金融ファクシミリ新聞社金融ファクシミリ新聞

金融ファクシミリ新聞は、金融・資本市場に携わるプロ向けの専門紙。 財務省・日銀情報から定評のあるファイナンス情報、IPO・PO・M&A情報、債券流通市場、投信、エクイティ、デリバティブ等の金融・資本市場に欠かせない情報を独自取材によりお届けします。

「世界経済悪化で外交リスク拡大」

―― 特別対談 ――

外交戦略研究家・前パラオ大使 貞岡義幸
        ×
金融ファクシミリ新聞社編集局長 島田一

 貞岡 島田さんのご専門分野である日本経済の状況はいかがですか。

 島田 市場、あるいは多くの国民がそのように受け止めているようですが、アベノミクスはひとまず終わったといったところではないですか。ご案内のように、円高・株安に加え、15日に発表された昨年10~12月期のGDPが再びマイナスとなり、景気が良くない実感が改めて明らかになった。街の声の多くは「景気は決して良くない。景気が良いと言っているのはマスコミだけ」といったものであり、輸出企業と公務員、ヘッジファンドなど一部の層がアベノミクスの恩恵を受けただけという印象を持っているようです。

 貞岡 景気が停滞している原因は何であると…。

 島田 やはり最大の失敗は14年4月からの消費税率8%への引き上げと、14年10月末の日銀による追加緩和です。消費税の悪影響は今更指摘する必要は無いと思いますが、一つだけ言っておきたいのは、実施後の14年7~9月期GDPのマイナスを財務省・日銀は天候不順のせいにした。このような責任回避のための言い訳、ないし分析力の無さはいただけない。間違いを繰り返すことになると思っていたら、やはり15年10~12月期のGDPがマイナスになり、その理由として菅官房長官は暖冬を挙げていました。

 貞岡 なるほど。経済政策の失敗ではなく、GDPのマイナスはすべて天候不順が原因であると。

 島田 14年10月の追加緩和が失敗だった理由は、一段の円安にしてしまった結果、消費者物価が上昇して、消費増税で減少した個人の実質所得をさらに減らしてしまったことです。またその分、円安で儲かった輸出企業の収益が、ROE経営の推進などによって個人に還元されていないことも景気の回復に大きな重石となっています。ただ、円安の進行によって訪日外国人が増え、これがGDPにかなりのプラスに働いたことは間違いありません。

 貞岡 いわゆるインバウンドですね。しかし、インバウンドが日本経済を大きく左右するということでは、日本の外交・国防上は大きな問題です。とりわけ中国の比率が高いことは、中国が日本に対して経済制裁を行いやすいと言うことを意味します。これまでのところ、そうした兆候は見られませんが、尖閣諸島を国有化した後の日本企業への破壊・略奪デモを中国政府が先導したことを振り返ればその危険性を十分に考えておく必要はあります。

 島田 中国経済は悪化してきており、金融不安が深刻になるなどして国内の治安がさらに悪くなった場合、中国政府がロシアのように他国を侵略する可能性はありますか。

 貞岡 治安悪化の度合いにもよりますが、ウイグル自治区を始めとして各地で暴動が目立ってきている現状を勘案すると、この可能性はゼロとは言えないと思います。また、他国への侵略がいつどこで起こるかはわかりませんが、尖閣諸島は日米で守りを固めているため、中国軍が相当に力を付けるまでは当面、対象外ではないでしょうか。それよりも、太平洋への進出では南沙諸島を着実に自国の領土とし、一歩ずつ長い歳月をかけて南シナ海外を自らの海域にしていくことで、日本を封じ込めていく長期戦略を立てていると見ています。

