日本公認会計士協会
会長
関根 愛子 氏
――7月に新会長に就任された。今後の会計監査の課題は…。
関根 業界の課題は多いが、今後の課題と取り組みを大きく3つに整理した。まず1つは、「公認会計士監査の信頼回復と向上」のための取り組みだ。昨年発覚した大手企業における会計不祥事を受け、監査という基本業務に公認会計士が真摯に対応する必要性を改めて実感している。次に、「社会で貢献し活躍するための環境作り」だ。上場会社のみではなく、非営利法人、医療法人や社会福祉法人などでも監査の導入が進められている。このような公的・非営利分野の監査等、様々な分野についても公認会計士が専門家として貢献していくことが求められている。さらに、「国際性・多様性を担える人材の確保と公認会計士の魅力向上」を掲げた。公認会計士の業務は一般的に国内的とイメージされているが、グローバル化の流れのなかで実際は海外で働く機会も多い。また、政府において女性活躍に係る様々な取組みが実施されていることも踏まえ、女性会計士の活躍推進にも取り組むことが重要と考えている。
――会計不正がなぜ起きるのか、一般の人達から見るとわかりにくい…。
関根 監査は会計不正との闘いとよく言われているように、不正そのものを根絶するのは難しい。ただ、昨年発覚した大手企業における会計不祥事に限らず、協会が監査にしっかりと向き合わなくてはならないのは確かだ。なぜ不正に気がつかなかったか、監査人自身のこととして1つ1つ考えていく必要がある。これまでは会計不祥事が起きると、監査基準や監査手続を強化することで対応しようとしてきた。だが、企業の取引等が複雑化する中、監査時間や監査コストも考慮すると、強化だけで対応するには限界があるのではないかと考えている。公認会計士の不正への対応は、監査手続を行っている中で、違和感を覚えたところにその糸口があることが多い。このような違和感を覚えた事項について、しっかりと考えることや違和感を覚えることができるように「不正を見抜く力」を養うことが必要であると考えている。
――企業への罰則規定を強化すべきではないか…。
関根 罰則規定が厳しい米国の事例を考慮して、罰則強化を検討することも選択肢の一つとなると考えられる。他方、欧州では企業への罰則規定自体はさほど厳しくない。これは文化や制度的な違いによるものとみられ、各国それぞれの事情により対応が異なっている。対応の仕方は様々あるが、不正を行った場合の損失を多大なものにすることで、不正機会を減らすという観点は重要と言える。なお、会社への規制を強める以外にも、監査による抑制効果も重要と考えている。この効果が発揮されるためには、監査人として常日頃しっかり監査するという姿勢を見せることが大事であると考えている。監査に取り組む場合は「木を見て森を見ず」にならないよう、様々な視点で企業を見ていく必要がある。
――監査法人のローテーション制導入は…。
関根 現在はパートナーローテーション制が取り入れられており、監査報告書へサインする業務執行社員は5年又は7年で交代する仕組みとなっている。企業と監査人のなれ合いを防ぐ目的だが、いわゆる癒着するようなケースは昨今見受けられない。むしろ、監査に慣れが生じて新しい視点がなくなることが懸念されており、これを防止するためにパートナーローテーション制度は役立っていると言えよう。監査をする場合は、企業との一定の信頼関係がなければならないが、中立的な立場での懐疑心を維持することが必要であり、その企業への監査業務に慣れてしまうと、懐疑心は研ぎ澄まされなくなるおそれがある。監査人という外部の立場から見ているにもかかわらず、従来同様正しく行われているものとして思い込みやすくなるおそれがある。他方、ローテーションがあまり頻繁に行われると、監査先企業の業務実態の把握が難しくなるとの指摘もあるが、その企業を監査する監査チームとしての知識や経験の蓄積により補われていると考えている。監査法人のローテーションについては、こうした点も踏まえての検討が必要である。
――東芝の会計不正を受けて、協会としての対応は…。
関根 協会では、昨年の会計不祥事の発覚を受けて、平成28年3月期決算を迎えるに当たり、留意すべき事項を7項目挙げた会長通牒を発出した。さらに、上場会社監査事務所名簿に登録されている全156監査事務所が会長通牒の趣旨を十分に理解し、適切に平成28年3月期決算の監査業務を遂行するための体制を整備していることを確認するために、特別レビューを実施した。通常の品質管理レビューにおいては、原則として3年に1度、上場会社を中心とした企業を監査する監査事務所に対し、監査の品質管理の状況をレビューしているが、特別レビューでは監査業務が完了する前に監査業務を遂行するための準備ができているか各監査事務所に自己点検させた。全156監査事務所に質問書を送付し自己点検の結果を回答させるとともに、規模で上位11の監査事務所については、監査事務所への立ち入り調査も実施している。今後は、通常の品質管理レビューにおいて、特別レビューにおいて指導した事項が改善されているかを確認することを予定している。また、公認会計士が監査をしっかりと遂行できるようにという観点から、不正事例研修を行う予定だ。監査を適切に実施していくためには、実際に不正に対応するという経験を重ねていくことも必要となるが、そのような不正への対応を誰もが経験できるわけではないため、それを補うものである。監査業務には守秘義務があり、不正事例をそのまま教材として使用することは難しいが、その点も配慮した上での事例研修を行っていきたいと考えている。
――公認会計士が活躍するための環境作りへの取り組みは…。
関根 夏から秋にかけ、早いうちに全国16の地域会を訪問する予定だ。地方財政の健全化、ガバナンス改革の一環として、農協、医療法人、社会福祉法人に代表されるような公的・非営利法人にも公認会計士監査の導入が進んでいる。公的・非営利法人への監査に関しては、国レベルで決まる事項も多いが、実際に業務をしているのはそれぞれ各地域の現場となる。このため、各地域における実情をしっかりと理解するよう努めたい。また、公認会計士は約2万8000人、試験に合格したがまだ公認会計士登録が完了していない準会員が約7000人まで増えた一方、監査法人に属する公認会計士は5割を切っている。監査法人に所属していない公認会計士には、独立開業し個人で業務を行っている者も含まれているが、企業に勤める者や、社外取締役になる者なども増加しており、以前よりも公認会計士の活躍の場は広がっている。
――人材の確保については…。
関根 女性会計士の活躍推進に向け、7月の総会で「女性会計士活躍推進協議会」を新たに設置することを決めた。公認会計士に占める女性の割合は14%と少なく、試験合格者に占める割合も2割弱で推移している。監査法人ではチームを組んで業務を遂行するため、時間の融通が利かないイメージや出張等が多く多忙といったイメージがあり、出産・子育等の女性特有のライフイベントを機に監査法人を退職するといったケースが見受けられる。また、このようなイメージから、ライフイベントが一段落した後も、監査の現場に戻りづらいという声もある。このような状況に対応するために、協議会で議論して対応していく予定であり、たとえば、業務に復帰するための研修や女性会計士のネットワーク作りを進める予定だ。また、国際的な舞台で活躍できる人材の育成にも取り組んでいく。会計基準や監査基準が国際的な統一化が進む中、日本における会計基準や監査基準をしっかりと理解した上で、国際的な場で議論ができる人材を確保することが必要となる。
――この他、新会長としての抱負は…。
関根 公認会計士には守秘義務があるため、その業務内容が社会に公表されることは少ない状況となっている。特に、監査業務においては、企業が社外に明かすことのできない情報等を確認することもあり、その業務内容の公表は容易ではない。しかし、昨今、監査法人へのガバナンスコード導入の議論などにおいて、監査の透明性が求められていることを考慮し、可能な限り、協会も積極的な情報発信を行っていきたいと考えている。