において、一時的に子供を預け、ご両親も一緒に泊まれる施設を設ける。こうすることで子育てに疲れ、助けてくれる人はおらず、“うつ”になりそうな母親の育児ストレスを解消でき、新生児の虐待を未然に防ぐことにつながる。私達のシステムはあと1年半でスタートする予定である。これをモデルケースとして全国に広がってくれることを望んでいる。

――働く女性が出産・子育てをできるような環境整備は…。

 中林 最近私達が行ったIT系企業の女性を対象としたアンケートでは、キャリアアップや責任感から、妊娠中や子育て中でも女性はあまり休みたがらない傾向にある。そういったキャリアウーマンの方々が一番希望し、しかし実現できていないのが「妊娠中の上司や同僚の理解」と、「ご主人や家族の理解」が挙げられている。この点、妊娠中にご主人が家事をした時間が5時間以上のグループでは、妊娠34週未満の早産率は約7%であるのに対して、妊娠中のご主人の家事の時間が1時間未満の人の妊娠34週未満の早産率は18%と2倍以上高かった。ご主人や周囲の人々のサポートが欠如しているため、自分たちが気が付かないうちにストレスがたまり、自分の身体や胎児を守る免疫機能が低下し、早産率が上昇すると考えられる。つまり、仕事の忙しさよりもご主人や周囲の人の心理面のサポートがいかに重要かということが医学的に証明されたことになる。一方、最近は若い世代の収入が低下していることを背景に共働きが増えており、統計では子育て世代の女性の5割が共働きとなっている。産後半年~1年ほどで仕事に復帰する人が増えているなか、出産だけでなく仕事と子育ての両立も支援していかなければならない。例えば、子供が病気のときにサポートしてくれる会社でなければ、出産後も仕事を続けていくことはできないだろう。仕事と育児の両立ができないという理由で会社を辞めてしまう女性社員に対し、企業側が前向きな姿勢を取らなければ、大切な労働力を失うこととなる。そこでこの問題を解決すべく私達は、一時的に子供を預けられる施設“ショート・ステイ施設”の設置も検討している。企業を通した子育てコミュニティの構築は働く女性のための環境整備として重要だ。

――その他の少子化対策として日本に欠けていることは…。

 中林 こちらも欧州の例だが、結婚しないで子供を産み育てるいわゆるシングルマザーの割合はフランスが52%、スウェーデンは55%となっている一方、日本はわずか2%だ。このパーセンテージを上げていくには、婚外子でも様々な権利が認められ、世の中に白い目で見られずに育てられる環境を整備していく必要がある。また、米国では養子が多い。日本でも特殊養子縁組の制度は設けられているものの、もっと幅広く実行していくべきだ。不妊症治療のクリニックが盛業であることから、養子に対するニーズは高いと思われる。婚外子や養子縁組といった少子化対策は日本の文化が成熟しなければ成功は難しいと思うが、経済面や社会としての支援はすぐにでもできる。保育園を増やすだけでは十分とはいえない。少子化対策はトータルで考えなければならない。

――小児科医増えているのか…。

 中林 小児科医は微増となっている。ただ、今一番困っているのは新生児科医が極端に少ないことだ。500~1000グラムの小さい命を育てるのはとても手間暇がかかることから、新生児科医は小児科全体の1割未満しかおらず、過酷な労働環境で辞めてしまう医師も多い。その結果、早産のケースでは入院する病院が限られてしまう。早産でも安全に出産できる病院が無ければ妊産婦さんは困る。今、地域枠を使って新生児科医や産科医の人数を増やそうという話はある。しかし、国は「現在は、年間100万人生まれているが、あと20年もすれば80万人位に減るのだから産科医や新生児科医は減少してもちょうどいいだろう」と考えているようだ。しかし、医学は進歩しているので、一人の出産や1人の新生児のケアに要する時間は以前に比べて格段に増えており、1人の医者が見られる患者の数は少なくなっているという実態がある。これは昔ならば死亡しても仕方なかった病気でも現代医学では治療できることや、安全を期して十分な検査を重ねているためである。日本の産婦人科医と小児科医は世界で一番良い成績を残しているが、その医療の質を維持してくためには今後もよりきめ細かく丁寧な医療を、時間をかけて実施していかなければならない。この医療者達の努力に国は気付いて対応する必要がある。

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