 島田 北朝鮮の問題はいかがですか。

 貞岡 水爆実験やミサイル発射で国際社会からの批判が高まっていると報道されていますが、結論から言うと北朝鮮の政権が倒れるような実効性のある制裁は行われず、北朝鮮は着々と軍備を強化していくでしょう。この理由は、今の政権が存続する方が中国・米国ともに都合が良いためで、実際、米国は水爆実験を事前に知っていたにもかかわらず阻止しなかったことがこれをよく表しています。米国は、北朝鮮という「野良犬」がいてくれた方が日韓ともに米国の安全保障網に入らざるを得ないため、中国やロシアに対する自国防衛上、戦略的に重要と考えているのだと見ています。

 島田 中国にとっても北朝鮮が米韓からの砦になっていると…。

 貞岡 最近の北朝鮮の兵器強化によって韓国は中国、米国との二股外交を止めざるを得なくなっており、米国の中距離ミサイル防衛網に下に入る方向になりました。これに対し、中国は当然のことながら反発していますが、中国にとっても北朝鮮が暴れてくれているお陰で世界の目が南沙諸島から離れているという効果をもたらしています。また、韓国は核兵器保有という世論を盛り上げており、なんとか今後も生き延びていこうという国民の姿勢が伝わってきています。これに対し日本は、相変わらず国際社会頼みで、自国を守っていこうという論調や戦略が全くと言っていいほど無いことは残念です。

 島田 日本のマスメディアは、米ソ冷戦時代の米国が守ってくれるという発想から抜け出ていない…。

 貞岡 安倍政権は、北朝鮮の水爆実験と長距離ミサイルの成功によって、安保法制を強化したことが正しかったと国民から再評価されたのではないでしょうか。また、国民の間には、やはり日本も核武装をしなければいけないという意識が高まっていることも事実でしょう。この点、一部の大新聞もようやく北朝鮮が既に核兵器を保有しているという事実を報道し始めています。韓国のように、そろそろ日本も核保有について正面から議論をしなければいけない時期に来ていると思います。

 島田 米国・中国それぞれに「利益」があり、かつ既に核武装をしているということであれば、なおさら北朝鮮に侵攻することは難しいと…。

 貞岡 しかし、それはあくまでも平時の発想です。世界経済が悪化して自国の経済も悪くなってくると、ロシアのように他国に侵攻して国民の支持率を上げようという政権も出てくるでしょう。そうした状況になったときに、中国やロシアが北朝鮮にどのように対応していくのかはわかりません。今や北朝鮮は世界を敵に回しているような状況であるため、仮に金正恩政権を倒せば領土も広がるし世界からも批判されにくいでしょう。世界経済が悪化してくれば、北朝鮮だけでなくロシアや中国を取り巻く多くの国で領土問題が起こる可能性があると用心すべきでしょう。そうした意味で世界経済がどうなるのかが重要です。

 島田 株価に表されているように、世界経済の見通しは良くありません。中国経済の悪化やそれに伴う金融不安に加えて、EUの金融不安や米国の景気減速と言ったマイナス材料を今の株価は織り込んできています。また、日本の10~12月期GDPもマイナス成長となったことで、17年4月の消費再増税も怪しくなっています。このため、中国やEUの金融不安がさらに悪化すると、原油価格の一段安といったことも考えられますし、そうなると今でも悪いロシア経済がどうなっていくのかという心配も出てきます。

 貞岡 中国も周知の通り、何が起こっているかよく分からない国です。ウイグル族への弾圧を報道した外国人記者を追放したり、香港の反中国政府本を販売している書店の社長を拘束したりしている中国政府による反政府運動への取り締まり強化は何を意味するのか。中国経済の悪化による国民の不満の高まりとリンクしたものではないのか。そうしたことを考えると、シリアの難民によるEU各国民の不満の高まりとともに、世界が不安定化してきていると見られます。世界恐慌から第二次世界大戦へと繋がっていった過去を繰り返さないためにも、経済を早く立て直してもらいたいと思います。

 島田 同感ですが、日本の場合はまずアベノミクスの数々の誤算をきちんと反省しなければ立て直すことは難しいのではないでしょうか…。

▲TOP