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「北方領土に固執せず日本は利益追求を」

一水会
代表
木村 三浩 氏

――北方領土問題に関する日本政府の立場は…。

 木村 基本的には1993年、細川首相とエリツィン大統領が署名した東京宣言の内容に則っている。同宣言では、北方領土の帰属先が日本であり、日本に主権があることをロシアが認めれば、返還時期はロシア側の都合に合わせることが合意された。エリツィンが北方領土の帰属先が日本であることを認めたという意味で、東京宣言は日本の外交にとって大きな成果だった。その流れを受け継ぎ、1997年には2000年までに平和条約を締結することが橋本首相とエリツィンの間で合意されたが、結局は周知の通り平和条約は2016年現在まで実現していない。これは、エリツィンの次に大統領に就任したプーチンが、東京宣言ではなく、「1956年の日ソ共同宣言が北方領土に関するロシア側の基本的な立場」という見解を示すようになった影響が大きい。

――日ソ共同宣言の内容は…。

 木村 共同宣言では、平和条約を締結後、ソ連側が歯舞諸島および色丹島を日本に引き渡すこととされている。プーチンは、同宣言は国連で承認されているし、ロシアがソ連の法的地位を継承しているため、エリツィン政権での合意は無効で、日ソ共同宣言の内容が優先されるという立場を示した。プーチンは日本とロシア、双方の面子が立つ引き分け論を提唱してはいるが、歯舞と色丹は非常に小さい一方、国後は1490平方キロメートルと、沖縄本島の1207平方キロメートルより大きく、択捉は3186平方キロメートルと、国後のさらに倍の面積を持つため、「4島の2島を返してもらった」だけでは全く引き分けにならない。

――何故、不利な共同宣言で合意してしまったのか…。

 木村 当時の事情によるものだ。当時はシベリアに大量の日本人が抑留されており、鳩山首相はこの問題の解決を望んでいた。抑留者は一説には70万人に上り、うち1割程度が死亡したとされており、確かに問題解決は急務だった。ただ、最終的に2島返還が実現しなかったのは、アメリカのダレスが日本とソ連の接近を警戒し、4島一括返還論を日本に強く迫り、そうでなければアメリカも沖縄を返還しないと脅したためだ。この結果、2島返還の前提条件である平和条約は成立せず、国交回復だけが実現した。

――日本政府の現在の立場は…。

 木村 長く4島一括返還という立場をとっていたが、最近は現実路線を採用しようという考えから、とりあえず2島の返還を受けてから、改めて交渉を続ける2島先行論が強まっている。これは安倍首相の考え方でもあり、首相が今年5月ソチで行ったプーチン大統領との会談で、8項目の経済協力を打ち出し、長年実現しなかったプーチン氏の訪日が確定するなど、返還実現への布石は着実に打たれている。ただ、国内には、親米保守勢力、反ロシアのリベラル派、共産党など、その路線に反対している勢力も存在する。まず、産経新聞などの親米保守派は、ロシア政府が工事承認を突如取り消した結果、当初の予定が大幅に狂ったサハリン2の事例を取り上げ、経済協力を行ってもロシアが利益を独り占めし、日本に対する義務を果たさない「食い逃げ」のリスクを指摘している。次にリベラル派の主張は、武力による現状変更を辞さず、クリミア併合時には核兵器使用を準備していたとさえ公言したプーチン氏と、非核を国是としてきた日本が接近していいのかというものだ。最後に共産党については、2島返還で満足するのは売国行為で、4島一括返還どころか、千島列島も要求すべきだとしている。

――千島列島の法的地位は…。

 木村 サンフランシスコ条約では、南樺太と千島列島を日本が放棄することが明言されている。ただ、一方で、同条約にはソ連は調印していないのは事実だ。だからロシアの千島列島所有を認める必要はないという議論も全く根拠がないわけではないが、現実的ではなく、ポピュリズム的な主張とみるべきだろう。そもそも、この千島列島返還論は、アメリカが冷戦中に日本の反露感情を形成するために焚き付けた側面がある。一方で煽っておきながら、この立場からすれば千島列島を不法占拠しているソ連にアメリカは一切文句を言ってこなかった。つまりアメリカはアメリカの国益で動いているのであり、日本はそのことをよくよく理解する必要がある。

