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「避けられぬ多国間外交」

東京理科大学
教授
大庭 三枝 氏

――中国の拡張主義は今後どうなっていくのか…。

 大庭 中国からすれば、自分たちの版図だった領域を回収しているだけに過ぎないというロジックで動いていると思う。中国はこれまで、胡錦濤政権末期に中南海(党の指導部)の勢力争いで、江沢民が推す保守派が勢力を拡大し、周辺諸国と良好な関係を維持しながら経済発展を優先する路線が修正された後、2013年ごろの習近平政権発足以降、よりあからさまとなった。習近平政権は、国内における正当性の確保や、人権問題、腐敗撲滅キャンペーンなどあらゆる国内問題に強硬な姿勢を示している。本来ならば活動家に属していないような穏健な学者までも拘束されており、反中国・反中央ではない日本に在住している教授も拘束されたり、香港の書店のオーナーの拘束事件も発生している。国内の締め付けを強化するだけでなく、対外的にも、南シナ海、東シナ海における主権にかかわる問題についての姿勢は強硬である。一時期、習近平が国内の権力闘争に勝利し、掌握したという観測もあったが、どうやらそうではないとの見方が出てきており、対外的および対内的な強硬姿勢をなおさら緩める方向にはないのではないかと考えている。この点、中国の軍事政策は現在、陸軍を筆頭に人員削減の方向を示しているが、当初、「人民解放軍の改革にまで着手できるほど、習近平政権が盤石となったのかもしれない」といった見方があった。しかし、どうもそうではないらしい。他方、海軍やミサイルなどにシフトし、近代化を進めるのと同時に、人民解放軍の縮小による軍の影響力の相対化を図ってはいるようだ。

――中国国内要因が厳しさを増すなか、台湾や香港との関係は…。

 大庭 蔡英文総統が「一つの中国」原則を認めていないとして中国が台湾との公的連絡体制を閉鎖するなど問題が出てきている。また、香港に対する締め付けも厳しくなっていることから、香港の中から『一国二制度ではない』との反発も日に日に強くなっている。中国側はチベットなど分離主義を抑制するためにも台湾や香港で絶対に譲歩する訳にはいかない。台湾に関しては、馬英九政権時代と同じようにはいかないだろう。馬英九政権は良くも悪くも国民党政権であった。蒋介石のころの国民党は、『正当な政府としていずれ大陸に帰る』という認識を持つ一方、共産党は『我々が正当な政府だ』として対立していた。冷戦時代においては、ともあれ「一つの中国」原則の下、両者の認識は同じだった。台湾には高砂族などの原住民と15~16世紀頃に大陸から渡ってきた本省人、そして戦後、大陸から移住した外省人に分かれている。かつては少数の外省人が国民党として支配し、権威主義体制の下、こういったエスニックポリティクスが表面化してこなかったという素地がある。台湾が民主化し、冷戦が終結し、本省人出身の李登輝政権が誕生し、台湾独立を歌った民進党の陳水扁政権時代を経て、台湾は大きく変化した。現代では本省人、外省人の意識は薄れてきているようだが、逆に台湾人アイデンティティを持つ人々が増え中国に吸収されたくないと考える一方、政治体制としては台湾独立ではなく現状維持を望んでいるという台湾の人々の意図を最も理解しているのが本省人のエリートである蔡英文であるため、中国と台湾の外交問題はさらに困難を極めるだろう。

――大統領が交代したフィリピンは…。

 大庭 フィリピンに限らず、東南アジアの首脳陣は皆、したたかな外交政策をとっている。そのため南シナ海問題が大きくなっても絶対に中国と決定的な対立を招くようなことは避けようとするだろう。その証拠に近年稀にみるほどの対中強硬路線を敷いていたフィリピンのアキノ前大統領もアジアインフラ開発銀行に参加している。また、中国依りに見えているドゥテルテ現大統領が南シナ海問題でどこまで強硬姿勢をとるかわからないが、南シナ海問題へは国民の強い関心が寄せられており、その点はドゥテルテも勘案しなければならないだろう。そして今のフィリピンが置かれている立場を考えれば、米国との関係を切ることも考えられず、米中それぞれとの関係を維持するというバランス外交を展開していくと見ている。他方では、中国経済が落ち込んでいることから中国依りになる必要はないとの見方もあるが、単純に人口など中国のポテンシャルを考えれば中国経済がこのまま縮小し、混乱するとは思えない。東南アジア各国もそういった理解をしていることから、フィリピンもバランス外交を継続していくだろう。

――AECやTPP、RCEPなど広域地域経済圏のなかで日本の取るべき行動は…。

 大庭 地域経済圏の話はここ数十年ずっと動いている話だが、日本人は多国間主義に対して「どうせ分裂する」といったあまりにも冷淡な見方をしている。日本外交にとっての基本は二国間だと思われているからだ。TPPが10年以上前から協議されているのに、日本国内では話がなかなか進んでいなかった。また、AEC(ASEAN経済共同体)に関しても「どうせできっこない」との見方をしていた。二国間では「私の事情を理解してほしい」という交渉ができる余地が大きいが、多国間では「私の利益が全員の利益だ」というロジックを組み立てて国益を追求するという戦略を取らねばならない。そういった外交については日本人はあまり上手ではない。そのため、日本外交は多国間外交に前向きではないのかもしれない。日本が相手に対して圧倒的に大国であれば、二国間外交で自国の利益を追求することは比較的容易だが、他国が台頭しつつあるなか、多国間外交は避けて通れない。また、航行の自由作戦などを展開している最中でも米中は戦略経済対話を欠かしていないことを考えると、米国と中国が大国同士正面からの対立を避けるのではないかと考える。そのため、日本は米国との同盟関係を維持すべきだけれども、米国がアジアから逃げられないわけでないことを念頭に置かなければならない。また、ASEAN諸国が常に日本側を向いているというのも幻想にすぎないと認識しておかなければならない。こういったなか、日本は、日本にとって望ましい地域秩序、国際貢献を考える必要に迫られている。例えば、南シナ海の問題では、自衛隊を派遣するのはあまりにも刺激的なため望ましくないが、従来行ってきた警察力である沿岸警備隊への支援を継続していくことや、国連海洋法条約が大事だと主張し続けることも大事だ。そういった面では米国と協力できると思う。

――対中安全保障網として欧州のようにNATOをつくることは…。

 大庭 中国を排除した安全保障網を構築することが長期的な利益になるのかどうか。そもそも東アジアは経済的な相互依存システムと安全保障協力などの同盟システムがずれている。現在、東アジア・アジア太平洋において最も優位な安全保障網は米国中心のハブ・アンド・スポーク方式と言われる日米、米韓、米豪、米比などだ。また、この近年では二国間だけでなく、日米韓や日米豪、日米印など多国間同盟までいかなくとも、多国間同盟につながりそうな勢いはある。しかし、いずれも中国が除外されており、今後も入るとは想定しにくい。一方、中国経済がどれだけ低迷しようが、中国人のビジネスないしヒトの移動などですでに東南アジアに浸透している。経済的・社会的相互依存システムが完全に成り立っているため、欠かす事は出来ない。このため、長期的な国益の観点からすれば、中国を排除して何かをするというのは現実的ではない。経済的には中国を取り込みにいかなければ仕方がないことから、安全保障網だけ中国を排除する流れが果たして適切なのかどうか疑わしいと考えている。

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