――現実的な「引き分け」はどのようなものか…。

 木村 国内世論を踏まえると、プーチンが4島返還することはありえないだろう。従って日本が考えるべきなのは、歯舞と色丹に加え、何かしらの形でプラスアルファを追求することだ。例えばシベリア開発の利益を折半するとか、ロシア経済全体の水準を押し上げて日本も利益を吸い上げることなどが考えられる。ただ、確かに親米派が指摘するような「食い逃げ」リスクには重々注意する必要がある。サハリン2の事例から明らかなように、ロシアには法治主義が根付いておらず、現地のロシア人事業家さえも法律が頻繁に変わるため、落ち着いてビジネスができないという不満をこぼすほどだ。もし現地で裁判になった場合、すべからくロシアの裁判所はロシア寄りであるため、現地の司法に依らない方法で公平性を担保する必要がある。ただ、安倍首相も指摘するように、日本とロシアの間に平和条約が締結されていないのは異常であり、早期解決が望ましいのは間違いない。また、条約締結は、根室市民の以前からの悲願である、ロシアに気兼ねする必要のない漁業活動の実現にも不可欠だ。

――安倍首相とプーチン大統領の間には信頼関係がある…。

 木村 その通りで、それは「食い逃げ」を防ぐためにも大事な要素だ。安倍首相はプーチン大統領のことを以前から「ウラジミール」とファーストネームで呼んだり、気軽に「君」と話しかけたりしているが、これが失礼ではないかという記者の質問に対し、プーチン大統領は公の場で、互いに友人であるため、全く問題ないと答えた。この両国首脳の繋がりは、北方領土問題の解決、平和条約の締結、そしてその後の両国関係の強化を進めていく上で重要な資産といえるだろう。

――対中国戦略としても日ロ関係は重要だ…。

 木村 確かに日ロ関係の改善を一番嫌がっているのは中国だ。元国務委員の唐家セン氏が9月末に訪日したのも、日ロ関係改善への危機感が背景にあるかもしれない。ただ、敢えて日本とロシアが協力して中国に対抗すると喧伝する必要はないだろう。挑発的と感じれば中国も必死になるし、反日感情の強まりで政権基盤が強化されるおそれもある。場合によっては、日本を威嚇するため、尖閣諸島に中国船が大挙して押し寄せてくるリスクもあり、日本としてはそうした事態に備える必要がある。ただ、プーチン大統領が相当シベリア付近での中国の動向を警戒しているのは間違いない。シベリアのロシア住民は500万人程度と、広大な面積に比べて非常に少なく、中国人が流入すればあっという間に主導権を握られてしまうからだ。

――日本としてもメリットは多い…。

 木村 確かに、対中国けん制を除いても、日ロ平和条約が締結できれば、今度はロシアが強い影響力をもつ北朝鮮との国交正常化交渉にも拍車がかかるなどのメリットがあるだろう。国交正常化が進展すれば、ミサイル問題や拉致問題の解決に繋がり、日本にとっての懸念材料が一気に片付く。ただ、一方で日本としては、ロシアの国際的な信用の失墜を警戒する必要はある。そもそもG7はクリミア問題を受けてロシアに対する制裁を行っている最中で、日本がロシアに近づくのは一種の抜け駆けだ。そんな状況で、無数の火種を抱えるロシアが再び国際問題を引き起こせば、国内外で日本のロシア接近を批判する声が強まるだろう。それを受けて日本がロシアから距離を置こうとした場合は、今度はロシア側に失望感が生まれるのは間違いない。日本側としても、しっかり腰を据えてロシアと付き合い、伝聞情報で関係を考えるのではなく、実情を自分の目でみたうえで対応を決める態度が必要になるだろう。

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